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魔術師の原罪  作者: 卓麻呂


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第4章

GC320.5.1

 

 艦長室の天井に、アニマの映像が投影されている。

緑の帯が、恒星光を受けてゆっくりと明滅する。季節変動のタイムラプスだ。


セレナは仰向けのまま、それを見つめている。

レオンの腕が、彼女の腹の上にゆるく回っている。


「見て。ここ」


彼女が指先で拡大すると、濃い緑の大陸が映る。


「森林密度指数、周期的に変動してる。完全に生態系よ。あれはただの藻類じゃない。層構造がある」


レオンは低く息を吐く。

「分かってる」


「分かってるって顔じゃない」


「……覚悟してる顔だ」


セレナは彼を見上げる。距離が近い。

「ねえ。あれ、誰のもの?」


「所有権の話か?」


「そうじゃない」


セレナは小さく笑う。


「私たちがまだ知らない誰かの森よ」


レオンはホログラムを見つめる。

緑の海が風に揺れている。実際には無音だが、二人には風が聞こえる気がする。


「光合成スペクトルが地球と微妙に違う。色素構造も異なる。進化の系統は独立している可能性が高い」


「うん」


「つまり、地球とは別の生命の歴史」


「うん」


「……奇跡だな」


その言葉に、セレナは少しだけ驚く。


「あなたがそう言うの、珍しい」


「奇跡でも、資源でもある」


彼女の表情がわずかに曇る。


「やっぱりそこに戻るのね」


レオンは彼女を引き寄せる。


「俺は人間だからな。何十億という命が、あそこに希望を見る」


「あの惑星の希望かどうかは分からないわ」


「そうだな」


「私達が降りたら不可逆的な変化を起こしてしまうわ」


沈黙。


セレナは彼の胸に手を当てる。


「地球由来の微生物やウイルスが混ざる。空気や土壌が変わる。たった一度の接触で、生態系はゆっくり書き換わる」


「封鎖区域を設ける」


「完全隔離できる?」


「完璧はない」


「でしょう?」


彼女は少しだけ彼に体を寄せる。


「ねえ、レオ。あの森には、まだ人類の足跡がないのよ」


「知ってる」


「それって、すごいことよ」


レオンは目を閉じる。


「俺だって壊したいわけじゃない」


「でも?」


「守るものが違う」


セレナは彼の顎に指をかける。


「私も人間よ」


「だから悩んでる」


彼女は小さく息を吐く。


「アニマってね、ラテン語で“息”でもあるの」


「呼吸か」


「ええ。あの森が吐く酸素。私たちが吸う酸素。混ざった瞬間に、バランスが壊れる可能性があるの」


レオンは静かに言う。


「今でなくてもいつかは別の誰かが干渉してくるさ。多かれ少なかれ文明は弱者への侵略の歴史そのものだ」


「イーサみたいな事を言うのね」


セレナは彼を見つめる。

怒っていない。ただ、悲しんでいる。


「もし、移住が決まったら」


「うん」


「せめて最初は、軌道上だけにして。地表は研究区域に」


「それで星への影響が抑えられるか?」


「分からない。でも、時間は稼げる」


レオンは少し考える。


「セラは時間を買いたいんだな」


「進化の速度は遅いの。私たちは速すぎる」


彼は彼女の額に自分の額を合わせる。


「心情的には俺もセラの意見には賛成なんだよ」


セレナの目が揺れる。


「本気?」


「今は任務で来てるだけだからな」


彼女は静かに笑う。


「よかった」


「ただし」


「なに?」


「俺も軍の一員だからな。上官にには逆らえないよ。意見くらいは上申できるけどな」


セレナは目を閉じる。


「その時は……相談して」


「一人では決めないよ。末端の意見なんかを上が聞いてくれるかは分からないけどな」


「約束?」


「約束だ」


彼女は彼の首に腕を回す。


「私、あなたが好き。でもアニマも好きになりそう」


レオンは小さく笑う。


「三角関係だな」


「浮気しないでよ」


「森にか?」


「そう」


彼は囁く。


「俺が選ぶのは、セラだよ」


セレナはすぐに言い返す。


「調子いいこと言うんだから」


その答えに、彼女は満足そうに目を閉じる。


ホログラムには、アニマの森が静かに光を受けている。

まだ人類を知らない森。


甘い夜の中で、

宇宙は静かに呼吸している。


GC320.5.5

 

