第3章
セレナはレオンの腕の中で、ゆっくりと息を吐いた。
汗と体温が混じり合った空気が、艦内の循環気流に溶けていく。
理屈では説明できない安心感が、身体の奥に沈んでいた。
「……ねえ、レオ」
彼女は彼の胸に頬を寄せたまま、指先で無意識に円を描く。
その動きは、触れるというより、確かめているようだった。
「私ね、今日あの惑星を見た瞬間……ちょっと怖くなったの」
レオンの指が一瞬だけ止まる。
だが、すぐに再び動き出し、彼女の髪を撫でる。
「怖い?」
「うん。でも、嫌な怖さじゃないの」
セレナは小さく笑う。
「自分が、すごく小さい存在だって思い知らされる感じ」
彼女は顔を上げ、天井を見つめる。
そこには無機質な船内照明しかないのに、彼女の瞳はまだ惑星の光を映していた。
「私たちがいなくても、あの世界は続いてきたし、これからも続いていく」
「それを……私たちが、たまたま見つけただけ」
レオンは何も言わない。
代わりに、彼女の腰を引き寄せる。
「それで?」
低い声が、耳元に落ちる。
セレナは少しだけ身をよじらせる。
その仕草が、意図せず彼を刺激することを、彼女自身が一番わかっていた。
「……綺麗だったの」
「理由なんて、後からいくらでもつけられる。でも、最初に来たのはそれ」
レオンは小さく息を吐き、彼女の額に口づける。
長く、静かに。
「セラがそう思ったなら、それでいい」
その言葉は、判断ではなく、肯定だった。
セレナはそれだけで満足してしまいそうになる。
だからこそ、少し悔しくて、彼の胸を軽く叩いた。
「もう……適当なんだから」
「今は、それでいいだろ?」
彼の手が、再び彼女の身体を探る。
今度は、さっきよりも確信を持って。
「ちょ、待って……」
声に反して、彼女の身体は逃げない。
むしろ、自然に彼の方へ寄っていく。
「話、ちゃんと聞いてくれるんじゃなかったの?」
「聞いてる」
レオンはそう言って、彼女の耳元で囁く。
「だから、続きは……後で」
その距離、その声、その熱。
すべてが、理性を鈍らせる。
「もぅ……」
セレナは観念したように、彼の肩に顔を埋める。
「さっきしたでしょ」
「こんなに元気になっちゃって……ほんと、仕方ない子ね」
その言葉は叱責ではなく、甘やかしだった。
レオンは答えず、代わりに彼女を抱き寄せる力を強める。
セレナがそう言った直後、レオンは低く笑った。
指先で彼女の腰骨のラインをなぞりながら、わざとらしく囁く。
「君だって、人のこと言えないだろ」
その言葉に、セレナは一瞬きょとんとして――
次の瞬間、耳まで一気に赤くなる。
「なっ……」
反論しようとして、視線を逸らし、逃げ場を失う。
結局、彼の胸を軽く叩くしかなくなる。
「……もぅ!」
「エッチ……!」
怒っているはずなのに、声はどこか甘い。
レオンはその反応を楽しむように、彼女をさらに引き寄せる。
「ほら、そんな顔してる」
「見ないで……!」
そう言いながら、セレナは彼の腕から抜け出そうとしない。
むしろ、無意識に指が彼の背中を掴んでいる。
からかいと照れと、抑えきれない熱。
二人の距離は、言葉よりもずっと正直だった。
艦長でも、副艦長でもない。
規定も、使命も、未来の選択も、今は遠い。
ここには、
触れ合うことでしか確認できない現実がある。
二人は再び言葉を失い、
呼吸と体温だけが、時間を刻んでいく。
この夜、
彼らはまだ「同じ場所」に立っている。
GC320.4.25
ブリッジの照明が一段階落ちる。
設置したフェイズアンカーが安定したため、本星への通信を行うことになった。
主スクリーンいっぱいに、赤い惑星が浮かび上がった。
外宇宙探査を主導するのは火星連合評議会(MUC)の外部機関である外域拡張局(OED)だ。
「本星回線、安定域に入りました。OED直通ライン確立」
