キングダムパトリオット
例えば伝説の勇者。
何に対しても万能で何に対しても無能で何に対しても完璧な彼女は勇者である。
反り立つ障害は拳一つでぶち壊し、敵と認識した物は限り無くなく破壊して、目の前にいる全ての人間を救う。
それが伝説の勇者である。
次に最悪の魔王。
何に対しても貧弱で何に対しても有能で何に対しても欠けている彼は最悪の魔王である。
反り立つ障害からは立ち去り、敵と認識した物からは逃げ、目の前にいる全ての人間を見捨てる。
それが最悪の魔王である。
ただ、何の因果か勇者と魔王は幼馴染みだった。
ただ――それだけの話である。
『キングダムパトリオッド』
持続的であると思う。
つまりは何に対しても持続的でありながら、継続的であるという話だ。
何の話かと言われたら女の胃袋の話。
「だから言ってやったんです。死ねばいいのにって!」
「それで由麻ちゃんはキレた訳ね」
「ほぉそれで? それで?」
やかましい事この上ないし、その喋ってる間もパフェが減っているというのもおかしな話である。
此所は高校の目の前にある風見鶏というまんまな名前の喫茶店で、コーヒーは上手いが紅茶は不味いという評判の高い店である。
そんな店に大声出して何やってるのかと言えば、一昨日にナンパされた時の事を自分の感情を交えながら由麻がコーヒーのつまみにして話しているのである。
ただその声がデカいので周りチラチラとこちらを鬱陶しそうに見ている。
他人の迷惑ぐらい考えて欲しい所だ。
「そうなんです。でもマー君助けてくれなくてですね……」
由麻は一昨日起きた事を怒りながら、眉に皺を寄せて僕を睨む。
何とも可愛い顔が毘沙門のようになっているから美人は怒れば怖いというのも強ち間違いでは無いらしい。
「別に助けてと言った訳じゃないだろ。そもそも何で僕が助けなきゃならないんだよ。由麻の方が力も強いし、口達者だし、何とでも出来るだろ」
文庫本を捲ってそういう。
そもそも僕は喧嘩なんかしたことも無いし、自分が誰かを守れるなんて思った事も無い。
他人を守るとかそんな言葉は他人を守れる人間が言えばいい。
僕には関係ない。
「そりゃ無いだろマー坊。一応そりゃ何でも出来る優等生な由麻ちゃんだって、性別は女なんだから男が怖い時だってあるだろ」
これみよがしに颯人が由麻の味方する。
こうなると二対一で僕の方が劣勢だ。
そもそも、颯人は何をするにしたって由麻の味方だ。
それが悪い訳じゃないけれど甘やかすと図に乗るのが女という物だ。
――由麻は特に。
「ほら見なさい。颯人君だってそう言ってくれてるのにマー君は助けてくれないんだもんねッ!」
「だから別に助けてって言ってた訳じゃないじゃないか。僕が会計して荷物持って出た時には由麻はナンパされてて、楽しそうにしてたから口を挟まなかっただけで……」
実際そうである。
由麻の買い物に付き合わされて、財布渡されて会計した時には彼女はナンパされていて楽しそうに会話していたから、邪魔しちゃ悪いと思って口を挟まなかっただけで。
「どう見たらあれが楽しそうに見えんのよッ!!」
ドンッと由麻は机を叩き立ち上がると、由麻の前に居た穂坂先輩は『まぁまぁ』と由麻をなだめている。
「仕方ありませんよ。マーさんにそう見えたんなら、そう見えたのでしょう。だから由麻さんも今度からはマーさんに助けてと言えばいいじゃないですか。ね? その時に無視されたらその時にまた怒りましょう」
穂坂先輩は優雅に笑って由麻をなだめる。
流石は一年上の先輩だけあってキチンとしていると思う。流石は生徒会長と言った所である。
「でも先輩、マー君がぁ」
「まぁまぁ」
大人しく席に付いて由麻は怒りながらもパクパクと擬音が似合いそうな程、早口と早食いでパフェを片付けていき、ムーと膨れて僕を睨んでいる。
