↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

初恋は身分差に邪魔される

作者: 禅
掲載日:2026/09/17

「ご無事ですか!?」


 鬱蒼とした深い森に切迫した低い声が響く。すぐ近くには、倒れた豪奢な馬車と、泣き崩れる侍女たち。そこに、不快な砂と鉄の臭いが鼻をかすめ、土と血にまみれて転がる敵兵が目に入った。


 自慢の金髪はボサボサに乱れ、綺麗なドレスは泥で汚れ、幼い子どもの私には衝撃的な光景。


 でも、それよりも目を奪われたのは……


 片膝を地面につけたまま、眼前に差し出されたゴツゴツとした剣ダコの大きな手。鍛えられた太く逞しい腕と、木漏れ日に照らされた赤茶色の髪。警戒させないように鋭い金色の目を柔らかくして、男らしくも端正な顔に浮かべる不器用な笑み。

 そこに漂うスモーキーだけど優しく穏やかな樹木の香り。


 安堵とともに高鳴る鼓動。


 それは、先程まで命を狙われていた緊張から、ではない。



 言うなれば、これは――――――恋。



 十年後。


「遅い! ジーク、ランニング十周追加!」

「は、はいっ!」


 団長の号令に対して、ボクは息も切れ切れに特徴的と言われるハスキーボイスを絞り出した。

 大柄な男たちがひしめき合う訓練場の端を必死に走る。一つにまとめた栗色の髪が上下に揺れ、汗が全身を流れる。

 そんなボクの耳に先輩騎士たちの噂話が触れた。


「団長はジークに厳しいよな」

「そのくせ夜は手放さないのにさ」

「だよな。しかも、これまで色恋事の噂が一つもなかった団長が」


 会話に合わせて自然と集まる好奇の視線。

 でも、ボクは反応しない。夜は手放さないというのは事実だから。ただ、その理由は先輩たちが想像していることと、まったく違うけど。

 気にせずに走っていると、同期で新人騎士のデニスが後ろから走ってきた。足の遅いボクは周回遅れになっている。


「大丈夫か?」

「う、うん」


 心配する声に何とか笑顔で答える。実際は今にも倒れそうだし、胃の中のものを全部吐き出しそう。

 なんとか足を動かしているボクに対して、余裕のあるデニスがチラリと団長を覗き見た。


 訓練場の中心で腕を組んで立つ男。

 触り心地がよさそうな、短く刈り上げた赤茶色の髪。睨めば敵が裸足で逃げ出すという、鋭い金色の瞳。まっすぐな鼻筋に形のよい唇と、目尻のシワに渋みが漂う端正な顔立ち。

 三十代半ばだが、衰えを知らない鍛えられた体躯は、歴戦の猛者の雰囲気をまとう。十年前の戦争で数々の武功をあげ、若くして騎士団長になった実力者。


 騎士団の中でも人望があり、兄のような存在で信頼されている。


 その団長が先程、ボクの噂をしていた先輩騎士たちと手合わせを始めた。あの金色の瞳に姿を映してもらえるなんて、どれだけ羨ましいことか。


 悔しさで歯ぎしりしそうになる感情を抑えていると、デニスが眉を寄せた。


「相変わらず、団長は容赦ないな。先輩たちが悶絶してるぞ」

「でも、急所は外してあるから、少し休んだら回復するよ」

「そうだけどさ……」


 デニスの視線がボクに移る。それから、顔を寄せて小声で囁いた。


「その、夜だが、もし団長の部屋に行くのが嫌なら……」


 思わぬ話にボクはつい声を挟んだ。


「別に嫌じゃないよ」

「けど、こう毎晩だとおまえの体が……」

「ボクの体?」


 走りながら首を傾げていると、団長の怒鳴り声がした。


「デニス! 無駄話をする余裕があるなら、ランニング十五周追加だ!」

「ヒッ、はいぃ!」


 悲鳴に近い返事をしたデニスが速度をあげて、ボクを軽く追い抜いていった。

 あっという間に走り去った同期の背中を眺める。


「もっと体力をつけないと……」


 そう呟きながら、気づかれないように目だけを団長の方へ向ける。すると、そこには赤茶色の髪を伏せ、胃に手を当てて眉をひそめる姿があり……


「団長! 大丈夫ですか!?」


 ボクは思わず足の向きを変えて駆け寄った。

 そこに、スモーキーな樹木の香りがふわりと漂う。この匂いだけで、これまでの疲れが吹っ飛び、意識まで昇天しそうに……


(って、いけない、いけない。仕事をしないと)


