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上編

半年ほど前に、『中二』をテーマに書いていた作品を改良しました。

本当は短編だったのですが、色々と付け足していく内に短編じゃ無理だと悟り、上・中・下で分けることにしました。

プロット構成は頭の中で仕上がっているので、時間に余裕があるときに、続きをどんどん書いて……いきたい……です。

 漆黒の闇が溢れる、深夜の東京。

 昼間の喧騒が嘘かのように、所々に設置された街灯だけがぼんやりと淡い光を発して、不気味なまでの静けさが辺りを支配していた。

 そんな闇の草むらをかき分けて走る男が一人。

 年齢は三十歳半ばくらい、中背中肉の体はスーツに包まれている。


「――はぁ! はぁ!」


 男は息を乱しながら、ビルとビルの間、街灯の灯りも届かない闇の中へと逃げるように入っていく。


「ど、どうして! どうして俺みたいな小物に、不死身イモータルが!!」


 そう口走った男の表情は、医師から余命宣告をされたかのように絶望に染まっていた。

 走るのを止めたら、死んでしまうのだろうか?

 そう思ってしまうほどに、男からは余裕の欠片も感じない。

 まるで、死神に追われているかのように、男は我武者羅にただ走る。

 しかし、不運。

 進路を妨害するかのようにビル間に置かれた、大きなゴミ箱へとぶつかって、男は前のめりに倒れてしまった。

 長い間、無理をして走ったせいだろう。

 男は立ちあがろうとしても、足に上手く力が入らず、地面でもがく。

 そんな男の耳に、

 ――カツン、カツン。

 と、ビル間に響く足音が耳に入った。

 男とは正反対で、足音の主は辺りの闇に溶け込むかのように、落ち着いた足取り。

 はたして足音の主は、男を救う者なのか、それとも男が恐れる死神なのか。


「ひっ!」


 男の悲鳴を聞く限り、後者なのだろう。

 男は尻が地面に着いた状態のまま、来た道を振り返り、ズルズルと後ずさりをする。

 そして、救いを求めて入ったはずのビル間だったが、通り抜けができない造りをしているらしく、男の背中は壁に当たってしまう。

 カツン、カツン。

 なおも足音は続き、やがて聞こえなくなる。

 もう、歩く必要性がないからだ。


「わざわざ、こんな場所に逃げてくれてありがとう」


 足音の主である、黒いコートを身に纏った人物が、男に感謝を述べた。

 辺りの暗闇と黒いコートが一体化しているため、姿はぼんやりとしか確認ができない。


「――最後に、言い残したい言葉はあるか?」


 言いながら、死神はコートの懐からナニかを取りだし、男に向けた。

 これも色が黒なのか、よく見えない。


「た、頼む! 助け――」


 男の言葉いのちごいは、死神が放った死によって掻き消された。

 噴水のように、男の眉間から血が噴き出す。

 そんな男を見た死神は、


「最後の言葉が命乞いでは、華がないだろ?」


 そう呟くと、何事もなかったかのようにビル間を抜け出した。

 微かな街灯の灯りが、死神の姿を照らし出す。

 ……そこには、高校生くらいの少年が居た。



 桜が散って一カ月ほど経過した、五月の中旬。

 熱くも寒くもない、実に過ごしやすい季節。

 窓際の一番後ろの座席に座る、鈴木亮平すずきりょうへいは、窓から差し込む日差しを鬱陶しそうにしながら、一つ前の座席を眺めていた。

 鈴木は男にしては長髪で、黒い髪はうなじと右目を完全に隠している。

 そして、鈴木は人を寄せ付けない独特のオーラを発していることから、クラスメイトからは、陰で死霊と呼ばれていた。

 鈴木は二週間前に、須之内すのうち高等学校の現在のクラスへ転校生として来たのだが、転校当時は鈴木の周りを埋め尽くした人だかりも、たった一日で、現在のように無人となった。

 クラスメイト曰く、


『鈴木が声を発したのを見たことがない』


『鈴木は人間嫌い』


 後者は勝手な想像でしかないのだが、そこまで言われる鈴木が、前席のクラスメイトを食い入るように見ているのだ。

 鈴木の前席は、白銀響音しろがねひびねという女子生徒で、ソフトボール部に所属する、ピッチャーでありながら四番バッターという最高のポテンシャルを持った少女である。

 響音は動きやすさを考慮しているのか、栗色の髪は肩に掛るくらいのショートヘアー。

 そして、いつもニコニコと笑顔を絶やさない童顔な顔つきをしていることから、周りの女子生徒に比べると些か幼く見えた。

 そんな響音に対し、鈴木はなにを思って視線を注いでいるのか?


「くかぁぁ~」


 ……授業中に居眠りする響音を。

 表情に乏しい鈴木が、隠れていない左の目元をヒクつかせている。

 響音の授業態度に対して鈴木が怒りを感じているわけではない。

 身の危険を全く感じていない響音に対して、鈴木は怒りを感じていたのだ。



 二週間前。


「……それは本気で言っているのか?」


 黒いコートを身に纏った鈴木が、一際大きなデスクワークの上に座る女性を睨みあげた。


「えぇ。本気よ」


 鈴木とは対照的に女性はニッコリと笑い、ミニスカートからスラリ伸びた黒い網タイツに包まれた足を組んでいる。


「俺に護衛の任務だと? 笑わせる。殺人機械キラーマシーンに護衛が務まると思っているのか?」


 鈴木は皮肉そうに鼻で笑うが、瞳は全く笑っていなかった。


「ふふふ。殺人機械キラーマシーンねぇ? 十年前のアナタの口からじゃ、全く想像できない言葉だわ」


 少し、からかうような言い方をして女性は笑う。

 口ぶりからして、鈴木の過去を知っているのだろうか?


