こんな夢を観た「脳みそが家出する」
すっきりとした朝の目覚めだった。
洗面所に立って鏡をのぞき込み、あっと驚く。なんと、頭のフタが開きっぱなしで、中は空っぽなのだ。
「あれまぁ、どうりで軽いと思った!」
寝室に戻り、枕もとやベッドの下を探してみるが、わたしの脳みそはどこにも見当たらない。
「困っちゃったなあ。夕べ、どこかに置き忘れてきたのかも」
座って思い出そうとするが、まるで考えがまとまらない。脳みそが入ってないのだから、それも当然である。
「志茂田に相談してみよう」友人の志茂田ともるに電話を掛けた。
「もしもし、志茂田ですが」
「あ、むぅにぃだけどっ。実は、大変なことになってしまってさ」わたしはすがるように言う。
「ほう……いったい、どうしたと言うのです、むぅにぃ君」
志茂田の冷静な口調に、わたしはほっと安心させられる。
「あのね、脳みそがどこか行っちゃったみたいなんだよね」
「脳みそって、あなたのですか?」そんなばかな、とでも言いたげに聞き返してきた。
「うん、そう。起きたら、いつの間にか空っぽになっててさぁ。家出しちゃったのかなぁ。どうしよう?」
「まあ、落ち着いてください。ベッドの下はちゃんと見ました?」
「真っ先に探したよっ」わたしは言った。
「そうだ、冷蔵庫。冷蔵庫の中は調べましたか? あなた、昨晩はロンドン・オリンピックに夢中になりすぎて、電話口でも言っていたじゃありませんか。『ちょっと、頭を冷やしてくる』と」
そう言えば、昨日の夜、志茂田とサッカー戦で盛り上がっていたっけ。
「見てくる」受話器を傍らに置き、小走りでキッチンへ行く。冷蔵庫の段には作り置きのシチュー入りタッパーが、野菜室にはキャベツ半玉と白菜、キュウリ、トマト、ジャガイモが詰まっているばかり。念のため、冷凍庫も開けてみたが、製氷機とアイスノンしかなかった。
「やっぱり、ないよ」部屋に戻って、がっかりした声でそう告げる。
「つかぬ事を聞きますが、むぅにぃ君」志茂田が改まって聞く。「あなたの脳みそ、本当に入っていましたか? 元々空っぽということはありませんか? だとすれば、何もかも合点がいくのですが」
「失礼しちゃうなっ。そりゃあ、性能は悪かったかもしれないけど、昨日まで、ちゃんと頭に詰まっていたんだよ」わたしは憤慨した。
「確かですか? そう思い込んでいただけ、ということはないでしょうね?」なおも疑いを捨て切れないらしい。
言われてみれば、自分の頭の中のことなど、これまで1度だって気にしたことがなかった。志茂田の言う通り、初めからお留守だったのだろうか?
わたしは不安になってきた。
「あまり気にしないことですよ。脳みそなんてものは、あればあったで、それはもう悩みが尽きないものですからねぇ。どうしても落ち着かないというのでしたら、白みそでも詰めておけばいいじゃありませんか」人ごとだと思って、勝手なことを言う。
「とにかく、もっとよく探してみるね。また電話するから。じゃあっ」
溜め息とともに、受話器を戻した。
脳みそが出歩きそうな場所を探しに行こう、そう考えて、支度のために三面鏡の前に座る。
一通の手紙が置かれていることに気がついた。
「誰からだろう?」封を開けて、中を見る。
〔拝啓
むぅにぃ本体殿。残暑厳しい折り、いかがお過ごしでしょうか。当方は元気にしております。さて、この度、思うところがあって旅に出ることにいたしました。いつ戻るかは決めておりません。どうか、探さないでください。
敬具
脳みそより〕