その視線を感じながらコーヒーとドーナツを食べて、我関せずで小説の世界に僕は浸る。
これじゃ僕が悪者みたいじゃないか。定例会議もあったもんじゃない。
そうだ。そもそも僕達は生徒会の定例会議に来ただけであって、何も無いんなら僕はそろそろ帰りたいんだが。
「あら? マーさん。そろそろ帰りたいとか考えてるでしょ?」
穂坂先輩はニコニコと笑ってそんな事を口走る。
良く見てるなぁと思う。
人の考えてる事を見抜くには、動作をよく観察しなきゃ出来ない事だ。
だからこそ穂坂先輩を口の悪い友達は魔女と言わしめる所以だ。
「でもまだ駄目ですよー。定例会議はこれっぽっちも進んでませんから」
聖母のような笑顔とふくよかな胸を揺らして彼女は微笑んだ。
その隣りで颯人がガン見してるのは言うまでも無いと思う。
「さて、では皆さん。流石にマーさんが帰りたそうにしていますので、さっそく定例会議に移りたいと思います」
やっとの事で定例会議が始まるらしい、僕は文庫本を綴じて小さく薄っぺらな鞄からルーズリーフを取り出すと、シャーペン片手に定例会議議案とルーズリーフの端に書き表した。
「では、副会長。今回の議案と定例報告をお願いします」
由麻はきちっとした紫色の大学ノートを取り出して、定例報告から始める。
定例報告とはつまり、定例会議の前にやったクラブ活動の予算や活動報告の記述である。
その時には会計と書記は会議には出ないので、この時に聞いとかないと後々面倒な事になる。
「えー……文化部がやはり運動部より部費が低い事に問題があるみたいです。活動は概ね大丈夫ですか、演劇部がやはり部費の事で野球部と揉めてますね」
「んー……まぁ毎年の事ですが。会計、やはり文化部には少し予算を回せませんか?」
穂坂先輩が隣りにいる颯人に聞く。
「回せない事はないとは思いますが、教師が何というか。何せ運動部に力いれてますからね。野球部は去年、甲子園手前でしたし今の六:四でぎりぎりッスね」
「ふむぅ」
穂坂先輩は顎に指を当てて考え込んでいる。
ブロンドの髪が少しだけ揺れる。
「何とか五、五:四、五までに持っていきたいのですが……お金が絡むとややこしいのは世の常ですね。では生徒会から回して貰っているお金を少し回せばどうです?」
穂坂さんは颯人に聞く。
「何とかと言えば何とか。不満は収まりますが贔屓と見られますね」
「副会長。何か意見はありますか?」
由麻がいきなり話を振られてアタフタしている。
どうもこういう話は難しくて苦手らしい。
そりゃそうだと思う。
由麻の性格上どちらも贔屓は出来ないのだ。
どちらも助けたいし、どちらも手を貸して上げたい。でも出来ないとなると話は変わる。
円満に解決出来ないのは由麻は苦手だ。どちらか一方を切り捨てなきゃならないのだから。
「私は……無いです」
「書記、意見は?」
そこで僕に振らないで欲しい。書き写す事に精一杯なんだから。
「まぁ運動部から引けないんだったら文化部の活動していない部活を潰すか、運動部の部活潰せばその分の部費は浮くと思いますけど」
「まぁそうなりますね」
何とも模範的な回答であるが、穂坂先輩は終始笑顔で納得する
「ちょちょちょッ! 待って下さい」
それに由麻がやはり噛み付いた。
「何で潰す必要があるんですか、少人数だからって潰したり活動してないから潰すのは間違ってますよ。それは平等じゃありません」
「では副会長はこれよりいい意見でも?」
うっと由麻は言葉にツマる。
そりゃ由麻の性格上そうなるだろうとは判っていたが……。
「何とかします。部費は何とか先生に掛け合ってでも」
「由麻それは無理だよ」
僕が言うと由麻はまたキッと僕を睨んだ。