 気を取り直したボクは努めて平静に声をかけた。


「お腹が痛みますか? 治療魔法が必要でしょうか?」


 小柄な体で体力もないボクが騎士団に入団できたのは治療魔法が得意だったから。それで、治療騎士候補として入団を許された。


 汗で顔に張り付く栗色の髪を払いながら団長を見上げる。

 服の上からでも分かる鍛えられた団長の体は、どれだけ見ても見飽きない。そのため、普段は怪しまれないように覗き見する程度で抑えているのだが。


(あぁ、今日も首筋から鎖骨にかけての筋肉が、筋が、芸術の如き輝きを……しかも、そこいらの若造には出せない年季を帯びた渋い顔も素敵です……)


 ここぞとばかりにジッと観察していると、胃を押さえていた大きな手が金色の瞳を塞ぎ、そのまま天を仰いだ。


「俺は問題ない。ランニングの続きをしろ」

「ですが……」


 心配するボクに意を決したような怒声が落ちる。


「団長の命令は!?」

「絶対です!」


 反射的に返事をしたボクは一礼をしてランニングに戻った。



 その夜。


 夕食を終えたボクは着替え一式を持って、いつものように団長の部屋へ移動していた。

 独身の騎士は騎士舎で生活している者が多く、ボクもその一人。食事は食堂で提供されるし、部屋は個室で家賃も安い。ただ風呂とトイレが共同なため不便なことも。

 それが団長クラスになると、部屋に専用のシャワーとトイレがある。


「失礼します」


 団長は執務室で残業中。

 そそくさと主が不在の部屋へ入ったボクは団長室にあるシャワーで汗を流した。本来なら、この時間はみんな大浴場で汗を流しているのだが、ボクは入ることができない。


 だから、最初の頃は浄化魔法で体を綺麗していていたが、それに気づいた団長が特別に自室のシャワーを使わせてくれるようになった。


「スッキリした」


 ふわふわな湯気とともにシャワー室を出る。


 そこはベッドや机と応接セットがある団長の匂いに包まれた部屋。自分の汗の臭いが消え、スモーキー混りの穏やかで優しい樹木の香りをより強く感じる。


「あぁ、もう……」


 この部屋の空気を、匂いを、吸いつくしたい。できることなら、この部屋の一部になりたい。いや、服になって常に団長の側にいたい。

 悶えながらも変態一歩手前の気持ちをどうにか抑え、首にかけているタオルをギュッと掴む。

 昼間の訓練は厳しいけれど、団長の側にいられるなら、なんてことはない。できるなら、ずっと騎士団に居たい。でも、それは叶わない。


「……一年だけ、だから」


 現実を噛みしめるように呟く。

 そこにドアをノックする音が響いた。


「ど、どうしよう」


 この部屋の主は団長だ。それなのにボクが出るのは違う気がする。

 出るべきか、無視するべきか。

 わたわたしながら悩んでいると聞き慣れた声がした。


「ジーク、いるか?」

「デニス!?」


 ボクは急いでドアを開けた。そこには神妙な顔で立つ同期。


「団長に用事?」

「いや、その……」


 もごもごと口を動かすデニスをボクは下から覗き込んだ。


「どうかしたの?」


 ボクの問いに同期が意を決したように声を出した。


「団長の部屋に来るのは、やめないか?」

「え?」


 驚くボクに対して、デニスが真剣な顔で諭すように話す。


「どれだけおまえが団長のことを好きでも、立場が違いすぎる。このままだと、おまえが傷つくだけだ」

「ちょ、ちょっと待って。好きって……ボクは、そんなつもりじゃあ……」


 熱くなっていく顔を首にかけたタオルで隠す。

 そこにガシッと両肩を掴まれた。


「目を覚ませ! 団長は伯爵なんだ! いくら好きでも、平民のオレたちと貴族は身分が違いすぎる! そもそも男だし、おまえは都合よく遊ばれているだけだ!」


 その発言に、ボクはさっきと違う意味で頭が熱くなった。

 タオルから顔をあげてデニスに怒鳴る。


「団長はそんな人じゃない!」

「でも、現にそんな状態だろ! 弄ばれていることに気づけ!」

「だから、ボクと団長はそんな関係じゃないんだ!」


 どちらも引かずに睨み合う。

 誰も通らない騎士舎の静かな廊下。そこに冷えた風が吹き抜けた。


「デニス、俺に何か用か?」


 腹の底に響くような渋い声。二人で同時に顔を向けると、そこには眉間のシワを深くした団長がいた。


 赤茶色の髪から雫が垂れ、首から下げたタオルとラフな服装から風呂上りであることが分かる。たぶん大浴場を利用したのだろう。水も滴る良い男、という言葉がピッタリで、普段は騎士服で隠れている首元や厚い胸元が露わになり、目が釘付けになる。


(あぁ、もう、ごちそうさまです!)