「……用件はそれだけか? なら帰る」


 鈴木は有無を言わせない強い口調でそう告げると、女性に背を向けて部屋から出ようとする。


「――十年前の異能者創生ミュータントクリエーション


 女性がそう言葉を投げたと同時に、鈴木の歩が止まった。


「それが、今回の任務に関係しているとしたら?」


 鈴木は振り返り、女性を真っ直ぐに見た。

 女性のニヤニヤと勝ち誇った表情が鈴木の瞳に映る。

 しかし鈴木にとって、そんな些細なことはどうでも良かった。

 鈴木の頭の中は、過去に起きた忌々しい事件で一杯になっていたからだ。


「あら、予想以上に良い反応。……まぁ、そうよね。あなたがこの組織に入ったのも、あの事件の真相に近づくためだものね」


 女性が楽しそうな表情をしながら口に出した、あの事件とは。

 それは、十年前に池袋を地図から消した大爆発事件のことだった。

 表向きは、政府が極秘で地下に作っていた兵器トラブルが原因と話されているが、実際は違う。

 一人の人間によって、引き起こった現象なのだ。

 それを『異能創生ミュータントクリエーション』と呼ぶ。

 事件当時、池袋で爆発に巻き込まれたのにも係わらず、生き残った人間が数百人いた。

 数百人には、常人では考えつかないような、不思議な力が宿った。

 それが、――異能。

 異能創生という名称が付いたのは、異能者を誕生させたという理由からだ。

 そして、異能者を誕生させた事件の当事者を、創生神と呼ぶ。


(俺の日常を壊した、あの忌々しい事件!)


 まるで、親殺しを憎むかのように、異能創生という言葉に過剰反応をする鈴木。

 創生神を崇める者もいれば、鈴木のように憎む者もいる。

 創生神がなにを思って、異能者を生んだのかは解らない。

 解っているのは、池袋の消滅と共に異能者を生み出したという結果だけ。


「ふふ。それで、任務の内容だけど――」


 鈴木が任務を承諾することが解っているのか、女性は淡々と任務内容を話していった。



 二週間前の出来事を思い返した後、鈴木は再び響音に視線を戻す。

 相変わらず響音は教科書を壁にしながら、豪快にイビキをかいて寝ている。


「(こんな奴が、異能創生を引き起こした当事者……創生神か)」


 呆れたように呟く鈴木だが、視線は氷のように冷たい。


「ごらぁ! 白銀! 俺の授業で居眠りとは良い度胸だ!」


 響音の居眠りに気が付いたのか、怒鳴り声を上げながら響音の元へと近づく現国教師の岡田。

 ソフトボール部の顧問をしている岡田の体は、体育教師の方が向いているのではないだろうか? というくらいに筋肉の塊だった。

 響音の元まで辿り着いた岡田は、教科書を丸い筒状にして響音の頭をバチンと叩く。


「ふぎゃっ!」


 突然頭部に衝撃を受けた響音は、驚きの声を上げながら勢いよく起き上る。

 その光景を見たクラスメイト達は、退屈な授業で疲れた表情を一転させて笑顔で壮大に笑う。

 岡田も本気では怒っていないようで、顔は笑っていた。


(やはり、俺の生きる世界とは別次元だ)


