第十話 小さな少女 自己中男大暴走
危険な描写あり!
ご注意ください!
※今回、流血表現や暴力シーン、微グロテスクな描写が少なからず入ります。
十分に御注意ください。
保健室を出た辺りから、嫌な予感はしてた。
そして、私の、こういう時の嫌な予感は大体あたる。
教室近くまで翔君に送ってもらって、教室に入った。
「やっとお帰りか。ふん、先輩と保健室で何をやってたんだ?」
自分の席に戻ろうとしたら、幸田君がものすごく怖い顔でこっちに来た。
…見られてた?
グラウンドの前を通ったから?
最悪だ…
せっかく気持ちが落ち着いてきたところだったのに、一気にどん底まで叩きおとされた気分になった。
しかも、玲ちゃんも夢ちゃんもいないから、結構まずいかもしれない。
周りの皆は見てみぬふりだし。
「…幸田君には関係ないじゃない。お願いだから、もう私に構わないで。」
怖いけど、強がって言ってみる。
「構うな、だと?ふざけるな。俺の『モノ』の分際で、この俺の告白を断り続けて、その上、あの先輩といい雰囲気…お前、ホントに何様のつもりだ?」
え…?
「…何…言ってるの?
…何で…私のことを、あなたの『モノ』だなんて言うの!?
どうかしてるよ!幸田君!」
「…んだと?」
幸田君の目が、危ない光をともしだした。
片手で、胸倉を掴まれる。
――嫌!怖い!
「な!?馬鹿男!あんた何やってるの!
ふぅちゃんを離しなさい!!」
玲ちゃんが来てくれた。後ろには夢ちゃんもいる。
助かった、と思った。
その時は。
玲ちゃんが近付いてくる。
「ふぅちゃんを離しなさいって、言ってるでしょ……!」
「うるせぇ!!邪魔すんじゃねぇ!!」
幸田君は、私を掴んでないほうの腕で、玲ちゃんをおもいっきり振り払った。
「…っ!?」
振り払われた勢いで、玲ちゃんは、いくつかの机と椅子にぶつかって、最後に教卓の角に頭を打っていた。
「玲花ちゃん!!」
夢ちゃんが、倒れている玲ちゃんに駆け寄る。
玲ちゃんの頭からは、血が出ていた。
そして、それを見た夢ちゃんはオロオロしてしまっている。
それでも周りの皆は、ざわめいているだけ。
幸田君に脅えているのか、近付こうとしない。
「酷い…!どうして…!」
「黙れよ。」
私の胸倉を掴んだまま、持ち上げた。
確かに私は身長低めだし、細身な方だけど、それにしたって30kg近くはある。
その私を片手で持ち上げてるんだから、相当腕力があるんだと思う。
――く、苦しい…
怖さと苦しさでろくな抵抗も出来ず、じたばたするしかできない。
「『モノ』が『所有者』に逆らうな!
お前は黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ!」
幸田君の顔が近付いてくる。
――嫌!いやだ!近づかないで!!