 涎が垂れないように口元を引き締め、目に焼き付けるように見つめるボクとは反対に、デニスが慌てて姿勢を正した。


「い、いえ。その用は……」


 と、ここで言葉を切ったデニスが覚悟を決めたように声を大きくした。


「あの、訓練時間以外でジークをかまうのをやめてもらえませんか!?」


 思わぬ発言にボクの目が丸くなる。


「ちょ、何を言って……」


 慌ててデニスに視線を移すと、グッと握りしめた両手が微かに震えていた。新米の騎士が団長に意見するなんて、相当な勇気が必要だ。

 何とか誤解を解きたいボクは、小さく震えている肩に手をのせた。


「デニス、ボクと団長は本当に何もないんだ。だから……」


 そこで、ボクの話を遮るように太い腕が腰に絡んできた。


「来い」

「ふぇ?」


 低い声とともに体が浮かび、強制的に部屋へ連れ込まれる。


「ジーク!?」


 デニスが手を伸ばしてボクを呼んだが、あっけなくドアが閉まった。


「ちょ、団長!」


 誤解を助長するような行動につい語気が強くなる。

 栗色の髪を振り乱しながら後ろを向くと、赤茶色の髪が足下で揺れていた。


「ハッ!」


 片膝を床につけ、深々を頭をさげて控える。

 その姿に勢いを削がれたボクは肩を落とした。


「騎士団では団長の方が身分は上なんですから、やめてください」

「そういうわけには参りません、ジークリンデ・メラトン侯爵令嬢」


 その名前に私はスッと足をそろえて背筋を伸ばした。


 この国は爵位が絶対の権力を持つ。


 だから、伯爵の団長が侯爵家の娘である私に頭をさげるのは当然のこと。


 騎士は実力のある平民や男爵、子爵の子息が志願することが多い。侯爵家の、ましてや女が騎士になるなど前代未聞。それでも、私は平民と偽ってでも騎士団に入りたかった。


 そんな私に団長が頭をさげたまま話を続ける。


「お屋敷へお戻りください」


 毎晩、言われ続けている言葉。でも、私の意思は変わらない。


「嫌です。自力で騎士団に入団したのに、なぜ屋敷へ戻らないといけないのですか?」


 プイッと顔を背ける私に苦渋混りの声が返る。


「ご自身の身分と立場をわきまえてください」


 血気盛んな男どもが占める騎士団に女が一人。団長曰く、飢えた狼の群れに放り込まれた子羊状態で、いつ襲われてもおかしくないらしい。


 そして、そんなことが起きないように団長は私の正体に気づいてからは自室で寝かせるようになった。


 結果、ジークは団長の夜の相手をしている、という曲解した噂が発生したのだけれど。


 そのことを思い出したのか、団長が深いため息とともに胃を押さえる。


 その様子に私は無骨で大きな手に、そっと自分の手を重ねた。団長の胃痛の原因は私。でも、まだ騎士団を離れるわけにはいかない。

 柔らかな光がお腹を包み、魔法で痛みを和らげる。


「一年だけ、ですから……」


 そう言葉を落とせば優しい団長は無言になる。そして、そのまま立ち上がると、応接セットのソファーに逞しい体を転がした。