オペレーターの声は平静を装っているが、わずかに硬い。
レオンは艦橋中央へ歩み出た。
《ステラ・ヴィア》のクルーたちの視線が、自然と彼に集まる。
探査艦の未来だけではない。
この未知との遭遇が、人類の進路を変える可能性がある。
スクリーンが切り替わる。
無機質な会議室。
壁面は白、光源は影を作らない。
中央に座る男が、ゆっくりと視線を上げる。
『こちら外域拡張局長ヴァルグレン』
声は低く、滑らかだ。
感情の起伏が、まるで研磨された金属のように削られている。
レオンは敬礼する。
「こちら探査艦艦長、レオンハルト・ヴァイス・カルダー。第一次報告、第二次補足データまで送信済みだ」
わずかな間。
それは通信遅延であり、同時に評価の時間でもある。
『受領した』
局長は一瞬、視線を落とす。
手元のホログラフィック表示を確認しているのだろう。
そして、顔を上げる。
『まずは言わせてもらおう。よくやった、レオン艦長』
その言葉に、ブリッジの空気がほんのわずかだけ緩む。
誰かが小さく息を吐く。
だが賞賛の色は淡い。
それは祝福ではなく、任務達成の確認に近い。
レオンは静かに答える。
「任務に従ったまでです」
『その任務遂行能力こそが重要だ』
局長は淡々と続ける。
『現在、報告内容を精査中である。各専門委員会が並行して分析を進めている』
背後のスタッフたちの動きが、わずかに見える。
OEDはすでに動いている。
『暫定判断として、現時点での決定事項を伝える』
ブリッジが完全に静まり返る。
『本恒星は現段階を持ってコードHD-4721 と呼称。居住可能惑星はHD-4721 cとし、当該惑星への上陸は禁止する』
誰も声を上げない。真っ当な判断だろう。
『報告には目を通した。知的生命は存在しない可能性が高そうだ。しかし判断材料が不足している。未知に対しては、段階的接近が原則である』
局長は指を組み、言葉を選ぶように続ける。
『ただし、外部からの観測、遠隔プローブによる調査、軌道上分析は継続せよ。接触は回避。なるべく刺激を与えてはならない』
レオンは一歩踏み出す。
理屈は合理的だ。
反論の隙はない。
そして局長の声が、ほんのわずかに重みを帯びる。
『本件は、まだ最終決定には至っていない』
数秒の遅延。
『しかし――』
ブリッジの誰もがスクリーンを見つめる。
『人類全体にとって、最重要案件となる可能性が高い』
その言葉は静かに落ちた。
『我々は地球もテラⅡも含めた人類圏の拡大を目指す責務を負っている』
理念。
否定できない大義。
『ゆえに軽率な行動は許されない。貴官の慎重さを、今後も期待する』
レオンの視線は揺れない。
「了解しました。外部観測を継続し、追加データを送信します」
『それでよい』
局長はわずかに頷く。
『レオン艦長。貴官の行動は歴史の重要な1ページとして刻まれる可能性がある。熟考して励むことだ』
賞賛とも、警告とも取れる言葉。
『以上だ。通信を終了する』
映像が途切れる。
スクリーンには再び、赤い惑星だけが映る。
静寂。
ブリッジの全員が、レオンを見る。
レオンは軽く肩をすくませてみせた。
「あーあ、上陸は禁止されちゃったね。残念。報告の前に行っちゃえば良かった」
メイは冗談とも本気とも取れない口調でつぶやく。
GC320.4.26
ステラ・ヴィアのラウンジは、ブリッジとは違い、わずかに照明が落とされている。人工重力は安定、窓の外には静かな恒星光。宇宙は相変わらず無口だ。
テーブルに並ぶのは合成ステーキ風プレートと、炭酸入りの栄養ドリンク。サラダ、パスタ。見た目は質素だが、味はなかなかのものだ。
エヴァがナイフを正確に動かしながら、淡々と口を開く。
「とりあえず、OEDからの返答は予想通りね。保守的で合理的。真っ当な判断だわ」