ラウンジ

モニターにHD-4721cの分光データが流れている。酸素ライン、クロロフィル反射帯、安定した自転周期。数字は静かに並ぶ。


ノアが端末を閉じる。


「女子があの惑星、“アニマ”って呼んでるそうです」


言い方は報告調だ。


ルカが短く返す。


「観測ログはHD-4721cだ。名称が増えると検索が面倒だ」


マルコが笑う。


「女の子は・・・とか言うと色々煩いぞ」


ルカは無表情。


「事実は事実だ」


マルコが軽く手を振る。


「女子は強いからな。俺の居場所がなくなってしまう。心の平和は維持したい」


ノアが頷く。


「艦長も余計な摩擦は嫌うでしょう」


オスカーは端末から目を上げない。


「別名登録しておけば問題ない。システム的にはタグの追加で済む」


同じ結論。

だが見ている方向が違う。


少し間を置いて、マルコが声を落とす。


「報奨金の話、知ってるか?」


ルカは椅子に体を預ける。


「結構貰えるって」


「前例が少ないですからね。額は分からない。ただ、かなり多いらしい」


ノアが補足する。



「居住可能惑星付だからな。テラⅡ以来。希少性は極めて高い」


オスカーが淡々と続ける。


「本星からだいぶ離れているのが唯一の難点か」


マルコが小さく言う。


「どうやら民間が絡むと収集つかなくなるから口止め料らしいよ」


ノアはすぐに組織構造を思い浮かべる。


「航路整備までだいぶ長くかかる案件ですからね。情報統制を考えてもおかしくありません。評議会としては主導権を保持したいと考えるはずです」


ルカは肩をすくめる。


「データが外に出れば、企業は独自解析を始めるだろう。民間はとにかく動きが早い。莫大な利益が絡むとなおさらだ」


オスカーは勘ぐる。


「利権。資源、移民、航路、諸々管理できなくなるからな」


マルコは場をまとめる。


「だから国家主体でいくんだろ。重要案件は火星連合評議会が握る。揉め事は少ない方がいい。テラⅡの時も色々あったみたいだからね」


全員が自然に頷く。


ノアは現実的だ。


「大規模調査団が来て、我々はアンカー固定の最終確認。任務完了後は通常運用に戻るでしょう」


ルカが言う。


「我々の仕事が変わるわけじゃない。任務は任務だ」


マルコが苦笑する。


「それにしても、報奨金は退役しても暮らせる額、って噂もあるね。先の事より目先の報奨金だな。」


オスカーは即答。


「噂は噂だ。額が不明では人生設計は立てられない」


ノアも同意する。


「決まってから判断すればいいでしょう」


遠くで女子たちの笑い声。


「アニマ」という響きがまた混ざる。


ルカが言う。


「何もないなんてことはない。状況から判断するとそれなりに期待はできそうだ」


ノアが続ける。


「期待は裏切られることもある」


マルコは穏やかに締める。


「俺たちはいつも通りだ。余計な事を考えずに確実にやるだけだよ」


オスカーが最後に言う。


「そうだな。何事も感情を挟むと余計なトラブルを生む。」


沈黙。


同じ方向を向く男たち。

理想は語らない。だが軽視もしない。


彼らの作業工程は変わらない

 

GC320.5.7

 

ステラ・ヴィア艦橋に、最優先階層の通信着信が表示された。


発信元識別コードは――外域拡張局(OED)本部。


艦橋のざわめきが消える。


投影フィールドが展開され、光子粒子が収束し、一人の人物像が形を成す。外域拡張局長ヴァルグレン。その背後には火星連合評議会(MUC)の紋章が浮かび上がっている。これは単なる行政連絡ではない。政治決定の正式通達だ。