 教室内に漂う、明るい雰囲気に居心地の悪さを感じる鈴木は心の中でそう呟く。

 ……鈴木はあまりにも、闇を見続け過ぎたのだ。



「あらら~、アレで護衛をしているつもりなのかな?」


 須之内高等学校旧校舎の屋上から響音のクラス内を観察している一人の男。

 手に持った携帯電話を耳に当て、口にはタバコを咥えている。


『創生神の新しい護衛、不死身イモータルという者のことか?』


 電話越しに、低い男の声が問いかける。


「えぇ。学校では鈴木という偽名を使っているみたいですけどね」


『不死身という名前はよく耳にするのだが、本当に腕が立つのか?』


「……不死身は殺しに関してはプロですが、護衛には不向きのようです」


 旧校舎から、響音の教室までの距離は軽く二百メートルは離れている。

 男はゴムバンドで目元に固定された双眼鏡を使って、教室内を正確に観察していた。


『それなら、任務に手こずることはないな、髑髏スカル?』


 どこか安堵したような口ぶり。

 しかし、


「ふふ、あははっ! 手こずらないですってぇ?」


 髑髏と呼ばれた男は、突然狂ったように笑い、通話相手の安堵を踏みにじる。


「仮にも《不死》という通り名を持っているのですよ? 簡単な相手ではない。いや、そうであって貰わなくては困る。何故なら――」


 髑髏は肺に溜まった煙を吐き出す。


「彼は私の想い人なのですから」


 そう言って、どこまでも凶悪な笑みを浮かべた。


『……任務に私情は慎め。それから、早めに任務を完了させろと、上から催促がきた」


「はいはい、解りましたよ。それでは、切ります」


 髑髏は軽い口ぶりで告げると、携帯電話を切った。


「ま、解ったのは後者だけどね」


 フィルターぎりぎりまで吸った煙草の吸殻を指で弾いた髑髏は、再び狂ったように笑うのであった。



 時刻は昼を迎え、生徒たちは空腹を満たすために、食堂やら購買などに足を運ぶ。

 そのため、昼休みの廊下は大混雑していて、中々先に進むことができない。

 今日は特に混雑が激しい。

 その原因は、少し先に進むと解った。


「「きゃ~! 杉浦先生~!」」


 女子生徒達から、黄色い歓声が廊下に響き渡る。

 歓声を浴びているのは、四月から学校へ理科教師としてやってきた杉浦だ。

 杉浦の細い体は白衣に包まれていて、女子受けしそうな甘いマスクをしていることから、女子生徒達から多大な人気があった。


「良かったら、お昼ご飯をご一緒しませんか?」


 女子生徒の一人が、勇気を振り絞って杉浦を誘う。

 その光景を見た他の女子生徒達は、「ズルイ!」「私も!」などと喚き散らしながら、杉浦に詰め寄る。

 その光景を、冷やかな目で見る男子生徒達を見る限り、女子と男子の温度差はかなり激しいみたいだ。


「おっと、ごめんね。用事があってここへ来たんだ」


 杉浦は両手を胸の前に出して、女子生徒達を制止させる。


「う~。そうですか、残念です……」


 やんわりと断られた女子生徒は、残念そうに顔を俯けた。


「今度余裕のあるときに、ご一緒させて貰うね」


 しかし、杉浦が優しい口調でそう言うだけで、女子は俯けていた顔を上げ、嬉しそうに笑顔を見せる。


「……そうだ。頼みがあるのだけど、白銀さんを呼んでもらって良いかな? 大塚先生に呼んで来いと言われてね」


「えー! 信じられない! 大塚のハゲ、杉浦先生を使わないで自分で呼べよ!」


 大塚を批判する、品のない言葉が女子生徒達から飛び交う。

 大塚は中年の数学教師で、口うるさいことから学生達には嫌われていた。

 容姿も杉浦と比べれば、月とスッポン。

 当然、女子生徒達は杉浦を擁護する。


「あはは……。大塚先生は忙しい人だからね。しょうがないよ」


 そんな大塚へのフォローを入れる辺り、杉浦は顔だけではなく、性格も良いことが解る。

 それ故に、一段と女子から人気があるのだろう。


「それじゃあ、私が白銀さんを呼んで来ますね!」


 最初に杉浦へ声を掛けた女子生徒が笑顔でそう宣言した。

 そこへ、


「ちょっと待って下さい」


 制止を掛ける声が廊下の喧騒を突き破って聞こえる。

 細い糸を針に通すような、繊細で綺麗な声。

 周りの生徒達は、美声に耳を喜ばせると同時に、こんな美しい声を持った人物がこの学校にいたのかと驚いた様子。

 そして、この場にいた生徒の一部が声の発信源を知ったとき、驚きは最高潮に達した。

 ――声の主が鈴木だったからだ。

 自己紹介でも決して喋ることのなかった、鈴木が制止の声を掛けたのだから当然だろう。

 鈴木は響音の元へ向かおうとした女子生徒の肩を掴みながら、杉浦を見ている。

 その際、鈴木に肩を掴まれている女子生徒の顔が、うっとりと光悦に溢れていたのは置いておく。


「えっと……君は、鈴木君だったかな?」


 杉浦は首を傾げながら、鈴木に問う。


「はい、鈴木です。よろしければ、僕が白銀さんを大塚先生の元まで連れていきますので、杉浦先生は女子生徒達と、お昼をご一緒してはどうでしょう?」


 鈴木は柔らかい口調で、杉浦に提案を入れる。


「……それでは鈴木君の昼休みがなくなってしまう。申し出はありがたいけど――」


「(杉浦先生って、特徴的なタバコをお吸いになっているみたいですね。中々嗅ぐことのない匂いだ)」


 杉浦の言葉を遮る形で、鈴木は杉浦の耳元で囁く。


「……」


 一瞬、杉浦の瞳が獰猛どうもうな蛇を意識させるように細くなった気がしたが、誰も気づくことはなかった。


「……うん、お願いしようかな」


 笑顔で鈴木の提案を飲み込む杉浦。

 それと同時に、今日一番の歓声が女子から上がる。

 女子生徒の数人が、鈴木に向けて親指を立てるが、鈴木はなにも反応をしない。

 杉浦は女子生徒達に連れていかれる形で、混雑した廊下から姿を消したのだった。



 教室に戻った鈴木は、なにごともなかったかのように自席に座った。

 前方には、響音が友人達と楽しそうに昼食を食べている。

 その様子を、鈴木はうつ伏せで仮眠を取っているように見せ、怪しまれないように観察する。


(大塚が呼んでいたというのは本当だろうか。もしそうだとしたら、後々面倒だな……)


「あっ、鈴木君。戻ってきてたんだ~」


 不意に響音が後ろを振り返り、鈴木へと声を掛けてきた。


「……」


 顔を上げて響音を見た後、鈴木はコクリと一回頷く。

 別に無視をしても構わないと思ったのだが、なんとなく鈴木は響音にリアクションを返した。


「お昼ご飯食べたの~?」


 話はすぐに終わるものだと鈴木は思っていたのだが、響音はなおも会話を続けようとする。

 鈴木は無言で首を横に振った。

 言葉を発しないことで、クラスメイトからの注目を避けられると考えていた鈴木だったが、かえってそれが注目度を増す羽目になっているという事実に、全く気付いていない。


「そうなんだ! 良かったら、これ……食べて!」


 響音が可愛らしいウサギ柄のお弁当包みを鈴木の机の上へと置く。


「鈴木君ってさ、いつも昼休みは教室で寝ているでしょ? ご飯はしっかり食べないとダメだよ!」


 ビシッと、鈴木に向けて人差し指をさす響音。

 その動作に驚いたのか、鈴木は反射的に体を後ろに下げる。

 ……白銀響音というのは、素でこういった性格なのだ。

 気にかかったことがあれば、傍からしてみれば羞恥を感じることでさえも、アタックしていく。

 それ故に、人望がとても厚いのだ。


(護衛対象との必要以上な接触・詮索は禁止されている。どうしたものか……)


 鈴木にしては珍しく焦っている様子で、机の上に置かれたお弁当包みに手を伸ばすか伸ばさないかで、手が不審に動いていた。

 そして、意を決したのか、鈴木はお弁当包みを手に取る。


「食べ終わったら、そのまま私に返してくれて構わないからね」


 お礼もなにも言わない鈴木に対して、響音は悪態の一つもつかず、ニコニコと太陽のように眩しい笑顔を向けてくれる。

 しかし、それが鈴木の勘に触った。

 鈴木のように暗闇しか知らない存在にとって、響音の笑顔はあまりにも眩し過ぎるのだ。


「…………一つ、聞きたいことがある」


「……え?」


 鈴木の声を初めて聞いた響音は、一瞬誰が言葉を発したのかが解らなかったみたいで、何度も周りを見回しながら鈴木に視線を戻した。


「う、うん! どうぞ」


「…………十年前の、池袋消滅事件当時。君はどこにいた?」


 任務に忠実であるはずの鈴木が、任務違反を犯した瞬間だった。

 しかしそんなことは、今の鈴木には全く関係ないといった感じで、響音の返答によっては更なる任務違反が想像させられる。

 最大の禁忌タブー、護衛者殺し!