冷静そのもの。感情は乗らないが、声色は硬すぎない。
リナが身を乗り出す。
「でもさぁ、“人類全体にとって最重要案件になる可能性”って言ってたよね? あれ絶対なにか含みあるよ。わたし通信ログ解析してて思ったけど、あの間の取り方、わざとだった」
ミレイがフォークを止める。
「OEDが“含み”を持たないわけないでしょ。あそこは常に二手三手先を読んでる部署よ」
観測主任らしい落ち着き。ただし声は若い。理詰めだが、どこか理想も混ざっている。
メイがストローをくるくる回す。
「報奨金の話、聞いた事ある?出るんでしょ。働かなくていいのよ。相当出るよ。たぶん」
軽い。だが冗談とも本気とも取れない。
リナがすぐ食いつく。
「えーなんか聞いたことある。未開拓準居住惑星の第一発見チームには特別功労配分が出るって」
エヴァが冷静に割り込む。
「一生遊んで暮らせるかは分からないけど、それなりには出るでしょうね。テラⅡに続く居住可能な惑星だし、人類史に残る発見なのは間違いないわよ」
ミレイは静かに言う。
「私は改造は反対」
一瞬、テーブルの空気が止まる。
メイが目を細める。
「え、でもほぼ既定路線でしょ? 大気組成も重力も、放射線量も問題なし。テラⅡより条件いいくらい」
テラⅡ。
その名前だけで、空気が少し重くなる。
リナが小声で言う。
「テラⅡの倫理問題……あれ、結局どうなったんだっけ?」
エヴァが答える。
「完全な生態系解析前に微生物圏を改変。結果、未知の共生菌群が絶滅。社会問題になったわね。でも結局人間は昔から同じ事を繰り返してきたから」
ミレイは続ける。
「知的生命じゃなくても、独自の生態系は貴重よ。数十億年の歴史を、たった数十年で台無しにする。私はそれが嫌なの」
彼女は知的生命にこだわっているわけではない。
ただ、手付かずの惑星を“資源”としてしか見ない発想が気に入らないのだ。
メイが肩をすくめる。
「でも結局やるんじゃない? やっぱり居住可能な惑星って貴重だし、理想より現実だよね」
冷たく聞こえるが、現実の提示だ。
エヴァがうなずく。
「可能性は高い。惑星スペック的には申し分ない。大気中の有害ガスも低濃度。水資源も安定。重力0.98G。理想的すぎる」
リナが目を輝かせる。
「凄いことだよね」
ミレイは首を振る。
「未知のウイルスや細菌の影響は未知数だけどね。サンプル数もまだ少ない。地球型生態系との交差汚染が起きたら?」
エヴァが静かに補足する。
「外部観測継続の理由はそこよ。表向きは“人類全体の利益”と言う。でも裏ではしっかりリスク評価していかないとね」
メイがにやりと笑う。
「つまり、腹に一物はあるけど出さないってことね」
リナが言う。
「十中八九惑星改造の流れよね。経済効果は天文学的だよ」
ミレイは天井を見上げる。
「私はね、あの惑星が“何の手も入っていない”今の状態が好き。」
静かな宇宙。
メイがぼそっと言う。
「でも旗は立つよ。人類ってそういう生き物だし」
リナが笑う。
「で、そのとき報奨金いくら?」
エヴァがため息混じりに言う。
「まあ結局は自分達の利益追求になるのよね」
だが口元はわずかに緩んでいる。
ミレイは最後に言う。
「改造するなら・・・でもやっぱり私は反対」
沈黙。
宇宙は何も答えない。
リナがトレーをテーブルに置きながら言う。
「ところでさ、あの星の名前、しばらくHDなんとかって呼ぶの?」
メイが即座に笑う。
「覚えられないよね。打ち間違えたら別の星になりそう」
エヴァがナイフを整然と置く。
「恒星カタログ番号と軌道順よ。合理的だし、誤認は起きにくいわ」
「合理的すぎるのよ」
リナが窓を指す。
「あんなきれいなのに、コード名ってさ。家電の型番みたい」
エヴァは少しだけ肩をすくめる。
「科学はまず識別から始まるの。感傷はそのあとよ」