 その行動に私はボクとして声をあげる。


「あー! 今日こそはボクがそこで寝ようと思っていたのに!」

「早い者勝ちだ」


 団長がいつもの言葉遣いに戻ったことにホッとしつつも、ソファーへ駆け寄って逞しい体を揺さぶる。


「ズルいですよ! 団長はベッドで寝てください!」


 しかし、返事はない。完全な狸寝入りだ。

 こうなった団長は意地でも動かないし、非力なボクでは巨体を動かすことはできない。


 いろいろ諦めたボクは渋々とベッドに入った。

 屋敷のベッドより固いし、ごわごわな肌触りのシーツで、お世辞にも寝心地が良いとは言えない。けれど、団長の匂いに包まれるだけで、極上の空間となる。

 昇天しそうな喜びと、何とも言えない切なさに、キュッと胸が締まる。


「約束の一年まで、あと……」


 残りの日数を惜しみながらも、昼間の訓練で疲れ切った体は重く、ボクは意識が途切れるように眠りについた。


~~


 爵位による序列が強いこの国では、貴族は同じ爵位同士で結婚することが普通であった。もし、爵位が違う者が結婚する場合、爵位は必ず男の方が上。そのため、私が結婚する相手は侯爵か、それより上の公爵、もしくは王族でないといけない。


 その現実は、私の初恋に重く圧し掛かった。


 敵国の兵から幼い私を助けてくれた騎士は団長に就任したばかりの伯爵だった。

 命の恩人とはいえ、爵位は私より下。そのため、結婚どころか婚約さえ申し込めない。


「せめて、私が伯爵家の娘だったら……」


 そう何度悔やんだか。


 でも、どれだけ嘆こうが現実は変えられない。


 ならば、少しでもお目にかかりたい。私という存在を知ってほしい。


 そう考えたけれど、団長は騎士団の仕事が忙しく社交界には顔を出さないため、私を知ってもらうことさえできない。


「なら、私が騎士団に入れば……」


 騎士団に入れるのは男のみ。しかも、剣術に優(すぐ)れた者か、魔法に優(すぐ)れた者のみ。


 ならば……と、私は魔法を猛勉強をした。幸いなことに我が家は治療魔法に秀でており、そのおかげで侯爵になった家柄。教材はいくらでもあり、勉強し放題だった。


「恩返しをしたいのです!」


 こうして十歳の誕生日を迎えた私は父に宣言した。


 幼い頃、敵国の兵に襲われたところを救ってくれた騎士団へ自分の治療魔法で恩返しをするため、という理由をつけて。


 でも、当然のように父は猛反対。


 話し合いの結果、騎士団へ入団できる十五歳に試験を受けて合格すること。ただし、入団は一年間のみ。一年後には家に戻ること。あと、女とバレた時点で即退団。

 恩返しをするには時間が短すぎると抗議したけれど、これが限界だった。


 父としては私が実力で騎士団に入団できると思っていなかったのだろうけれど。


 こうして、侯爵令嬢のジークリンデ(私)は治癒魔法の腕を磨き、基礎体力作りに邁進。そして、十五歳になると自慢の金髪を魔法で目立たない栗色に変え、平民のジークベルト(ボク)という名前で騎士団の試験を受け、実力で入団した。