 鈴木からの尋常ではない威圧感を感じ取ったのか、響音はびくりと体を強張らせる。


「えっと……。実はというと、私には八年前以上の記憶が一切ないんだよね。過去に池袋で大爆発事件があったというのは、テレビの特集とかで見たことがあるから知ってはいるけど……」


 申し訳なさそうに、それでも愛想の良い笑顔は浮かべたままで、響音はそう告げる。


(八年前以上の記憶がないだと!?)


 人が自分の意思とは裏腹で反射的に働いてしまう微かな動作。

 例えば、目。頬。口。

 その微かな動きを見極めることができれば、嘘を見破ることは可能。

 鈴木は人の嘘を見破ることに自信があった。

 そんな鈴木が導きだした答え。

 ――白銀響音は白。


「……そうか。余計なことを聞いて申し訳なかった」


 鈴木は響音にそう告げると、半ば放心状態でお弁当袋を手に持って教室を出ようとする。


(白銀は創生神としての自覚がない。俺は……どうすればいいんだ)




 昼休みが半分過ぎた頃、響音が居る二階の教室ではなく、三階の使われていない教室へと足を運んだ鈴木。

 机や椅子が山のように置かれている教室内を突き進んでいき、掃除ロッカー前で歩を止める。

 コン、コン、コン。

 テンポ良く掃除ロッカーを三回ノックした後、鈴木は「俺だ」と小さく呟く。

 傍から見れば、意味不明な行動にしか思われないだろう。

 だが、鈴木の取った行動により、掃除ロッカー内からドタバコという音が聞こえるとともに、扉がゆっくりと開いた。

 掃除ロッカーの小さな内部には、様々な機材が詰まっており、小さな液晶モニターが十個以上も取り付けられていた。

 ただでさえ小さな内部が、それにより余計に狭い。

 こんな場所に好んで入るのなんて、猫くらいだろう。

 しかし、そこには猫ではなく、紛れもない人間がちょこんと正座で座っていたのだ。


「いかがなされましたか、――先輩?」


 年齢は十二歳くらいだろうか?