「マー君は何でも物事を諦め過ぎなんだよ。頑張れば何とかなるんもん。無理って言うんなら私が説得してみせる」
何とも由麻らしい由麻である所以のお答えだ。
でも――駄目だ。
由麻がどうやった所で教師は首を立てに振らないだろうし、やはり運動部が六で文化部が四のままだろう。
「由麻。頑張れば叶うとかそれは物語の中の話だよ。そもそも運動部と文化部では部の規模が違う。だから部費も運動部に多く行くんだ。それは仕方無い事だろ?」
「そんな事ないよ。文化部だから活動が小さいとかそんな事は無い筈だもん。みんな真剣なのは一緒だよ。だから部費も両方に平等に回さなきゃおかしい」
至極正論だ。
ただ由麻は判っていない、正論は時として邪魔になるのだ。
正論を振りかざした人間はことごとく消え去る。それは世界が望んで無いからだ。
正論を使う人間は最後の手段として取っておくものだ。
正直者が馬鹿を見る世界では、正論は曲論に負ける。それが今の世の中なんだよ由麻。
それが判らず突っ走る彼女はある種の無能だ。
「確かにおかしい事はおかしい。でも時には目をつぶらなきゃならない事だってある」
「それはマー君の考え方でしょ?」
「常識だよ」
「常識だから諦めるの? 始めから何もしないのは、何も出来ないって決め付けてるからでしょ?」
由麻は言う当たり前のように。
それがおかしいとは気付かないのだ。誰しもが由麻みたいな人間ならばこの世界は此所まで腐っちゃいない。
「由麻の言う事は正しいよ。凄くね。でも、その言葉は誰もまともに相手にはしてくれない」
「だから何故そう言えるの? やってもいないのに諦めるのは早過ぎる」
「やって無くても判るから諦めるんだよ」
「もういい! マー君はそうやって斜に構えてればいい。私は一人でもやる」
少し短い紅茶色の髪が揺れて、由麻は膨れっ面で出て行ってしまった。
定例会議はいつもこんな感じだが、今回は特に由麻の癇に触ってしまったらしい。
「あらあら」
優雅にコーヒーを飲みならが、穂坂先輩は難しそうな顔をする。
「マーさん。喧嘩する程仲がいいとは言いますが、流石に出て行かれたら話し合いも何もありませんよ」
「……判ってます」
「今日の定例会議は此所までとしましょうか。後日また改めてと言う事で」
穂坂先輩は立ち上がる。
会計は毎度穂坂先輩持ちだが、実際は生徒会のお金である。
「では、また……」
優雅にお辞儀して由麻に続き穂坂先輩も出て行ってしまった。
後に残ったのは僕と颯人の二人だけである。
「…………お前らほんとに幼馴染みか?」
颯人が呆れたように呟く。
「幼馴染みだけど、昔からソリが合わないんだよ由麻とは」
僕がルーズリーフをなおしながらそう言うと、颯人は呆れたように『皮肉だな』と零した。
―2―
足音がした。
風見鶏から帰ってきて、少ししてからバイトに行かなきゃならなくて、嫌々ながら服を着替えてバイトに出かけた後くらいから後ろからヒタヒタと付いて来ている。
相変わらず街からホームタウンに続く道は人通りが少なく、水銀灯の明かりだけがチカチカと光っていて虫が集まっている。
そんな中で足音はヒタヒタと隠す気も無いのか僕から三メートル離れた場所から付かず離れず付けている。
何が悲しくてストーキングされなきゃ判らないのだけれど、何かしら相手には意味があるのだろう。
少し早足で歩いてみたが、何てことは無く一緒に付いて来た。
どこかの妖怪を思い出す。
そいつも確か顔を見たら殺されるか何かで、目を合わしてはいけない筈だ。
ヒタヒタと付いてくる足音は殺気は無いが、気味が悪くてどうにも嫌な感じだ。
家に着くまで後少しだが、こんな所で殺されでもしたらたまったもんじゃない。
大きく溜め息を吐いて、帰路を歩く。
やはりヒタヒタと付いてくる。
何か用事があるのだろうか?
