第13話 言葉の重さ
――選べ。
頭の奥で、誰かがそう言った気がした。
ナイルが、迫る。
さっきまで“人だったもの”。
今は、ただの命令の塊だ。
「アーヴェル!」
レグナスの声。
剣は、もう振れる位置にある。
止めるか、斬るか。
どちらかしかない。
「……待て」
俺は言った。
自分でも驚くくらい、落ち着いた声だった。
「……まだ、終わってない」
「終わってる」
ガルドが、はっきりと言う。
さっきまで助けられた側の人間が。
「……あそこまで行ったら、戻らない」
「……でも」
俺は言葉を探す。
足りない。
何かが足りない。
名前は届いた。
でも、それだけじゃ崩れない。
「……何が足りない」
思わず口に出る。
答えはない。
だが――
「……“繋がり”だ」
ガルドが呟いた。
苦しそうに。
「……俺が戻れたのは……お前が、“思い出させた”からだ」
「思い出す……」
頭の中で、何かが噛み合う。
名前。
帰る場所。
家族。
そうだ。
ただの情報じゃない。
“意味”だ。
「……ナイル」
もう一度呼ぶ。
さっきより、ゆっくりと。
「お前、何してた」
問いを変える。
命令じゃない。
記憶に触れる問い。
ナイルの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
だが――
「……排除」
すぐに戻る。
駄目だ。
弱い。
「……違う」
さらに踏み込む。
距離が、ほとんどゼロになる。
危ない。
でも――
「お前、ガルドと一緒にいたよな」
横目でガルドを見る。
彼の目が、わずかに揺れる。
「……言ってくれ」
俺は小さく言う。
ガルドに。
「……ナイルは」
ガルドが口を開く。
迷いながら。
「……酒が弱い」
フェルナンが「は?」と声を出す。
だが、構わない。
重要なのは、そこじゃない。
「……任務の後、よく倒れてた」
ナイルの動きが、揺れる。
ほんのわずかに。
「……覚えてるか」
俺が続ける。
「……あの時、お前が言った」
ガルドが、さらに言葉を重ねる。
「……“今日は勝ったんだから、飲んでいいだろ”って」
空気が、歪む。
ナイルの輪郭が、崩れる。
「……っ!」
フェルナンが声を上げる。
「効いてる!」
ミレイアも、息を呑む。
「……もっとだ」
俺は言う。
確信があった。
これは、届く。
「ナイル」
名前を呼ぶ。
もう一度。
「お前、何が好きだった」
問いかける。
記憶に触れる。
「……」
沈黙。
だが、動きは止まっている。
「……魚」
ガルドが言う。
「……川魚。焼いたやつ」
ナイルの口が、わずかに動く。
「……魚」
かすかな音。
でも、確かに。
「そうだ」
俺は言う。
「お前はナイルだ」
言葉を固定する。
「命令じゃない」
さらに重ねる。
「お前の言葉で言え」
空気が震える。
命令と、記憶がぶつかる。
「……ナ……」
音が出る。
さっきより、はっきりと。
「……ナイ……」
もう一歩。
届く。
「……ナイルだ」
ガルドが言い切る。
強く。
断定する。
その瞬間。
ナイルの体が、大きく揺れた。
“命令”が、剥がれる。
「……っ!」
頭を押さえる。
苦しそうに。
でも――
「……俺は……」
声が出る。
途切れない。
「……ナイル……だ」
その言葉が、空気を変える。
完全じゃない。
だが――
戻った。
「……はあ……」
フェルナンが息を吐く。
「マジかよ……」
ミレイアも、静かに頷く。
レグナスは――
剣を下ろしていた。
「……成功、か」
「一部だ」
俺は答える。
ナイルは、まだ不安定だ。
だが、確かに“戻った”。
「……ありがとう」
ナイルが言う。
小さく。
でも、確かに。
その時だった。
地面が、震える。
「……っ!」
全員が身構える。
森の奥。
“空白”が、一斉に揺れる。
さっきよりも、明確に。
そして――
その中心に、また“人の形”が現れる。
今度は、一つじゃない。
二つ。
三つ。
「……おい」
フェルナンの声が震える。
「これ、キリないんじゃねえか?」
誰も答えない。
答えがないからだ。
だが、一つだけ分かる。
今のやり方は、通じる。
でも――
「……間に合わない」
俺は呟く。
数が増えすぎている。
一人ずつじゃ、追いつかない。
「……方法を変える必要がある」
ミレイアが言う。
冷静に。
「根本に、干渉しないと」
「根本……」
俺は、森を見る。
“空白”の中心。
あそこだ。
あそこに――
「……何かある」
確信があった。
だが、その時。
背後から、別の声がした。
「――それ以上は、やめておいた方がいいですよ」
全員が振り向く。
そこに立っていたのは――
見知らぬ少女だった。
◇
言葉で“戻す”ことはできました。
でも、それだけでは足りない状況になってきました。
そして、新しい存在が現れました。
ここから物語が一段階変わります。
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