 鈴木を先輩と呼んだ少女は小学生のように幼い体をしていて、上下紺のジャージ姿で胸元には『愛美めぐみ』と書かれている。

 そして、首元には体躯に合わない厳つい形をしたヘッドフォンが掛けられており、機材の一つにプラグが挿されている。

 愛美は鈴木の顔を見つめた後に、深々と頭を下げた。


「前置きは良い。杉浦は黒だ。警戒レベルを上げておけ」


「……なにか、証拠を掴んだのですか?」


 いまだに下げていた頭をやっと上げ、鈴木に問いかける愛美。

 頬に米粒が付いていたが、鈴木は黙っている。


「姿を完全に目視することはできなかったが、午前中に旧校舎の屋上からこちらを監視している者がいた」


「旧校舎から……盲点でした。しかしそれだけでは、監視者が杉浦だったという証拠にはならないのでは?」


 愛美の主張は正しい。

 姿を完全に見たわけではないのなら、杉浦が犯人なんて言いがかりでしかない。


「証拠ならちゃんと掴んでいる。これが、旧校舎の屋上に捨てられていた」


 鈴木は近場の机の上にお弁当包みを置くと、懐からチャック付きのビニールを取り出して愛美に渡す。

 愛美は小さな手で、それを受け取ると、


「煙草の吸殻……」


 と声を漏らした。


「その銘柄は国内で手に入らないだけでなく、特徴的な匂いをしている。杉浦から全く同じ匂いがした」


 愛美は鈴木が言ったことを確かめるために、ビニールのチャックを開け、恐る恐る匂いを嗅ぐ。


「あっ。シナモンの香り」


「そうだ。煙草独特の煙の匂いも混じっていて、香水の匂いとは別物」


「なるほど……。杉浦は確かに黒ですね」


「あぁ。それと、杉浦は白銀と接触を図ろうとした。今までにはなかったことだ。……近い内に、一悶着あるぞ」


 そう言った鈴木は、なぜか嬉しそうに顔が笑っている。


「先輩? どうしてそんなに喜んでいるのですか?」


「ん? 俺は喜んでいる……のか。あぁ、そうだな。久しぶりに濃厚な殺気を当てられたものだから、体が疼いてしまっているのかもしれない」


 自分では気付いていなかったらしい鈴木は、愛美に言われてようやく気付く。


「濃厚な殺気……。先輩! 杉浦がそんな危険人物ならば、私の元へ来ている場合ではありません!」


 愛美は焦ったように、鈴木に投げかける。


「問題ない。奴はこの時間、女子生徒と楽しい食事の時間だ。それだから、旧校舎にも行ってきたんだ」


「しかし! 杉浦が女子生徒と食事に行くのがフェイクだとしたらどうするのですか!? それに、杉浦が単独とは限らないのですよ!」


 なおも愛美は鈴木に食いかかる。


「……白銀は昼休み、いつも教室で友人と一緒だ。人が大勢居る教室内でアクションを起こすとは思えない」


「考えが甘すぎます! これはゲームではありません! やり直し(コンテニュー)はできないのですよ? すぐに教室へ戻って下さい!」


 愛美が言い終えたのとほぼ同時、


『ピンポンパンポン』


 まるで、待っていたかのようなタイミングで、校内放送のチャイムが入った。

 思わず鈴木と愛美は固まってしまう。


『二年四組の鈴木亮平君。――大至急、理科室までお越しください』


 放送で流れる、杉浦の美声。

 鈴木の頬に一筋の冷や汗が流れ、床に一滴落ちた。


「愛美! 至急、教室のモニターで白銀を確認しろ!」


 止まっていた二人の時間が動き出す。


「は、はいっ!」


 大急ぎで、掃除ロッカー内に備え付けられたモニターを確認する愛美。


「っ! 白銀が教室にいません!!」


「チッ! 理科室のモニターはどうなっている!?」


「理科室だけ映像が映りませんっ! さっきまではそんなことなかったのに!」


 愛美は焦りながらも、ジャージのポケットから通信機を取りだした。


「……愛美。まだ本部には連絡を入れるな。どうしてか解らないが、杉浦は白銀を連れ出すことに成功したのにも係わらず、学園に留まっている。……奪還のチャンスはまだある」


「これは罠です! 本部に一度連絡を入れて、援軍を呼ぶべきです!」


「援軍が来る前に、杉浦の気が変わったらどうする? それに、これは俺のミスが招いた結果だ。尻ぬぐいくらいは自分でさせてくれ」


 鈴木は言いながら、通信機を持った愛美の手を掴む。

 そして、愛美とお互いの息が触れ合うほどに顔を近づけ、


「俺が信用できないか?」


 と目線を合わせて尋ねた。


「そ、そんな! とんでもないです! ただ私は先輩が心配で……」


 愛美は顔を赤くしながら、鈴木から目線を離す。


「安心しろ。俺が死ぬなんてことは……あり得ない」


 身の心配をしてくれている愛美の頭に、鈴木は優しくポンと手を置いた後、表情を引き締めて教室を出て行こうとする。


「(コンテニューはできない……か)」


 鈴木が扉に手を掛けた際、消えかけそうな声でそう呟いたが、愛美の耳に入ることはなかった。



 黒いカーテンによって、日差しが遮断された理科室内。

 そのせいで薄気味悪く感じるせいか、生徒が使う長方形型の机は、祭壇のように見える。

 響音はその上に寝かせられていた。

 その横には、白衣を身に包んだ杉浦が座っている。


「へぇ。この子が異能者を生んだ、創生神様とはねぇ」


 杉浦の指が響音の顎をなぞっていき、唇にまで到達する。


「うん。普通の女の子だ」


 薬でも盛られたのか、響音は杉浦に唇を触れられても目を覚ますことはなかった。


「あぁ、遅いなぁ。まだ来ないのかなぁ。早く君とやりたいよぉ」


 まるで、恋人を待つかのように、杉浦は身を焦がしている。

 そんな杉浦の想いが伝わったのか、理科室の扉を開く音。

 ――鈴木が杉浦の領域テリトリーに足を踏みこんだ。


「やぁ。遅かったじゃないか、鈴木君。いや、……不死身イモータルと呼んだ方が良いかな?」


「……どこの組織の者だ?」


 鈴木は威圧感溢れる言葉を、杉浦に向けて放つ。

 それと同時に、鈴木と杉浦の間でピリピリとした空気が張り詰める。


「ふふ。良い殺気だ。堪らないよ、不死身! 思わず殺しそうになっちゃうじゃないか!!」


 片手で顔を抑えながら、嬉しそうに叫ぶ杉浦。


「この感覚……。やはり、屋上で俺に殺気を向けていたのはお前か」


「はははっ! 抑えていたつもりなんだけど、やっぱり駄目だったか!」


 午前中、鈴木が身に感じた濃厚な殺気とは、やはり杉浦によるものだったのだ。

 腰を持ち上げ、杉浦は机の上から下りる。


「どうして、白銀響音を連れて学校ここを離れない?」


 鈴木は気になって仕方なかったことを杉浦へと尋ねる。


「う~ん。私情とでも言っておこうかな」


 杉浦は煙草を口に咥え、銀色のジッポで火をつけた。


「私情だと? 雇われの身ではないのか?」


「クライアントはちゃんといるよ。ただ、任務にも勝ることがあってね」


 理科室内に、杉浦が吸っている煙草のシナモンの香りが広がる。

 甘ったるい匂いが嫌いな鈴木にとっては、シナモンの香りは毒でしかない。


「……任務に勝る私情だと?」


 匂いを鬱陶しそうに手で払いながら、鈴木は尋ねる。


「yes。そしてその私情とは、――君との殺し合いだよ、不死身!」


 ジリジリと燃える煙草の先端を、杉浦は鈴木に向ける。


「ふん。つまらない理由だ。だが、そのお陰で俺は任務を失敗せずに済んだわけだからな。一応感謝はしておく」


 アッサリと杉浦の私情を切り捨てながら、鈴木はすでに自分の勝利を宣言している。

 杉浦はそのことを気にも留めず、憧れの存在を見るかのように鈴木を見つめていた。


「狙った獲物は絶対に逃さない、まるで死神のような存在、――不死身。この業界の中では、かなり有名だ。そんな君に感謝をされるとは光栄だよ!」


「あぁ、そうかい。後輩めぐみが仕組んだ監視カメラが、ここだけタイミング良く機能停止をしたときは、お前は単独ではないと疑ったんだが、その心配もないようで安心した」


 ――ドン!