 ただ、この生活ももうすぐ終わる。約束の一年が目前にまで迫っていたから。



 数日後。


「……聞いたか? また、敵国が怪しい動きをしているって」

「十年前、団長に惨敗したのに、懲りないな」

「全滅手前まで追い詰められたんだから、団長が在任中は攻撃してこないだろ」

「そうだな」


 先輩たちの会話をぼんやりと聞きながら訓練場の端をフラフラと歩く。

 そこに、デニスが心配そうに声をかけてきた。


「ジーク、大丈夫か? 足元が怪しいぞ」

「大丈夫。ちょっと、考え事をしていたんだ」

「ならいいけど……何かあったら、すぐに言えよ」

「うん、ありがとう」


 笑顔で言うと、鋭い気配が飛んできた。その先にはこちらを睨む金色の瞳。


(今日の団長も渋カッコいい……)


 この瞳を間近で見ることも、ボクを見てもらうことも、もうすぐできなくなる。


 そう考えると目の奥がツンと痛くなって……


「どうした!?」


 デニスの慌てた声で我に返る。


「え?」


 ポロポロと頬を流れる涙。でも、どうして泣いているのか分からない。


「あ、あれ?」


 なんとか止めようと手で拭うけれど、どんどん落ちてくる。


「とりあえず、コレつかえよ」

「あ、ありがとう」


 差し出されたハンカチを受け取ったところで、冷えた風が一つにまとめた栗色の髪をかきあげた。

 殺気のような気配とともに、地を這うような低い声が迫る。


「おい、ジークに何をした?」


 顔を向けると、そこには射殺さんばかりに眉間にシワを寄せた団長。

 訓練場でも見たことがない威圧にデニスが悲鳴に近い声で答える。


「な、何もしていません!」

「だが、泣いているだろ」


 ボクは慌てて涙を拭きながら二人の間に入った。


「デニスは何もしていません! その、ゴミが! 目にゴミが入っただけです!」


 金色の瞳がジッと静かに見下ろす。

 憧れの目に私の姿が映る。訓練場でランニングをしている時より胸がドキドキして、心臓がはち切れそうなほど嬉しいのに、息が止まりそうなほど苦しい。

 それでも、目が離せなくて。


 そこに激しい馬の嘶きが近づいてきた。


 晴天だった空に重苦しい雲が流れ込み、訓練場に生温かい嫌な風が吹き抜ける。


「なんだ?」


 訝しむ団長の声に応えるように伝令を乗せた馬が訓練場に飛び込んできた。突然のことに、訓練をしていた先輩たちも手を止めて注目する。


 騎士団の視線が集まる中、伝令の怒鳴り声が響いた。


「敵国の進軍あり! 騎士団は、直ちに出撃準備をせよ!」


 その言葉に、訓練場の空気が一瞬で張り詰めた。




『敵国の軍が王弟のご子息であるノール公爵家の領地へ進軍しているという情報が入った。王家の土地を奪われるなど、あってはならない。騎士団は出撃して絶対に阻止せよ』


 突如、下された命令に騎士舎はハチの巣を突いたように騒がしくなった。


「おい、ノール公爵って言ったら団長の……」

「それは知ってる。それより、今は手を動かせ」


 ヒソヒソ話をしながらも素早く出撃準備をしていく先輩騎士だち。

 そこにデニスがやってきた。


「団長から、おまえは騎士舎で待機していろって」

「なんで? デニスは?」

「オレは後方支援部隊で出陣する」

「どうしてっ!?」


 同期のデニスが出撃するのに、なぜボクは寄宿舎で待機しないといけないのか。戦いの時こそ、治療魔法が必要なのに。


 納得できないボクは団長がいる執務室へ飛び込んだ。


「ボクも連れて行ってください!」


 書類を見ながら副団長へ指示を出していた団長の手が止まる。

 それから、ため息と肩を落として当然のように言った。


「ダメだ。体力も剣の腕もないおまえは連れていけない」

「ですから、後方支援の治療師として!」