振り返ってもいいが、何かしら面倒に関わるのはゴメンである。
しかし、何処までも付いて来られるとかえって鬱陶しい。
「どうするかな」
少しだけ呟いて頭を掻く。
「何がどうするのよ?」
ふと見ると青いキャミソールとホットパンツを履いた由麻が、呆れたようにそこに居た。
後ろの気配もいつの間に消えている。
何だったのだろう今の?
「何、難しい顔してんの?」
「いや、何でも無い」
少し悩んだが、用事があるならばまた来るだろうと思う事にした。
殺す気では無かったようだし、ただ付いて来ただけのような感じがする。
「所で由麻は何やってんだ? こんな所で?」
「ん? ああ。マー君に今日の事謝ろうと思って……」
そんなあっけらかんと言う事でも無いと思うんだけど。
「別に怒ってないし、喧嘩も何もしてないだろ」
「私は喧嘩してると思ったの。だから謝りに来たの!」
膨れっ面で謝りに来たと言うのは如何な物かと思うんだけど由麻だから仕方無いように思う。
何せ勇者だから。
「だから……ごめん」
少しだけ顔を伏せて由麻は言う。
「謝れても……なぁ」
「うっさい! 取りあえず素直に判ったって言ってくれたらそれでいいの」
「へいへい」
それから二人で並走しながら帰路に着く。
どうやら本当に謝りに来ただけだったらしく、どうも頭でっかちというか、強情というか……
「そう言えばマー君っていつもいつもバイトしてるけど、そんなにお金困ってたっけ?」
「いや、困っては無いかな」
まぁ大量にある訳でも無いんだが、ウチは一般的だと思う。
母親はパートだし、父親は上でも下でも無い管理職だ。
でも、世の中で一番必要な物は金だと思う。
ならば貯めとく事にこした事は無い。
「そもそもあって困る物でもないだろ」
「確かにそうだけど、青春とかしたいじゃない。今の内に出来る事とかしたくない? それこそバイトとか仕事は後から出来るけど今しかできない事もあるじゃない。だからマー君はもったいないよ」
こんな恥ずかしいセリフを堂々と言えるのも彼女が青春してるからだろう。
そもそも、目に見えない青春という奴を満喫しようとすることが難しいと思う。
ただ、これを反論したら由麻が怒るだろうから言わない事にする。
そうだねと相づちだけ打つ事にした。
そのまま無言の時が過ぎて、気づいたらお互い家の前まで着ていた。
家が隣同士というのもなんとなく近すぎて嫌になる事もあったが、まあ今ではそんな事思う暇も無くなった。
「じゃあまた明日学校で。でも私諦めてないからね。マー君の言う事は正しいのかも知れないけれど、私は私の正しいと思う事をする」
何の事だろうと思ったけれど、昼間のあのことをいってるらしい。
「私は救いたい人を全員救うの。誰のためでもなく自分の為に救うの。それが私の生き方なんだよ。ごめんね」
しゃんと胸を張ってそう答える彼女はある意味格好いいと思う。
僕とは正反対の生き方で、僕とは全く違う考え方。それはやはり勇者だからだろう。
「ああ。それが由麻らしい」
笑顔で答えると、由麻は嬉しそうに笑んだ後に、家に入っていく。
家に入ったのを確認した後で溜め息と共に呟やいた。
「勇者に立ちふさがる魔王は……つらいな」
―3―
彼は魔王である。
魔王は敵に立ち向かってこそ魔王と認められる者のことだ。
だから魔王は魔王であるから勇者を追い込むすべを知っている。
だからこそ彼は魔王で、同時に最低の人間だと彼はそう自分を評価した。
―4―
「何故です! 何故潰したんですか!」
風見鶏の店で由麻は大きく叫んだ。