ミレイは窓を見たまま、静かに言う。
「どうせ正式名称は評議会が決めるわ。理念か、歴史的人物か、それとも艦長の名前だったりして」
メイが顔をしかめる。
「艦長の名前だったら私反対。不公平じゃん。堅苦しい名前もいやだけど」
リナが身を乗り出す。
「じゃあさ、それまで無名でしょ? 不便じゃない? “あの星”って呼ぶの」
エヴァが冷静に返す。
「内部通称なら問題ないわ。公式記録に混ぜなければ」
リナの目が光る。
「じゃあ決めようよ。女子会命名」
メイが炭酸をひと口。
「いいね。最初に見つけたの私たちなんだし。命名権、半分くらいあってもいいでしょ」
エヴァが淡々と。
「発見と命名は別問題よ。でも……非公式なら否定はしないわ」
ミレイが小さく笑う。
「エヴァ、ちょっと乗り気ね」
「合理性と語感の両立は嫌いじゃないの」
窓の外で、惑星がわずかに雲を流す。
リナがぽつり。
「生きてるみたい」
エヴァは即座に反射しない。少し考えてから言う。
「知的生命は確認されていないわ。生態系も未確定。でも……第一印象の話なら、否定はしない」
メイが顎を乗せる。
「なんか呼吸してる感じするよね。静かにさ」
ミレイがうなずく。
「まだ誰の旗もない」
少しの沈黙。
メイが唐突に言う。
「アニマ、とかどう?」
リナが目を丸くする。
「アニマ?」
「魂とか生命の原理とか。昔の哲学用語。なんとなく」
軽い調子。
でも音はやわらかい。
ミレイがゆっくり繰り返す。
「アニマ……」
エヴァが分析するように言う。
「昔のラテン語系かしら。短い。発音しやすい。多言語環境でも崩れにくいわね。内部通称としては優秀ね」
「評価きた!」
リナが笑う。
「かわいいじゃん。HDなんとかより百倍いい」
メイがにやりとする。
「どうせ正式名なんてそのうち変わるよ。でも今はさ、私たちが最初に見た星なんだし」
エヴァがグラスを見る。
「まだ改造計画も確定していない。OEDは慎重だけど、最終的にどう動くかは分からないわ」
リナが小声で。
「惑星改造、やるよね?」
エヴァは視線を外さない。
「可能性は高いわね」
ミレイが静かに言う。
「だからこそ、怖いのよ」
テラⅡの名は出ない。
でも全員の頭をよぎる。
未知の微生物圏。
倫理委員会の紛糾。
消えた生態系。
メイが少しだけ真面目な顔になる。
「でもさ、壊すなら壊すで、ちゃんと覚悟してほしいよね」
エヴァがうなずく。
「感情論ではなく、全データを揃えたうえで判断するべきね。それが人類の責任だと思うわ」
リナがグラスを持ち上げる。
「じゃあさ、その覚悟の前に。今だけは“アニマ”でいい?」
ミレイがゆっくり言う。
「魂のある星、ね。まだ誰のものでもない間だけ」
エヴァは小さく息を吐く。
「公式記録には残さない。でも、内部会話なら認めるわ」
メイが笑う。
「決まり。アニマ」
リナが乾杯のように。
「アニマ!」
グラスが軽く触れる。
その音は小さい。
宇宙には届かない。
だが未来では――
評議会で正式名称案がいくつも提出される。
功労者の名。理念。政治的均衡。
しかし最初期探査ログの音声が公開されたとき、
そこには若いクルーの声が残っている。
「アニマ」
人は最初に呼んだ名前を忘れない。
使われた言葉が定着する。
歴史は合理性より慣性に従う。
ふざけ半分で投げたその名は、
やがて人類史に刻まれる。
アニマ。
魂と呼ばれた星は、
本当に魂を持つかどうかはまだ分からない。
だが少なくとも――
それを呼んだ彼女たちには、確かにあった。
そこが人類の面白いところだ。
ラウンジの照明がわずかに揺れる。
ステラ・ヴィアはフェイズアンカー設置地点から動かない。調査団が到着するまでは恐らく数ヶ月かかる。それまでの主任務は惑星の調査だ。