「ステラ・ヴィア、現地指揮官レオン艦長へ通達する」


声は低く、平坦だが、確実に重い。


「評議会における緊急協議の結果、本件は第一級重要案件として正式認定された」


その一文だけで十分だった。


第一級。

それは外域資源の再分類や小規模な戦略調整とは意味が違う。文明圏の方向性そのものに影響する事象にのみ与えられる格付けだ。


ヴァルグレンは続ける。


「これを受け、OEDは拡大型調査団の派遣を決定した。初回分として予備フェイズアンカー5基送るつもりだ」


艦橋の数名が無意識に視線を交わす。予備アンカーを持ってくるのは通例だが、初回調査で複数基持ち込みは異例だ。重要性がそれだけ大きいことを意味している。


「HD-4721c。までの推定距離は約1500光年」


その数字が改めて提示されると、空気がわずかに重くなる。


「多段跳躍による航路整備を行った場合、安定航路確立まで最低十数年。状況次第では数十年を要する」


ヴァルグレンは間を置いた。


「評議会は、その時間的猶予を許容しないと判断した」


レオン艦長が一歩前へ出る。


「局長、確認を求めます」


「発言を許可する」


「1500光年の直接ワープは理論上可能です。しかし、実運用での前例は聞いたことがありません。恐らく数ヶ月近く高次元空間から出られないものと思われます。座標固定でのワープは危険です。ランダムワープでは可能かもしれませんが、最悪、座標喪失というリスクがあるのでは」


艦橋の大型スクリーンに自動で航法シミュレーションが表示される。高次元位相安定曲線が、時間経過とともに微妙な揺らぎを示している。

超長距離直接ワープはリスクを伴う。多くの事故が起きており、今や誰でも知ってる常識である。

 