そう思った瞬間、体が反射的に動いた。
「いやぁぁっ!!」
気が付くと、幸田君の頬を平手打ちしていた。
幸田君は、一瞬、驚いた顔をしていたけど、次の瞬間には殺気立った表情をしていた。
「…ッのヤロー!!」
幸田君は私を持ち上げたまま、体を反転させ、勢いをつけて私を後ろの壁に叩きつけた。
背中に衝撃をうけ、左の方からバリン、という音が聞こえた。
そして、ブツブツッと、刃物で肉を刺して切るような音。
「かはっ…!っ…!」
肺に残った空気が押し出され、衝撃の所為で、吸いなおすことが出来ない。
周りから悲鳴が上がり、何人かが教室をとびだして行った。
幸田君が、一度手を離し、今度は両手で私の首に手を掛けた。
そして、思いっきり絞められる。
「あっ…!が…あ…!!」
――くっ、くるし、い…たっ、たすけ、て…
―どすっ。
突然、首から手が離れた。
私は壁をずり落ちて、咳き込みながら荒い呼吸で床に座り込んだけど、逃げなきゃ、という意志が強く、すぐに立ち上がって教室から走り去った。
あとから聞いた話だと、幸田君の手が離れたのは、ショックから立ち直った夢ちゃんが、隙を突いて幸田君の『急所』を、全力で蹴り飛ばしたから、だったみたい。(「どすっ」という音は、その音だったらしい。)
* * * * * * * * * * * *
気が付くと、私は、屋上の扉を開けていた。
「あれ?冬花?」
と、硬君の声。
屋上には硬君と勇君がいた。
「なっ!?どうしたんだ冬花!!その腕!」
勇君の慌てた声。
そこではじめて、私は自分の左腕の異変に気付いた。
無数に刺さったガラス片。
裂けた上に血に塗れて黒っぽくなった、元々は青に近い色だった制服の左袖。
ぽたぽたと、流れ落ち続ける血。
「痛い…」
ツキツキと痛む程度だったけど、見た感じがかなり痛々しかった。
「大丈夫か!?って、絶対に大丈夫じゃないよな!」
勇君と硬君が慌てて駆け寄ってきた。
「勇兄!何か刺さってるみたいだ!」
「…ガラスか!?まだかなり刺さってるな。このまま保健室に…」
腕の、傷のない部分を掴んで、軽く持ち上げ、傷口を見て勇君がいう。
感覚は、少ししか感じられなかったけど、幸田君に触られた時のように、嫌悪感、恐怖感は感じなかった。
感じたのは、安心感と優しい温もり――
「うっ…うわぁぁぁぁーん!!」
その瞬間、私の中で、ぎりぎりまで張っていた糸が切れた。
左腕は血まみれだったし、うまく動かせなかったから、私は、右腕と体で勇君にしがみついて泣いていた。
「!……相当酷い目に遭ったんだな。
…本当は、このままそっとしといてやりたいんだけど、それどころじゃないな、これは。
急いで保健室に行こう!」
そう言って勇君は、自分のネクタイで私の腕を、肩の辺りできつく縛った。
「さあ、早く保健室に!」
私は、勇君に抱えられて保健室に向かった。
* * * * * * * * * * * *
保健室に向かう途中、私を探していた夢ちゃんと合流したし、保健室に着くと、中には玲ちゃんがいた。
二人とも、大丈夫?って訊いてきたけど、実は、さっきから眩暈と吐気がする。
それに、今更ながら、腕に激痛が走っていた。
河野先生は、私の怪我を見てすぐに救急車を呼んだ。
「かなり深くまで切ってるわね。神経切ってるかも。
出血も多いみたいだし。
腕、痛いかもしれないけど、少しでも動かせる?」
「はい…ホントに少しだけなら、なんとか…」
「少しだけ…ね。
神経傷つけてなきゃいいんだけど…
…もう少しで救急車が来ると思うわ。
私が付き添うけれど…
…玲花ちゃん。あなたも来なさい。
頭打ったんでしょ?用心に越したことはないわ。」
「はい…わかりました。」
その後の病院での診察結果は、玲ちゃんは軽い打撲で全治二週間。
私は先生の危惧した通り、腕の神経を深く傷付けていたし、更に悪いことに腱も切っていた。
壁に叩きつけられた背中も、青痣になるほど強く叩きつけられたらしい。
腕は、すぐに手術ということになったけど、それでも、完治まではかなり時間がかかるらしい。
当分の間、左腕が使えないため、料理はほぼ出来ない。
当然、バイトも部活も出られない。
私は、勇君が病室に来て慰めてくれるまで、ずっと泣き続けていた。
うーん…。134cmで30kg近く、というのは重いか、軽いか、書いてて自分でもわからなくなりました。どうしよう。細身という設定なのに重かったら…。
ちなみにあの後、妄想男こと幸田は、騒ぎを聞いた数人の教師たちが駆けつけるまで、床の上を転がり続けていましたとさ。
ガラスが散ってるのにねぇ…。
しょうがないといえば、しょうがないんですけどねえ…。