「仕方なかったのです。相手から言われた事を受理しなければ相手の意志を踏みにじる事になります」
昨日由麻と分かれた後、朝早くに学校にきた穂坂先輩を訪ねにきた人がいたんだそうだ。
それは来年で廃部が決まっていた手芸部で、その手芸部の部長が言うには今日限りで手芸部を廃部にしたいという事だった。受験に専念したいからと彼女は言ったそうだ。
それを穂坂先輩は何とか説得しようと試みたんだそうだけど、彼女は部費の件を知っていたらしくて穂坂先輩はそれを受理。今回の定例会議の予算はあっさりと決まった。
「でもそれじゃあ……」
由麻が悔しそうに歯をかみしめている。
見ているこっちが痛いくらいに拳を握りしめて、涙目で下を向いている。
僕は見ていられなくなった。
ルーズリーフを書くフリをしながら左手の拳を血が出るまで握りしめた。
僕が悪いんじゃない。僕は悪くない。血が悪いんだ。相性が悪いんだ。勇者だから悪いんだ。しかたないじゃないか僕は魔王で、由麻は勇者で……相反しなきゃいけないんだよ。
僕が悪い訳じゃないんだ。
ずっとそう唱え続けていた。
それはおまじないのような効果は無いけれど、それでも僕という人間を励ますぐらいの価値があった。
「でも……」
「いい加減になさい。副会長! 貴方のわがままで相手の潔を汚すというのですか。この件は終わりです。貴方が救うという物は大きいと知りなさい。犠牲もなく平等にしようなどと思い上がりもいいとこです。それが出来ればこんな世界を神様は作っていませんよ……」
ギリッと穂坂先輩は唇を噛む。
彼女が一番辛いのかもしれない。魔女と言われても彼女は人間でしかも生徒会長という職に就きながら何も出来ない事が悔しかったのかも知れない。
「……すいませんでした」
由麻が頭を下げ席に着いた。
それ以降、彼女は何も喋らなくなってうつむいたままテーブルを睨んでいた。
僕はといえば、何もしないでただ自分の保身を考えて居るだけだった。
―5―
ヒタヒタと足音が近づいていた。
一定の間隔で足音は何も言わずに付いてきた。
何か用があるのかも知れないと、僕は家に戻る前に小さな空き地に足を向けた。
ヒタヒタとやはり付いてくる。
空き地に着いたとき、ようやく昨日の足音の犯人を突き止める事が出来た。
「なんだ。颯人かよ」
「なんだはねーだろ」
颯人はいつものひとなつっこそうな笑顔を向けて笑っている。
「なんか用か?」
「いや、用というわけじゃねーんだが、な」
ひとなつっこい顔を破顔させて、頭を掻く。
「俺はさ。なんつーか遊び人なんだよ。つまりは楽しければそれでいいわけで、勇者とか魔法使いとか魔王とかそんなん無理な人間だからよ。せいぜい牛飼いか農民Aでいいわけよ。でも魔王が人の道外れる事をするんならば、遊び人とかの前にぶん殴らなきゃいけないと思うんだよ。友人として」
ドクンと心臓が一度はねた。
何がどうして魔王などとお前はいうんだ。
お前は関係の無い人間だろ。遊び人なんだろ? なのになぜお前は俺に関わろうとする。
「いやーまいっちゃうよね。こればっかりは。マジとか熱血とか言われるの凄く嫌なんだけど、こればっかりはしかたないというか。つう訳で覚悟してくれ」
そういうと同時に颯人の右拳が飛んできた。
顔面にめり込んで視界が揺らぐ。
「お前は魔王なんだろ。決して勇者の味方にはならないんだろ。ならお前が魔王じゃ無くなるまでおれがお前を殴ってやる」
「な、なにを」
鼻がツンとする。赤い血が鼻から漏れて地面に染みついた。