沈黙。


通信越しにヴァルグレンはわずかに頷いた。


「その通りだ」


言い淀みはない。


「成功確率、最悪損失想定、帰還不能ケース。すべて評議会で提示された。議論も行われた」


背後の紋章がわずかに揺らぐ。演出ではない。回線の微細な遅延だが、妙に象徴的に見える。


「それでも結論は変わらなかった」


声は上がらない。だが、退路もない。


「これは拙速ではない。議論の末の決定だ」


わずかな間。


「そしてこれは、国家の意思である」


艦橋に緊張が満ちる。


「航路を段階的に整備すれば安全性は高まる。しかし時間がかかる。今回の案件は、速度を優先すべき段階にあると判断された」


レオンは視線を逸らさない。


「調査団がそのリスクを負うことになります」


「そうだ。もちろん調査団のメンバーも承知している」


ヴァルグレンは即座に肯定する。


「しかしリスクは現場だけのものではない」


その声は、先ほどよりわずかに低い。


「私はこの決定に賛成票を投じた。成功確率と損失想定を理解した上でだ」


一拍。


「したがって、結果に対する責任の一端は私にもある」


艦橋にわずかなざわめきが走る。


「リスクは高い。それ故に今回は複数回に分けて調査団を派遣する。君達にはしばらく星系に留まってもらうことになるな」


その口調は重い。失敗を考慮した分散派遣。異例である。


「国家とは抽象概念ではない。決定を下す人間がいる。そしてその人間が結果を引き受ける」


わずかに視線が和らぐ。


「だが、恐れて停止するという選択肢は今回は採らない」


成功率の低い超長距離直接ワープ。


リスクを承知した上での決断である。


「第一次調査団は準備完了次第出発する。到着まで最短半年と見ている。状況次第で延伸もあるかもしれん」


「ステラ・ヴィアは調査を継続せよ。追加命令は随時送信する」


最後に、わずかに柔らかい声で。


「レオン艦長。貴官の懸念は正しい。それでも進む。理解してほしい」


通信は終了した。


艦橋に残るのは静寂。


命令だけではない。

決断の重さと、共有された覚悟。


1500光年の距離は、単なる物理的隔たりではない。

それは、理性と政治、慎重さと冒険の間に横たわる予測不能の深淵だった。


そしてその深淵を、今まさに誰かが踏み越えようとしている。


通信終了後の艦橋は、奇妙な静けさに包まれていた。


政治的決断の余韻はまだ残っている。しかし現場は感傷に浸る場所ではない。ディスプレイには恒星系の暫定マッピングが広がり、未確定データが点滅している。


シグは解析ウィンドウを展開した。


「小天体群は確認済みです」


恒星の外縁部に、淡く帯状の反射群が浮かび上がる。

分光データ、重力揺らぎ、散乱光の解析結果。存在はほぼ確定だ。


「外縁側に氷主体の天体帯。内側には金属質反応があります。規模は予想より良好です」


レオンがゆっくりと頷く。


「つまり、拠点候補には困らない」


「選択肢はあります。ただし――」


シグは表示を拡大し、重力ポテンシャルの等高線を重ねる。


「問題はサイズです」


いくつかの小天体に数値が表示される。

直径一・二キロ、三・八キロ、六百メートル、八キロ。


「大きすぎるとフェイズアンカーに影響が出る可能性があります」


「重力井戸か」


「はい。アンカーは位相固定装置です。設置座標は高精度で安定している必要があります。大質量天体の近傍では、微細な重力勾配が位相基準に歪みを生む恐れがあります」


星図上で、重力干渉シミュレーションが走る。

大きな小惑星の周囲では、等高線がわずかに歪む。


「この規模以上は避けたいですね」


「どのくらいが理想だ」


「直径1キロ程度に抑えたいですね。資源量を確保しつつ、重力干渉を抑えられる範囲です」


レオンは顎に手を当てる。


「足りるかな」


「ええ。水は氷天体から。構造材は金属質小惑星から。ヘリウム3は恒星風から回収可能ですが、居住区画や防衛設備の建設には大量の物質が必要です」


画面には、拠点構築に必要な質量見積もりが表示される。


「最低でも数百万トン規模の資材が必要になります。何度か行ったり来たりするようですね」


「石の運び屋だな」


「本来は調査団がやるんですが、今回は特別ですからね」


シグは淡々と応じる。


「さらに軌道も重要です。離心率が大きいと温度変動が激しくなります。自転周期が速すぎる天体は作業効率が落ちる。可能であれば、安定した円軌道を持つ天体を選びたいです」


「注文が多いな」


「長期滞在ですから」


レオンは観測窓の向こうを見つめる。

淡く輝く主恒星。まだ仮の目的地に過ぎないはずだった光。


「1500光年飛んできて、やることは石選びか」


シグは肩をすくめる。


「最初はだいたい基礎工事です」


レオンは小さく笑う。


「……土木作業だな」


言葉は軽いが、響きは現実的だ。


シグもわずかに笑う。


「大変ですよ。探査艇とリムは総動員ですね」


星図に仮想マーカーがいくつも灯る。


「まずは近傍探査ドローンを展開します。質量測定、組成分析、表面重力の精密計測。三日以内に候補を三つ程度に絞れます」


「防衛に関しては当面考える必要はないだろう。ただしここは大規模な港になるからな。後々問題になるような事は避けたい。安全対策は十分に考慮しよう」


「了解。恒星から十分距離を取りつつ、デブリの少ない軌道を探してみます。必要なら小規模な軌道修正も可能です」


「小惑星を動かすのか。益々華々しくないな」


「数メートル毎秒の速度変化なら、時間をかければ可能です。なかなか圧巻ですよ。」


レオンは呆れたように息を吐く。


「本格的だな」


「とりあえず仮設ですが、適当にやると後が大変になりますからね。ある程度は考えておかないと」


艦橋の空気は、いつの間にか建設会議のようになっている。


嬉しい誤算。


星図の上でこの恒星系は“人類の新たな拠点”へと変わりつつある。


レオンは低く言う。


「すぐに帰れると思ったんだがな」


シグはコンソールから目を離さない。


「そう上手くはいきませんよ。我々の強運をこそ恨むべきですね」


静かな事実。


拠点作りは長期戦だ。

お宝発見は華々しいが、裏では地道で膨大な基礎作業が待っている。裏方の仕事は世間の目には映らないものだ。

 

「俺達は華々しい方が好きなんだが、やる事は石運びか・・・」

 

レオンは呟きながら星図を見つめた。


「大事な作業ですよ。楽しい土木作業です。しばらく報奨金はお預けですね」


シグは笑いながら言う。

 

「長期滞在ってのがガッカリな所だな。皆の士気が心配だ」


レオンは呟く

 


1500光年先の最前線で、人類はまた基礎工事から始めようとしている。 

 

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