 突如、杉浦が力一杯に机を叩く。


「当たり前だろ! 私は君ほど有名ではないが、それでも名の通っているエージェントだ! 人の手を借りるなんてあり得ない!!」


 急に怒りを露わにした杉浦に、鈴木は少し驚く。


「私の名前は、《不死者ネクロマンサー》の髑髏スカル! 君だって聞いたことくらいあるだろ!?」


 必死な形相で、鈴木に食いかかる杉浦であったが、


「いや、聞いたことはない」


 とあっけなく返される。


「聞いたことがないだと!?」


 ポロリと灰が床に落ちた。


「君と同じ、《不死》を名に持つのだぞ!? 確かに君と比べてしまえば知名度は劣るが、それでも大抵のエージェントならば、知っているはずだ!」


 ドンドン、と立て続けに机を叩きながら力説をする杉浦。


「お前は勘違いをしていないか? 俺はエージェントではなく、たんなる殺人機械だ。今回の護衛任務は特例で引き受けたにすぎない」


「……そんな君が、どうして創生神の護衛に就いた?」


「ふふ、私情とでも言っておこうかな」


 鈴木は鼻で笑いながら、杉浦の問い掛けに答えた。

 杉浦の殺気が強まるのを感じた鈴木は、さりげない動作でベルトに手を持っていく。


「……その私情というのは、君が死を目の前にして怯えた表情を見せたときに聞くことにしよう」


 この言葉が、勝負の火蓋を切った。

 鈴木はベルトの内側に収納された、刃渡り十五センチ以上のナイフを引き抜くと同時に杉浦に投げつける。

 まるで、川の流れを描くように綺麗な動作だった。

 刃物は一直線を描いて、杉浦の喉仏に向かう。

 すでに鈴木の瞳には、この後に起こりえる光景が浮かんでいた。

 喉仏に刺さったナイフを、苦しそうに両手で掴む杉浦の姿を!

 数多くの人間をあやめてきた鈴木だからこそ、見えてしまう光景だった。

 ――しかし、


「おっと! 危ないな!」


 ナイフが杉浦に接触する寸前で、ナイフが急な角度を描いて横にそれた。

 その際、杉浦が咥えていた煙草をナイフがえぐったが、ナイフは杉浦の身を刻むことなく、黒板へと刺さった。


(チッ、軌道を変えられた。異能か!)


 鈴木はサイドステップで右方向に移動しながら、再びナイフを投げる。

 しかし、初撃同様ナイフは杉浦に到達する直前で、軌道を変えられる。


(奴の異能はなんだ? 念力、重力変換、反射。考えられるのはこの三つ。不意を突いたはずの初撃を回避したところを見ると、反射が怪しいか。それも、自動に発動をするタイプ)

 

 様々な可能性を考える鈴木に向けて、


「……さて、次はこちらから行かせて貰おうかな」


 杉浦はポキポキと両拳の骨を鳴らした後、鈴木に向けて勢いよく掌を突き出した。

 それと同時、鈴木の胸部に鉄球でも飛んできたのではないかという衝撃が起こる!

 鈍い音と共に、鈴木は黒板に思いっきり叩きつけられた。


「かはっ」


 まるで、黒板がベニヤ板のように、ポッキリと二つに割れる!

 飛びそうになった意識を必死に繋ぎとめたものの、鈴木は床に倒れてしまう。


「はははっ! 立てよ! 不死身! アバラが数本イカれたくらいだろ!? 不死同士、どちらが優れているか、ここでハッキリさせるんだ!!」


 杉浦は倒れた鈴木の元まで歩くと、黒板に刺さったナイフを引き抜く。


「痛いかい? それなら、痛みを和らげてあげるよ! 今度は足が痛くて堪らないだろうけどねぇ!」


 杉浦は凶悪な笑みを浮かべながら、ナイフを鈴木の右足目掛けて振りおろそうとする。


「……馬鹿が」


 苦しそうにしながらも、口元に笑みを浮かべ、鈴木はベルトのバックルに手を掛けた。

 すると、

 バチバチバチバチ!!

 突如、杉浦が手に持ったナイフに電流が走る!


「あががががががががが!!!」


 杉浦は白目を剥きながら言葉にならない言葉を叫ぶ。


「人様の武器を勝手に使うからこうなる。五百ミリアンペアの電流だ。……消し炭になれ」


 鈴木は近場の机に手を掛けて体を持ち上げると、口に溜まった血を吐き出し、杉浦に視線を向けた。

 そして、鈴木の目に入ったのは、


「……なーんてね」


 蛇のような長い舌を出しながら、ケタケタと笑う杉浦の姿だった。

 電気というものは、どんな生物にとっても克服できない弱点であり、人間は百ミリアンペアで致死量に至る。

 鈴木が杉浦に与えた電流はその五倍。

 どう考えても、杉浦が無事なわけがないのだ。


(奴が反射の異能者だったとしても、物質ではない電流まで効果を発揮できるものか!?)


「ん? どうしてって表情をしているね。理由は簡単だよ。私は《死》に嫌われている、――不死者だからだ!」


 左右に手を広げながら、杉浦は壮大に宣言した。

 鈴木は追撃を恐れ、一旦杉浦との距離を置こうとしたが、足が痙攣を起こして動かないことに気付く。


「どうやら、効いてきたみたいだ」


「……なにをした?」


 鈴木は焦りに顔を歪めながらも杉浦を睨む。


「君がここへ来たときから、室内に微弱な神経ガスを充満させておいたんだよ」


「馬鹿な! そんなの匂いで俺が気付くはず……」


 鈴木は言いながら、ハッとする。


「……煙草の匂いのせいか……!!」


「ご名答。それともう一つ。ここに創生神がいることにより、君は更に警戒を弱めたはずだ」


 杉浦の言う通りだった。

 鈴木はこの場に響音がいたことから、杉浦が響音に危害を加えるような行為はしないと考えていたのだ。


「あぁ、安心したまえ。先ほど言ったように、このガスは微弱だ。死に至ることはない。この様に私がピンピンしているのも、このガスに対して抵抗力を持てるほどのものだからだ」


