第六話 小さな少女 自己中男注意報?
「ふぅちゃんは部活に入るの?」
突然、玲ちゃんに訊かれた。
ちなみに、夢ちゃんは陸上部に入りたいみたいで、部活見学に行っている。
「え?部活?えっと、料理部かな?
運動系の部活はドクターストップかかってるし。」
後半は思わず声が小さくなる。
私は、中学の頃は、バスケ部に所属していた。
だけど、二年生の秋頃、練習中に突然倒れた。
心臓が悪かったらしい。
手術をしなければ生きられないと言われたときは流石に、私の人生踏んだり蹴ったりだなぁ、と思って絶望したけど、手術も成功して、今では普通に生活出来るようになった。
ただ、今でも激しい運動は禁止だし、心臓に負担をかけないようにしなさい、とも言われている。
「料理部?あったの?そんな部活。」
「えと、まだ同好会なの。ついこの前、二年生の先輩に、『一緒に料理部つくらない?』って声掛けられて。ゆっくりとケーキ作りたかったし、楽しそうな気がしたからOKしたの。」
私は、ケーキ作りと料理にだけは自信がある。
料理は、お料理教室の先生に
「すぐにでもお店に出せる味だわ!」
と、大絶賛されたこともある。ケーキ作りの方が得意だけどね。
料理部については、玲ちゃんも興味があるみたい。
「いいわね、それ。あたしも料理の腕研きたかったし。
ふぅちゃんに教わればきっとすぐに上達するでしょうし。
…よし、あたしも料理部に入るわ。」
「ホント!?わぁっ♪一緒にがんばろうね!」
実を言うとちょっと心細かったんだよね。まだ、部員は私と先輩の二人だけだったし。
「ところでふぅちゃん。ケーキ作るって言ってたけど、作った後はどうするの?
まさか、皆に配る気?」
玲ちゃんは、お母さんのお店の事を心配してるんだろうなぁ。お母さんのお店の一番人気メニューは私が作ったケーキらしいし。
「最初の何回かは、ね。
皆に食べてもらって、お店の味を知ってもらえばお店のお客さんも増えるでしょ?」
「成程、ちゃんと考えてるのね。」
「もちろん!私、これでもあのお店の看板娘なんだよ?…あんまりお客さんの前には出ないけどね。アルバイト扱いだから、お給料もちゃんともらってるし。」
「嘘っ!あれバイト扱いだったの!?」
すっごく驚いている玲ちゃん。
「うん。『看板娘お手製ケーキ』の売り上げの一部が私のお給料になるんだよ。
私、ちょっとは店内に顔を出したりはするけど、男性客の接客は無理だから。」
私が行く曜日は、火・木・土と、自分で決めてるけど、たまに他の日にも行くことがある。
それで気付いたんだけど、私が行く曜日は男性客が凄く多い。
店員の前波さん(24歳・独身♀)に訊いてみたら
「あぁ、癒しを求めるおっさんが半分、ロリコンが半分ってとこだな。」
と、結構辛辣なことを言っていた。
「でも、いいの?バイトあるのに部活なんかやってて。」
「心配無用だよ。元々、不定期のバイトだし。
ケーキを作って持っていけば、それで仕事になるもん。
材料費は自腹になっちゃうけどね。」
「その話、本当か?」
突然、後ろから男の人に声をかけられる。
私は、反射的に振り返って後退る。
「やあ、天崎さん達。」
後ろに立っていたのは、同じクラスの幸田成一君だった。
「あら、盗み聞きだなんていい趣味してるじゃない。幸田君。」
玲ちゃんの態度は不機嫌丸出しだ。
…こういうときの玲ちゃんはいつも以上に言動に容赦がない。
「偶々、用事があって同じ方向に向かってただけだ。盗み聞きだなんて人聞きの悪い。」
幸田君がムッとした顔で言う。
「なら、そっちの“用事”優先させたら?