フェイズアンカーによる跳躍は理論上いかなる距離にも対応可能だが、長時間高次元空間に留まることは重大なリスクを伴う。そのため実運用では、数光年から数十光年規模のワープを連続させる多段跳躍が標準とされている。
高次元空間――通常空間とは異なる位相に存在する遷移層。人類はマナ技術を用いることでかろうじて部分的に制御できているに過ぎない。微細な位相揺らぎ、重力井戸の干渉、未解明の高エネルギー波動。長時間そこに滞在すればするほど、航法誤差は累積し、わずかなズレが致命的な帰還不能を生む可能性がある。数時間なら制御可能な誤差も、数ヶ月に及べば統計的に“事故が起こる側”へ傾く。
だからこそ、多段跳躍が選ばれる。数光年、長くても数十光年おきにフェイズアンカーを設置。短い跳躍を繰り返し、その都度通常空間へ復帰し、航法データを再較正する。
「アニマ」と名付けた惑星は本星から約1500光年。超長距離ワープをすれば、艦は数ヶ月間高次元空間に留まり続ける計算になる。通常高次元空間で人類が生存することはではない。マナフィールド内でのみかろうじて通常空間の物理法則が保たれる領域であり、長期間留まり続けるとリスクは増大する。
しかも、万一フェイズアンカーとの位相リンクが途絶した場合、再接続は保証されない。高次元空間で迷うとは、即帰還不能を意味する。
超長距離ワープが必要なのは開拓初期である。必然的にリスクを犯す必要があり、過去数えきれない程の事故が発生していた。
ゆえに安全な航路が求められる。
数光年から数十光年ごとに中継拠点を設け、フェイズアンカーを設置する。アンカーは単なるワープの目印ではない。高次元と通常空間の間に“固定点”を作る装置だ。位相を安定させ、航路を数値化し、再現可能な経路として固定する。
今回の調査団は、二基目のフェイズアンカーを持ち込むだろう。一基のみではリスクが高すぎるからだ。故障、破壊――いずれかが発生すれば、その拠点は即座に孤立してしまうからだ。
ただし設置場所には厳しい制約がある。フェイズアンカーは大質量天体の近傍には設置できない。恒星や巨大惑星の重力井戸は位相安定を乱し、跳躍精度を低下させる。基本的には、周囲に大規模な重力源が存在しない空間に設置される。
だが完全な虚無では拠点は維持できない。
アンカーは戦略拠点であり、補給拠点でもある。推進剤、構造材、居住設備、艦艇整備。これらを賄うためには資源小天体帯や氷天体が近傍に存在する必要がある。つまり、安全な重力環境と、採掘可能な資源環境。その両立が求められる。
安全すぎれば資源がない。資源が豊富なら重力干渉が強い。
その妥協点を探すのが開拓船の役目だ。幸運なことにステラ・ヴィアは特上の恒星系に辿り着いたわけだが、ほとんどの場合は資源小天体がある領域に辿り着いて本星に戻る。
開拓船による拠点設置後、調査団は数ヶ月から数年単位で常駐する。アンカーの位相安定データを蓄積し、跳躍精度を向上させる。資源採掘施設を建設し、居住モジュールを増設し、防衛システムを展開する。
フェイズアンカーは航法装置であると同時に、軍事的価値も高い。海賊や敵対勢力に占拠されれば、そのまま侵攻拠点となり得る。高次元航路は交通網であり、交通網は戦略線でもある。ゆえに最低限の艦隊戦力と自律防衛システムが配備される。
調査団は交代制で任務を継続する。数ヶ月で帰還する者もいれば、数年を過ごす者もいる。彼らは航路を“見つける”のではない。拠点を安定化するのが役目だからだ。
こうして中継拠点が一本ずつ結ばれ、やがて安定した物流と人員移動が可能となる。だがその完成には十数年、場合によっては数十年を要する。航路とは一瞬の閃光ではなく、長い年月の積層である。
通常であれば、調査団の到着後、探査船は本星へ帰還する。それが任務の終わりだ。
もちろんステラ・ヴィアも例外ではない。