 言いながら、ナイフの刀身を指でなぞる杉浦の口元は、御馳走を目の前にしたかのように、涎が滴っていた。


「ふ、ふふっ、ふふふふふ! あぁっ、駄目だ! もう我慢できない! 君から『私情』を聞きだしたいと思ったが、そんなのはこの際どうでも良い!!」


 呼吸を乱しながら、鈴木を見る杉浦。

 鈴木は立つことができなくなり、床に尻もちをつく。


「――ナイフをお返しするよ、不死身!!」


 鈴木に向けて、ナイフを投げる杉浦。

 その動作が鈴木にはスローに見えた。

 体全体に広がった麻痺により、鈴木は人形同然。

 避けることなんて不可能。


「……くそ」


 そう呟いた瞬間、鈴木の額を貫くナイフ。

 ……鈴木の視界は何も写さなくなった。


 ×××××××


 呼吸を乱しながら、鈴木を見る杉浦。


「――ナイフをお返しするよ、不死身!!」


 鈴木に向けて、ナイフを投げる杉浦。

 それを、

 ――首を横に移動させるだけの動作で鈴木は避ける!


「まだ動けたのか!」


 杉浦が驚きの声を上げた直後。

 鈴木はベルトからナイフを一本抜き取ると、窓に向かって投げた。

 当然ながら、ナイフは窓ガラスを突き破る。

 そして、鈴木は割れた窓を目指して走った。


「……はぁ、はぁ。これで……神経ガスの効果は出ない」


 呼吸を乱しながら、鈴木は杉浦を見る。


「神経ガスの存在に気が付いて呼吸を止めていた……だと!?」


「……まさか。流石にそんな息はもたない。呼吸の回数を制限しただけだ。微弱な神経ガスならば、呼吸器からの侵入を大幅に抑えれば、皮膚吸収を合わせてもギリギリで耐えきれる」


 カーテンから光が漏れて、鈴木の顔を照らす。

 鈴木の顔は汗まみれだった。


「暗闇が幸いして、お前は気付かなかったみたいだな」


「……馬鹿な。気が付いていたのならば、どうして初めから今の行動に出なかった!?」


「ポリシーさ。コンテニューする際は、前回失敗した場面から、窮地を脱したいというね」


 鈴木の言動を理解できない杉浦は、自らの髪を掻いて苛立ちを紛らわす。


「……さて、お前の異能とやらの正体がなんとなく解った。答え合わせをしても良いか?」


 鈴木は杉浦に尋ねながら、懐から三十センチ程の長方形をした黒い箱を取りだす。

 そして、蓋を開けるかのような動作を取ると、長方形をした黒い箱はガシャリと音を立て、ボウガンへと姿を変えた。


「……折りたたみ式ボウガン! それが懐にあったお陰で、私の一撃をしのいだのか!」


「あぁ。このボウガンは俺にとっては御守りみたいな物だ。それなのに、このボウガンを見た奴は、決まって畏怖を向けるけどな」


 言いながら、鈴木はボウガンの矛先を杉浦に合わせる。


「……おいおい。興醒めだね。私に飛び道具は効かないのは解っているだろう?」


「効かない? ならばどうして、俺が一番初めに放ったナイフにお前はビビったんだ?」


 ごくり。

 呆れた表情が一変して、真面目な顔で杉浦は生唾を飲み込む。

 その動作を見逃さない鈴木は、更に追求を入れる。


「これは俺の推測だが、お前の《反射》の異能は、自分の意思では連動しないのではないかと考えた」


「……」


「例えば、――俺の殺気に反応しているとか」


 大きく杉浦の瞳孔が開く。


「ビンゴか」


「……それが解ったからといってどうなる? 殺気を含まない殺傷攻撃など不可能! それに! 私には自身の殺気を具現化させて攻撃するという方法もある! 私の攻撃だけが、君に届くのだ!」


「……俺の懐に浴びせた一撃か」


 鈴木は合点がいったという表情を浮かべながら、ボウガンを持った逆の手を使って腹部に触れた。

 杉浦は異能の正体を見破られたことによほど動揺をしているのか、自分が不利になる情報まで漏らしている。


「確かに、殺気を含まずに殺すことなんて普通はできないだろうな。だが、俺は普通じゃない」


 そう言って、鈴木はボウガンのトリガーに掛けた指の力を強める。


殺人機械キラーマシーンに、感情なんて必要ないだろ?」


 鈴木と杉浦の未来が懸ったトリガーを引く。

 そして、

 ――ボウガンの矢は反射されることなく、杉浦の胸部に深々と刺さった。


「う、……ごほっ」


 血を吐き出しながら、杉浦は胸部に刺さったボウガンを両手で掴み、後ろへと後退していく。

 背中が壁に到達したのを期に、杉浦は床に崩れた。


「お前はこれから死ぬ。だが誇れ。お前は俺を六回も殺した。……俺に六回もコンテニューをさせたんだ」


 意識朦朧としている杉浦の元へ、ゆっくりと歩きながら言う鈴木。


「……不死身の、由来……か?」


 言葉なんてロクに話せる状態ではないのにも係わらず、杉浦は言葉を発する。


「死んだ十分前の世界に戻る。……俺の異能だ」


「ふ、ふふ! あはははは!! 確かに、それは不死身……だ」


 壮大な笑い声と共に、杉浦は事切れた。

 鈴木は杉浦の脈を調べて杉浦の死亡を確認した後、通信機で愛美に事後処理を要求した。

 ボウガンを折りたたむ最中、机の上に横たわった響音の姿が目に入った鈴木は、ふと口を開く。


「……そういえば、俺の私情を聞きたがっていたな」


 杉浦に背を向けたままの状態で鈴木は続ける。


「俺の私情は、――復讐」


 そう呟いた鈴木の表情は、殺人機械キラーマシーンにはできるはずのない、悔しみと悲しみの混じった表情だった。


「十年前。異能創生によって、大切な人を失った。その原因を作った人物が、創生神、――白銀響音」


 杉浦から受けたダメージの影響なのか?