まぁ、その“用事”っていうのがあたし達のストーカーだっていうなら話は別だけど。」
「なっ……!だ、誰がストーカーだ!」
「違う?あなたがあたし達を追い抜いていくように、ゆ〜っくり歩いてたんだけどねぇ。
わざわざ歩調まで合わせて、ずいぶんと陰湿な“用事”なのねぇ。」
「な……!」
「ちょ、ちょっと玲ちゃん、言いすぎじゃないかな…」
私の言葉に、玲ちゃんはちょっとだけこっちを向く。
「事実だもの。言いすぎってことはないわ。」
そして、また幸田君の方を向く。
「気付いてないとでも思った?残念だけど、教室出てすぐに気付いてたわよ。
窓ガラスに写ってたし。」
玲ちゃん鋭いなぁ。窓ガラスなんかで分かったんだ。
って、え!?
教室出てすぐ!?
どうしよう、心臓の病気のこと、あんまり知られたくないのに…
「大丈夫よ。あれはあたしにも辛うじてきこえた程度の声だったから。」
玲ちゃんは、私の不安を的確に読み取って、小声で励ましてくれた。
…ありがとう。玲ちゃん。
「さ、こんなのはほっといて、早く帰りましょう、ふぅちゃん。
ユメも今日は遅くなるみたいだし。」
「う、うん。」
「お、おい!俺の質問に答えろよ!」
突然、幸田君が叫んだ。
「何の事だか知らないけれど、こっちはこれ以上あんたに構ってる暇はないの。
ふぅちゃんをお店に送ったら、あたしはデートなんだから。」
あ、玲ちゃん、今日デートだったんだ。
そういえば今日、秋良お兄ちゃん早く帰ってくるって言ってたっけ。
「お前の都合なんか知るか!
俺は天崎さんがあのケーキ屋の看板娘だっていうのが本当か?って訊いてんだよ!」
「…自分勝手な上に馬鹿なのね、あんた。
ふぅちゃんが、にこやかに会話しながらあたしに嘘を吐くとでも思ってるの?」
場の空気が険悪になる。
…何か嫌な予感がしてきた。
「れ、玲ちゃん、デートあるんでしょ?こんなとこでケンカなんかしてないで、早く帰ろう?
じゃあね、幸田く――」
「待てよ!」
――腕、掴まれた?
途端に、背筋が凍る。
振り解こうとしても、かなり強い力で掴まれているのか、びくともしない。
――嫌だ、イヤだ。いやだ!
「やめてぇっ!手、離してぇ!」
「離したら逃げるだろ!?
俺の話訊いてくれるまでまで離さねぇぞ!」
「やだ!やだやだやだはなしてぇ!!!」
――嫌だ、いやだ!怖い、こわい……
* * * * * * * * * * * *
気が付いたら、私は、お母さんのお店の店員用の休憩室のベッドに横になっていた。
隣のベッドには、勇君が座っていた。
「…あれ?勇君?どうして?私、確か玲ちゃんと…」
「気が付いたか?
…おおよその事情は玲花から聞いた。
お前、『思慮の浅い馬鹿男』とやらに腕を掴まれて錯乱したんだ。
…やっぱり、まだ、治らないんだな。」
勇君に言われて、私は、そのときのことを思い出した。
私は、ベッドから起き上がって勇君の隣に腰掛ける。
――彼女さん。今日だけは、勇君の隣に居させてください。
「…一度だけ診てもらった精神科の先生が言ってたんだけど、私の中で『異性』と『他人』の認識がかぶったらアウト、なんだって。
心の傷も深いようだから、簡単に治るようなものじゃないって。
私自身は、治らなくてもいい、って思ってる。
下手に男の人に関わって、これ以上嫌な思いしたくないから。」
話の途中から、勇君が私の頭を、優しく撫でてくれていた。
私はすっかり安心して、思いを口にしていた。
その後も、勇君は隣にいて、私の頭を撫で続けてくれた。
勇君と一緒にいた時間は、暖かくて、優しい時間だった。
私の心の中にも、暖かい気持ちが広がっていった。