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おいでませ、もーりょー荘!

おいでませ、もーりょー荘! ~木造 月74,000円 3食付 住居者募集中~

作者: BLTサンド

×△県□□○市。

その地にひっそりと佇む木造2階建ての建物。

そこの『管理人室』と書かれた部屋から呻き声が聞こえる。


「はぁ、今月どうしよう」


俺は溜め息を溢し、ペンを握ったままの右手で頭をガシガシと掻く。

もう一度恨めしい目で家計簿を睨むが、紙の上に居座る真っ赤な数字はピクリとも動いてはくれない。

ほんと~に憎たらしいたらありゃしない。


「しょうがない。最終手段を使うしかないか」


俺は対策を実行するために、住人に召集をかける。


そして、俺はこの後の更なる苦労を考えて、また溜め息を吐くのであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「今月カツカツなので、来週からオカズを1品減らします」


ガチャガチャと騒がしかった食卓が俺が放った言葉(バクダン)により、水面の如く静寂に包まれた。

だが、それも一瞬のことで、すぐに俺への抗議の申し立てにより先程よりも五月蝿くなった。

勿論、騒音の原因はココの住居人共の抗議だ。


「そんな!そりゃ無いぜ、俺たちを殺す気か!」


「私の楽しみを取らないでよ」


「断固、意義を申し立てます」


「そーブイ、そーブイ」


などなどetc…………

ブーブーとほとんどが文句で食卓が埋め尽くされる。


ほとんど、と言うのは、一人だけ疑問符を浮かべているからだ。


この魍魎(もーりょー)荘に入居したての可愛らしい16歳のおかっぱ少女。

名前は六徳(むとく) 刹那(せつな)


何故ここまで住居人が騒ぐのか分からず、彼女は他の住居人に聞いた。


「皆さん、何でそこまで反対なんですか?確かに少し残念ですが、それくらいなら」


「甘い。あまあまだよ、刹那ちゃん」


刹那の質問に答えたのはタンクトップと半ズボン姿をしたスポーツ刈りの赤髪男、一群(ひとむら) (くれない)

体は筋肉で覆われ、九九の掛け算がうろ覚えという見た目通りの脳筋だ。

紅は味噌汁をすすり喉を潤すと、饒舌に語りだした。


「この大家は以前にも同じ宣言をしたことがあってな。その時は俺らもそんぐらいならと思ったさ。だが、実際は違った。オカズだけじゃなく嗜好品まで禁止にしやがったんだよ」


「しこうひんって何?」


紅が珍しく「嗜好品」なんて難しい言葉を使ったせいで、刹那ちゃんの頭に別のハテナが浮かんでしまった。


「栄養分として必ずしも必要ではありませんが、人間の味覚、触覚、嗅覚、視覚などに快感を与える食料、飲料の総称です。例えるならば、酒、タバコなどです。この魍魎荘では、TVゲームに3時のオヤツのことも指します」


しかし、辞書から引いてきたかのような的確にして美声な説明が飛んできたことにより、刹那ちゃんの疑問を解消される。


視線をチラリと向けると、声の発信源はモグモグとサラダを頬張っていた。


(あやつり) (ミサ)


只でさえ独特な読み方をする名のに加え、同じ漢字が並ぶという印象に残る珍しい名。

だが、その息を呑むような美しい容姿を見てしまえば、名前への印象など裸足で逃げ出してしまうだろう。

金髪のツインテールに西洋人形のように整った美貌。

唯一の欠点を挙げるとするなら、あまり笑わぬ無表情なことだけだろう。


ミサは食べていたサラダをゴクンと飲み込み、自分の意見を主張してきた。


「つまり、この魍魎荘の大家、個体名〈梁瀬(やなせ) 仰木(おおぎ)〉はオカズ1品だけ、と虚言で私たちを騙し、趣向の時間を奪うのです」


「おいおい。さっきから言わせておけば、言いたい放題言って。元はと言えば、君たちが原因だからね」


このままだと刹那ちゃんの俺に対するイメージがダウンしてしまいそうなので、不安そうな顔をしている刹那ちゃんに弁解を始める。


「さっき紅とミサが『嗜好品を禁止』と言っていたけど、それは魍魎荘の住居人全員に当てはまるわけじゃないんだよ。つまりは――――」


「問題を起こしたから、この二人(紅とミサ)は罰を受けたということよ、刹那ちゃん。梁瀬君、夕飯ご馳走さま」


「お粗末様です、(あんな)さん」


箸をコトリと机の上に綺麗に置き、俺の言葉を引き継いで説明を補った女性。

早乙女 (あんな)さん。24歳のOLさんだ。

長い黒髪をポニーテールで纏め、すらりとした長身。

スレンダーなモデル体型で、着物を着ればさぞかし似合うであろう。

ミサとはこれまた違った美しさをかねそろえている。

 

