何かが始まる
真夜中のストリートには、待ち伏せするようにひとつの集団が固まっていた。
集団の中心に立つのは、橘 和虎。
彼は近づく影の姿を見とめると、ペッと口にしていた煙草を吐き出し、のっそりと立ち上がった。
「おーおーやっと来たな、暮端。ちゃんと逃げ出さずに来るなんざぁ、偉いじゃねぇか。ハッ、今日こそ決着つけようじゃねぇのよ」
橘は目の前に現れた男、暮端 暁に鋭くガンを飛ばす。
口元には、余裕を象るような不敵な笑み。
それを受けても、暮端は怯えた素振りを一切見せなかった。
むしろ面倒そうに、呆れたような眼差しを橘に返す。
「決着も何も、俺は前回でお前との勝負はついたと思ってるんだが。それが今更なんだ? 急に呼び出したかと思ったら、また前回の仕切り直しか?」
「あ? オレら見て怖気づいたってんなら、素直にそう言や良いだろうが。雑魚がよ」
「……誰が怯えるか。群れねぇと粋がれもしないヤツ相手になんざよ」
「ああ゛!?」
ぼそりと呟いたつもりだったが、橘の耳には一言一句漏れず聞こえたようだった。
いきり立つ橘の様子を見て、また余計な一言を言ってしまったと暮端は嘆息する。
「てめぇ、今日こそは膝を付かせてやる! 土下座して謝るまで、ぜってー手加減してやんねぇからな!」
「お好きにどうぞ」
暮端はやる気のない返事を返す。
とはいえ、呼び出された瞬間からどうせこうなることは予想出来ていた。
予想出来た上で、自分のこのムシャクシャした鬱憤を晴らす場としてここを選んでいたのである。
毎度聞く橘の啖呵もウザったいし、周りの雑魚も鬱陶しいことこの上ないことではあるが。
案の上、暮端の余裕綽々な態度に、橘の怒りは簡単に沸点を超える。
「舐めた態度ばっかり取りやがって……コロス! ぜってーぶっ殺してやる!!」
怒りを勢いに乗せ、橘は渾身の力で拳を突き出す。
それを合図に、周りにいた橘の取り巻きたちも躍りかかる。
暮端は橘の拳を受け流しつつ、どこからともなく襲い掛かる面々に拳を打ち返していった。
「今日もこんなもんか」
手応えのなさに若干の落胆を覚えていると。
「この……舐めんじゃねぇぞクソ野郎がぁぁああああ!!」
――パアンッ
乾いた、大きな音が鳴り響く。
続いて、クラリと霞む視界。
脳震盪を起こしたんじゃないかという程の衝撃が、その日暮端が初めて一撃を受けたという事実を物語っていた。
「はっ……、いい面じゃねぇか。いつも澄ました態度を取ってやがるてめぇにはお似合いだ」
「へぇ……」
不覚だった。
橘の攻撃は全て読み切れると思っていた分、避けられなかった失態は暮端の内にある自尊心を大きく動かしていた。
待ってましたと言わんばかりに、橘はにやりと笑みを浮かべる。
片手では、取り巻きたちに下がるよう合図をしながら。
「来いや。待ってたんだよ、てめぇが本気になるのを。今日こそオレと本気でタイマン張ろうや」
「負けて、仲間の前でみっともない吠え面かくなよ」
「それはてめぇだ」
「ふん」
夜さえも逃げ出しそうな、緊迫した空気が辺り一面を覆いつくす。
一瞬の沈黙の後。
両者の呼吸を合図に、一対一の真剣勝負が始まったのだった――