「ダメだ」


 低い声とともに冷徹な金色の瞳がボクを見下ろす。


「本当の理由は、おまえ自身がよく分かっているだろう?」

「ですが……」


 食い下がろうとするボクに抑揚のない声が落ちる。


「団長の命令は?」


 その言葉にボクは何も言えず、約束の一年が過ぎる前にジークベルト(ボク)は、侯爵令嬢のジークリンデ(私)へと戻った。


~~


 侯爵家に帰った私はひたすら騎士団の無事を祈った。

 敵国との戦況はあまり私の耳に入らない。たぶん、父が情報を入れないようにしていたのだろう。

 騎士団の状況が分からないまま、結婚ができる十六歳の誕生日を過ぎ、縁談や婚約話も持ち込まれるようになった。だが、私はすべて断り続けていた。


 それから、数か月後。


 団長が率いる騎士団が勝利したという吉報が届いた。

 そして、同時に私の結婚話も。


「婚約を飛ばして結婚って、どういうことですか!? 普通なら婚約をして、お互いのことを知ってから結婚ですよね!?」

「今回は、王弟のご子息の家系であるノール公爵家からだ」

「公爵家の当主は奥方を亡くされていますが、六十歳手前のお方ですよね!? そんな、年上の方に私が嫁ぐなんて……」


 異議を唱える私に父が淡々と現状を話す。


「敵国に勝利したとはいえ、ノール公爵の領地の被害は甚大だ。我がメラトン侯爵家も十年前に同じように敵国から侵攻を受けたが、ここまで復興した。おまえはその希望の象徴として嫁ぐのだ」

「ですが、お父様より年上の方なんですよ!?」


 その指摘に父がグッと言葉を詰まらす。


「仕方ないだろ。ノール公爵直々の要望だ」


 この国では爵位の序列は絶対。上からの話は断れない。

 スカートを握りしめて俯いた私の肩に父が優しく手をのせる。


「これも貴族の務めだ」

「…………はい」


 私は掠れた声とどうにか絞り出した。



 それからは怒涛の日々であった。

 

 急遽の決定した結婚式の準備のため、毎日が目まぐるしく過ぎていく。悲しみに暮れる暇もないけれど、それでも、ふとした瞬間に団長のことを思い出してしまう。

 そのたびに沈みそうになる気持ちをなんとか切り替え、上を向く。


 こうして、あっという間に結婚式の当日となり……


 肝心の結婚相手は領地の復興で忙しく会えないまま、結婚式で初顔合わせをすることに。


「はぁ……」


 もう何十回と落としてきたため息をまた落とす。


 心が躍るはずの白いドレスは自由を奪う鎧でしかなく、煌めく宝飾品は身を縛る鎖でしかない。

 無我の境地のまま、メイドたちの手によって飾られていく。


 すべての支度を終え、控室で待つ私に侍女がおずおずと言葉を告げた。


「ノール公爵家のご当主が来られました」

「……わかりました」


 このまま式場まで顔を合わさないと思っていた私は、覚悟を決めてゆっくりと立ち上がった。


(これも、貴族としての務め。どんな相手であろうとも、嫁ぐのみ)


 目を伏せたまま振り返り、優雅に頭をさげて膝を折る。


「お初にお目にかかります、ジークリンデと申します」


 下を向いた私の視界に白い大きな靴が映る。

 ふわふわとした夢のような感覚だった意識が急に現実味を帯びていく。


(私は、この人と結婚するんだ……団長より、ずっと年上の……)


 ジワリと視界が滲む。でも、結婚相手にそんな顔は見せられない。

 口の端を噛み、白い手袋をギュッと握る。


「……顔を、あげてくれないか?」


 渋みが混じった低い声に、不覚にもドキリと胸が跳ねた。


(まさか……声が似ているだけ、よね。でも、似ているところがあるのは、よかったかも)


 私の体から少しだけ力が抜ける。

 そこに、スモーキーな樹木の香りがふわりと鼻をかすめた。


(……団長と、同じ香水?)