夢さんは()ました顔で、紅とミサに言葉を放つ。


「つまりは、二人の馬鹿たちの自業自得よ。まったく。こっちは巻き添えで我慢してるんだから、タバコやゲームぐらい耐えなさい」


少々だが、言葉に毒が見え隠れしている。

また会社で嫌なことがあってイライラしているせいだろう。


しかし、運が悪いことに、この場でイライラしているのは夢さんだけではなかった。


「あぁ、今なんつった?まるで俺らだけが悪いみてぇじゃねえか」


「先程の言葉は大変不愉快です、〈早乙女 夢〉。今すぐ訂正して下さい」


二人から溢れだす殺気に食卓が包まれる。


だが、夢さんはその状況で平然とし、逆に火に油を注いだ。


「分かりやすく言うわね。はっきり言って迷惑なのよ」



その言葉が引き金であった。



――――額に筋を浮かべた紅の体が業火で包まれ、まるで戦隊ヒーローの如くスーツに包まれ


――――目尻を上げ睨むミサの腕が機械的な音をあげ、まるでサイボーグ如く機関銃に変形し


――――二人に応じて構えた夢の手に、可愛らしいまるで魔法のステッキらしき物が突如現れ


「ヤっちまうぞ」

「排除します」

「やってみなさいよ」


一触即発の空気となった。


突然マンガの世界に入ってしまったかのような展開だが、これは、今起きてることは、フィクションではない。

また、俺が狂って幻覚を見てしまっている訳でもない。

間違(まご)うこと無き、現実である。


そう。

説明を忘れていたが、この魍魎荘の住居人全員は、何かしらの、一般人が決して持たない『訳』がある。


ネタばらしすれば、

紅は、正義の戦隊ヒーローのレッドポジション。

ミサは、とある研究機関の美少女サイボーグ。

夢さんは、引退して今は社会人の元・魔法少女。


とまあ、全員が全員、これまたキャラが濃いこと濃いこと。

見事に魍魎荘の名に恥じぬというか、違わぬ人たちなわけだ。

因みに、他の住居人たち、つまりは刹那ちゃんもその類いで、瞬間移動ができるエスパーである。


と、そんなことは置いといて。

このままだと今にも血みどろの殺し合いが始まりそうなので、気が進まないが止めに入る。


「おいおい、落ち着けって君たち。夕飯中なのにホコリが舞っちゃうだろ」


「そこじゃないでしょ仰木さん!」


「刹那ちゃんも落ち着けって。大丈夫。こんなの猫のじゃれ合いみたいなものだから。見てごらん」




「遺言書を書く時間はくれてやる」


「火葬と土葬、どちらがお好みでしょうか?」


「安心して、お葬式代は私が出すから」




「ほら、皆でこの後のことを話し合ってるじゃないか。ね、大丈夫でしょ」


「どこらへんが!この後のことっていうか、死後の話だよ!殺意しか見えないよ!」


刹那ちゃんに肩を掴まれ、前後左右とユラユラと揺らされる。

むぅ、しゃあない。もう少し頑張るか。


「落ち着きなさい。刹那ちゃんが不安になっているだろう。…………そう言えば、なんでミサはそんなに怒っているんだ?そこまで感情剥き出しとは珍しい」


今更ながらだが、ミサが変なことに気づいた。

いつもミサはサイボーグのせいか無表情で、感情の起伏が乏しいのだが。

何故か、今までに見たことがないくらい激情している。

こんな口論が発展してケンカになることは、魍魎荘ではそこまで珍しいことではない。

理由を尋ねてみると、ミサはこちらを見ず、夢さんを睨んだまま答えてくれた。


「〈早乙女 夢〉が私を侮辱したからです。〈早乙女 夢〉は、私をこの屑野郎〈一群 紅〉と同等、ましてや同類として扱ったのです!最大の侮辱です!」


「ああ、なるほど。それは怒るわ。夢さん、謝りなさい」


「私ったら、なんてことを。ミサ、本当にごめんなさい。私、どうかしてたわ」


「いえ、そうと分かってくれれば良いのです。私の方こそ、謝罪します」


「え、ちょっと待って!なにこれ。原因俺のせい!?なんで俺が凄い貶されて、和解してるの!」


「しゃーない。しゃーないよ、紅。だって紅だもの。紅じゃ、しょうがないよ」


「俺って何なの!?」


ねえ、ちょっとオイ!と男の涙まじりの声が聞こえてくるが、面倒臭いから無視しよ。


「えー、話を元に戻しますが。明日からオカズを一品減らすことに決定ということで――――」


「いいや、仰木は厳し過ぎるブイ。改善を申し立てるブイ」


まだ異議を申し立てる奴がいた。