「昨日、由麻ちゃんから連絡があったんだよ。お前けんか弱いから夜遅くまでバイトやってるから影ながら守ってやって欲しいって。喧嘩してんのにだぞ? 信じられるか? まぁ結局いっても立ってもいられないから自分から迎えに行ったみたいだがな」
立ち上がった瞬間に左から拳が飛んできて顎をかすめる。
「でも、お前はどうだ? 由麻ちゃん家に帰ったの見計らって手芸部の女の所に行って金渡して帰ってきて……」
右の拳が右目に当たる。
「お前はなんなんだよ。魔王がなんなんだよ。勇者の敵じゃなきゃいけないのかよ」
溝に左膝がはいって咳き込んだ。
じゃあ……お前は変えられるのかよ。
敵でもモンスターでも無い人間がそんな事をいうのか。
敵はてきであらなきゃ駄目なんだよ。じゃなきゃ勇者が輝かないじゃないか。
なのにお前はそんな事をいうのか。これは血なんだよ。仕方ないんだよ。
「お前に何がわかんだよっ!! 敵は敵であり続けなきゃならないんだよ! 魔王が勇者の味方になる? 魔王は勇者に倒されなきゃならないんだよ! それが魔王の宿命なんだよ。魔王が勇者に憧れるなんてあっちゃならないんだ」
振りかぶった右手は颯人の頬でペチとなっただけだった。
何度何度振りかぶって当ててみてもペチペチとしかならなかった。
「それで魔王かよ」
「ああ」
「最弱じゃねーか」
「それでもいいとおもってる。魔王は勇者に倒されるんだから……弱いほうがいい」
「そっか……仲間の職業に魔王とかねーかな。あれ敵とかいないやつ。モンスターだって仲間になるで今日も平和に暮らしましたとかってやつ」
颯人は楽しそうに笑う。
「あれば、仲間になれたんだけどな」
「な」
―6―
彼は魔王だった。
彼は魔王であるにもかかわらず、勇者に憧れていた。
彼女は勇者だった。
彼女は勇者であるにもかかわらず、魔王に憧れていた。
彼はだから最弱であろうと決めた。
彼女はだから万能であろうと決めた。
「でね? やっぱりマー君は助けてくれないの」
由麻はむくれっ面で僕を睨む。
「いやでも、楽しそうにしてたし……」
文庫本を見ながらそう答える。
「あれがどう見て楽しそうに思うのよ!」
「あらあら」
「いやだって、楽しそうにおしゃべりしてたし。僕が自動販売機でジュース買ってきてる間に話してたから邪魔しちゃ悪いかなぁって」
「いやマー坊それはお前が悪い!」
「まだ何も話してないのにっ!!」
「あらあら……まぁでもとりあえず今日の定例会議を始めたいのですが……手芸部復活となると部費の件が……」
例えば伝説の勇者。
何に対しても万能で何に対しても無能で何に対しても完璧な彼女は勇者である。
反り立つ障害は拳一つでぶち壊し、敵と認識した物は限り無くなく破壊して、目の前にいる全ての人間を救う。
それが伝説の勇者である。
次に最悪の魔王。
何に対しても貧弱で何に対しても有能で何に対しても欠けている彼は最悪の魔王である。
反り立つ障害からは立ち去り、敵と認識した物からは逃げ、目の前にいる全ての人間を見捨てる。
それが最悪の魔王である。
ただ、何の因果か勇者と魔王は幼馴染みだった。
ただ――それだけの話である。
その後の二人はどうなったかというとそれは又別のお話で。
―終―
私にしてみれば、凄く珍しい事に熱い物語を書きたくなった。
それが自分でも堪らなく珍しくて、歳かなとか考えてしまう。
いやでも今回書いたが、結構楽しいもんだと思った。
ただやはりジャンルで困るんだよな。とか思いながら。
ラノベとか無いかなとか思う。