 それとも、精神的な問題なのか?

 鈴木はふらふらとした足取りで、響音の元まで歩く。


「十年間、殺意の塊となって探し続けた。創生神を探し出すために、自分が手に掛けた人の数など解らないくらいだ」


 響音の元まで辿り着いた鈴木の手には、ナイフが握られている。


「……それなのに! それなのにっ! お前はどうして創生神である自覚がない!? どうして闇を知らない太陽のような笑顔ができる!? そんなお前を殺したところで、死んでいった者達が報われるとは思えない!!」


 ガツッ! ガツッ!

 響音が横たわっている机を、鈴木は何度も何度もナイフで刺す。

 自身の感情を表に出すことのない鈴木が、子供のように感情を爆発させていた。


「はぁ、はぁ……くっ!」


 乱していた呼吸を無理やりに抑えた鈴木は、響音を真っ直ぐに見る。


「お前が創生神と自覚した暁には、俺は躊躇ちゅうちょせず殺す。だが、今は守ってやる。……お前は俺の獲物だ」



 一陣の強い風が、フェンスに囲まれた屋上のアスファルトを駆け抜ける。

 その際、鈴木の鬱陶しい前髪が柳のように揺らめき、覆っていた右目を露わにさせた。

 光を見る事を許されない目、義眼。

 どのような経緯で、右目を失ったのか。

 その真実を知る、ただ一人の存在である鈴木は、グランドを見渡せる淵近く、片膝を立てながら座っていた。

 鈴木の隣には、響音が寝かされている。


「う……ん?」


 アスファルトの寝心地が良いわけなく、響音は痛そうに首元を手で抑えて起き上がると、辺りをキョロキョロと見回した。


「ここは、……屋上? え、鈴木君!?」


 寝起きで意識朦朧とする響音だったが、行った覚えの無い屋上にいるだけではなく、鈴木が真横に居たことで意識がハッキリしたらしく、警戒する猫のように距離を取った。

 そんな響音の反応に動じることもなく、鈴木は無言で弁当箱の中身を口に持っていく。


「あ、あれ。私、屋上に来たっけ……? 確か、杉浦先生に呼ばれて……」


 ちんぷんかんぷんといった感じに、響音は頭を傾げた。


「君が俺を屋上に誘ったんだろ? 一緒に昼食を食べるとか言って」


 下手に考えさせたら面倒だと思った鈴木は、響音に視線を向けることなく淡々と言った。

 傍から見れば、なんて無愛想な言い方なのだろうかと思うかもしれない。

 当たり前だ。

 わざとそうしているのだから。

 鈴木は他人との馴れ合いを、人一倍に嫌う。

 冷たく接することで、距離を置こうとしているのだ。

 しかし、鈴木は無意識の内にミスをしていた。

 鈴木は響音を横にさせる際、直でアスファルトへ頭をつけさせるのに抵抗があったのか、片膝を立てている足の甲にウサギ柄の弁当包みをかけて、その上に響音の頭を乗せていたのだ。

 そんな鈴木の些細な優しさに気が付いた響音は、嬉しそうに目を細める。


「誘っておきながら、君は寝てしまったし。それも、夢を見るくらい気持ちよく」


「あぅ、ごめんなさい。……それはそうと、お弁当……どう?」


 弁当を食べる鈴木を下から覗きこむ形で、響音は鈴木を見た。

 鈍い鈴木でも、流石に響音がなにを聞いているのかは解る。


「…………普通」


 本当は「美味しい」と言おうとした。

 でも言えなかった。

 鈴木は言いようの無いむず痒さを感じてしまい、素直に感想を言うことができなかったのだ。

 こんなこと、鈴木にとって初めてのことだ。


(……チッ。白銀こいつと一緒にいると、調子が狂う!)


 今の自分が、殺人機械からは程遠いと解っているのか、鈴木は自分に対して苛立つ。


「むぅ。そっか~。まだまだ修行不足かぁ」


 今さら美味しいなんて言い出せない鈴木は、無言で弁当を食べ続ける。

 そして気が付けば、弁当箱の中身は空になっていた。


「…………ごちそうさま」


 どこか拗ねた感じでそう言った鈴木を見て、響音は可愛らしく手を口に持っていき笑う。


「ぷ、あははっ。鈴木君って、面白いね!」


「……」


「ごめん、ごめん!」


 鈴木の無言を、響音は怒っていると思ったらしく、すぐに謝る。


「あ、そうだ! お詫びと言ったらなんだけど、これからもお弁当を作ってくるよ! ……鈴木君に美味しいって言わせたいしね!」


 そう言って、響音は今日一番の笑顔を鈴木に向けた。

 それを見た鈴木に信じられない現象が起きる。


(……光?)


 闇の深海へと沈んでしまった鈴木の右目が、微かにだが光を映したのだ。

 しかし、光はすぐに消えてしまう。


「……まさかな」


 呆気に取られていた鈴木だったが、気のせいだと自分に言い聞かせてその場に立ち上がる。


「……言っておくが、昼休みはとっくの昔に終わっている。――戻るぞ」


 鈴木が響音に背を向けながら放った言葉は、やはりぶっきらぼうであったが、響音はどこか嬉しそうな表情を浮かべて、「うん!」と言ったのだった。


最後まで読んで頂き、ありがとうございましたm(_ _)m


不死身と髑髏を押し過ぎて、キャラクターだけが淡々と動くだけの話になってしまった気がします……。

続きを書く上で、世界観の掘り下げなどをしっかりしていきたいと思います!

ツッコミどころ満載だと思いますが、暖かい目で見て貰えれば幸いです^^;


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