そうだった。まだコイツがいた。

ご飯茶碗を片手に抱え、小さな背中の羽を動かしてフヨフヨと飛ぶ、愛嬌漂う飛行生物。

コイツはマーチ。

魔法少女のサポーター妖精。所謂(いわゆる)、マスコット、である。

妖精の国から夢さんへと派遣され、丸い瞳、小さな羽と口、愛くるしい姿形をしている。

だが、騙されてはいけない。


なにせ――――


「お酒にタバコも禁止するなんて、仰木は僕のことを殺すつもりブイ」


「そっちの方が身体に悪いだろ。てか、マスコットが酒にタバコを嗜むな。まるっきりオヤジしゃないか」


「あれから15年も経てば、マスコットだって進化ぐらいするブイ。15年もあれば、ガキにも毛が生えてくるだろブイ」


「あなたのは進化じゃなくて、退化でしょ」


「本当にコイツは魔法少女のマスコットなのか疑わしくなるな」


「時間にして現在から78時間16分32秒前に、缶ビールを抱きながらイビキをかいていました」


「どおりで私の冷蔵庫から、お酒が消えている訳ね」


その可愛らしい口からサラリと下ネタなど、オヤジ臭が出てくるのだから。


夢さんの話だと昔はこんな感じではなく、しっかりまともなマスコットだったらしい。

ただ、それはもう過去の話で、


「ちなみにマスコットの最初の8歳は、人間にとっての20歳ブイ。その後は1歳ずつ歳をとっていくブイ」


「君は犬か」


今では、どこに出しても恥ずかしい魍魎荘(ウチ)の立派なゲスコットだ。


俺は刹那ちゃんに注意をしておく。


「いいか、刹那ちゃん。マーチが君にいかがわしいことをしてきたら迷わず俺らに言うんだよ」


「うん、分かった」


「ちょっと待てブイッ!?仰木はなにデタラメなことを言ってるブイ!刹那も信じるなブイ!」


マーチがペチペチと小さな手で俺の頭を叩き、必死な顔で抗議をしてきた。

マーチが叩いてくるが全く痛くなく、というかモフモフしてて地味に気持ちがいい。

このまま堪能したい気もあるが、俺はマーチを押しのけて、本題を切り出す。


「あ、そうだ。こっからが本題なんだが、滞納金と罰金についてなんだが」


ピタリッ!


その言葉にほぼ全員が固まった。


俺は、皆のそんな反応なぞ気にせず話を続ける。


「まず紅。まだ今月分の家賃が」


「おおっと、急に緊急求救命信号が来ちまった!急いで、駆けつけねばッ!!」


「おおいッ!待たんか!」


紅が、それじゃ、と言い残し、魍魎荘を飛び出た。

百均のゴムサンダルで。


「食べた食器片付けろ!てか、やけに『きゅう』って字が多い信号だな」


どこかのアナウンサーが練習で言ってそうだな、とどうでも良いことを浮かべながら、ミサの方を向く。


「ピピッ。謎の電波を確認!至急、確認に向かいます!」


「ただのアニメの放送時間だろ!おい、オタクサイボーグ!戻ってきなさい!」


まだ何も言ってないのに、シュタタタタッ!と目にも止まらぬ速さで自室に戻るミサ。


はぁ、と溜め息を吐く俺に、夢さんが労いの言葉を掛けてくれる。


「相変わらず大変ね、梁瀬君。私に出来ることがあったら、気軽に何か言ってね」


「ありがとうございます、夢さん。あ、では早速といってはなんですが、これを」


「えーと、なになに………………月のお酒の超過料金?」


「はい。部屋を静かに飛んで逃げ出そうとしている夢さんのペットが飲んだお酒代です。支払い先が夢さんになっています」


「こらアァぁぁぁ!待ちなさいよ、マーチ!灰にしてあげるわ!!!」


「僕はもうお酒なくして生きられないブイイィィィィ!」


脱兎の如く逃げ出すマーチを般若の如く形相で追いかける夢さん。


どこのアル中だよ、とツッコミながら、刹那ちゃんに声をかける。


「じゃ、刹那ちゃん。食べ終えたら自分で食器は洗ってね」


「え?あ、はい」


よっこらせ、と立ち上がり食器を洗いに台所へと向かう。


あいもかわらず魍魎荘はいつも通りの騒がしさで、1日を締めるのであった。





×△県□□○市にある木造3階建て、月74,000円、3食付の物件。

名は魍魎(もーりょー)荘。

住居人募集中ですので、もし興味がありましたら一度足を運んでみてはいかがでしょう。


ここにいれば退屈はしませんよ、必ず。

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