 疑問符を浮かべながら頭を飾る白いベールが崩れないように、慎重に顔をあげていく。

 すると、目の前にいたのは……


「だん、ちょう……?」


 真っ白なタキシードに見慣れた赤茶色の髪。ただ、最後に見た時から少し伸びており、ピッタリと頭に撫でつけられている。

 左胸には私が持っているブーケと同じ花で作られたブートニアが飾られ、手には剣ではなく白い手袋がある。


 まるで新郎のような服装。


 呆然としている私に対して、何度も見つめてきた金色の瞳が気まずそうに細くなる。

 それから、誤魔化すように赤茶色の髪をガシガシとかきながらバツが悪そうに下を向いた。


「いや、その、あれから、ちゃんと責任を取れって散々デニスに責められてな」


 思わぬ言葉にますます状況が理解できない。

 頭が働かない私は疑問をそのまま呟いた。


「なんの責任ですか? それに、私の結婚相手はノール公爵で……」

「俺が、そのノール公爵だ」

「え?」


 ポカンと口をあけた私に団長が説明を続ける。


「俺は公爵家の次男で家を継げないから、伯爵の爵位をもらって独立していたんだ。だが、当主である父と兄が攻め込んできた敵国との戦争で死んでな。俺が急遽、家督を継ぐことになった」

「は、はぁ……」


 理由は分かった。滅多にないけれど、ありえないことではない。


「で、思っていたより跡継ぎの処理が大変で、顔を見せる余裕もなかったんだ。その間にも、おまえのところに次々と縁談話が舞い込んでるって聞いて……」


 少しずつ私の頭が現実を理解していく。


「婚約を飛ばして、結婚を申し込んだのは……?」

「おまえが他のヤツに嫁ぐことを想像したら、我慢できなくなって……その、焦って、だな」


 団長が恥ずかしそうに顔を背けた。でも、その耳はほんのり赤くなっていて。


「ずっと、悩んでいたんだ。おまえは若いし、俺が相手じゃなくても、いくらでも幸せになる道はある…………けど、俺がダメだったんだ」


 そう言った団長が眉尻をさげ、伺うように私を見た。

 

「二十も年上のオジサンだが、いいか?」


 金色の瞳に白いウエディングドレスを着た私が映る。幼い頃からずっと夢見ていた光景。ずっと諦めていた初恋。


 それが、本当に叶うなんて。


「団長がいいんです!」


 私はヒールを高く鳴らして、逞しい体へ飛び込んだ。



~一方、騎士団では~


 騎士舎の食堂で話好きの先輩騎士たちが雑談していた。


「まったく。どう見ても両想いなのに、団長がずっとグダグダ悩んでいるからさ」

「だよな。二十歳差がどうこう、爵位がどうこうってさ」


 先輩騎士の一人が肩をすくめながら頷く。


「けど、なんとかなって良かったな」

「そうだな。団長はずっと跡継ぎ問題で家が大変だったから、さっさと幸せになってほしかったし」

「あれこれやり方を変えながら発破をかけた甲斐があったぜ」

「あぁ。でも、今回の一番の功労者はデニスだな」


 そこに夕食を載せたトレイを持って歩いていたデニスが足を止めた。


「オレ、何かしました?」


 話が見えないデニスに先輩騎士が説明する。


「デニスがジークに絡む度に団長がやきもきしていたからさ。ちょうどいい刺激になったんだよ」

「え?」

「おまえが責任取れって言ったおかげで、やっと団長が動いたしな」

「え?」

「今日、団長とジークの結婚式があったんだよ」

「け、結婚っ!?」

「そんなに驚くことか?」

「だ、だって、責任を取れとは言いましたけど、結婚って!? 男同士なのに、どうやって!?」


 その言葉に先輩騎士たちが目を見合わす。

 それから、ジークに不憫そうな視線をむけた。


「……おまえ、気づいてなかったのか?」

「ジークは女だぞ」


 衝撃発言にデニスの目がこぼれ落ちそうなほど大きくなり……


「おんっ………………えぇぇぇぇえええええ!?」


 騎士舎に驚愕の声が響き渡る。


「そうか、気づいてなかったのか」

「ま、そういうこともあるな」

「頑張れ」


 魂の抜け殻となったデニスは先輩騎士たちに慰められていた。




よければブックマーク、評価☆をポチッとお願いします!

励みになります!☆*: .。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。