炎と氷、残った温度
目を覚めた時に最初に映ったのは白い天井だった。
天井のLEDライトがまぶしい。消毒液のにおいと刻まれる電子音がここが医務室であると教えてくれている。
灼界者を無力化したあと気を失った火花達は医務室まで運ばれた。
今でも目を閉じると肌を焼く熱と光を思い出す。体が痛む
火花はゆっくりと首を動かす。
隣のベッドに横たわる少女の姿が視界に入った。
海月の足には包帯が厚く巻かれており、点滴のチューブが揺れていた。
——僕のせいで。
危険因子と戦闘をするということは怪我をする可能性がある。最悪命を落とすことだってある。現場に出るPAST隊員は全員その覚悟を持って臨んでいる。もちろん火花自身も例外ではない、海月だってそうだ。
それでも彼女がここに横たわっている理由が自分にあるという事実は受け入れがたいものだった。
無意識に拳を握る力が強くなっていく。
「起きたか、朝霧」
背後から低い声がした。
振り向くと近くの椅子に石堂が座っていた。片手で端末を操作して報告書を書いている。
石堂の手にもまた包帯が巻かれていた。
「…石堂さん、その手は」
「問題ない、俺は意識も失っていない。治療の後ここで付き添っていただけだ」
石堂は短く答えたが声には疲労が滲んでいた。
「ありがとうございます。」
「何か礼を言われることをした覚えはない」
立ち上がると石堂は背を向けたまま言った。
「俺は神谷と理子のところに行ってくる。」
「報告に行くなら僕も行きます」
「俺1人で十分だ。それに白瀬が目覚めた時に誰かが近くにいた方が良いだろう?」
石堂さんはずっと僕らを守ってくれている。戦闘でもそれ以外の場面でも。
今回も怪我をしている僕たちを気遣って一人で報告に行くのだろう。
「守ってくれてありがとうございます」
ほんの一瞬石堂は立ち止まって「ふっ…」と笑った。
「それが俺の仕事だろう」
そう言い残し医務室を後にした。
扉が閉まる音が静かに響いた。
医務室に残されたのは火花と海月だけだった。
静寂の中で火花はただ隣のベッドを見つめていた。
見惚れていたわけではない。
自分のせいで彼女がここで寝ている。
その事実から目を背けてはいけない、自分の弱さから逃げてはいけない。
——そう自分に言い聞かせていた。
「…んん…」
微かな声と共に、海月の指先がわずかに動いた、ゆっくりと瞼が開く
「あれ…火花?」
ぼんやりと焦点の合わない瞳が次第にこちらを捉える。
「どうしてそんなにあたしを見てるの?…もしかして見惚れちゃった?」
いつもの調子で口元を緩めるが声は掠れていて少し動いただけで眉を歪めている。
「大丈夫ですか!?」
思わず身を乗り出した火花を見て海月は小さく笑った。
「なんでそんな火花が焦ってるの」
「だって…僕のせいで」
喉の奥で言葉が詰まる
「海月さんが怪我を…」
「私は子供じゃないよ」
言葉を遮るように、でも穏やかな声で海月は言った。
「これは自分の選択だよ。誰のせいでもなく自分で選んだ怪我だよ」
海月は諭すように続けた。
「それにね、あの時の私は火花のことの方がずっと心配だったんだよ?」
火花は何も言うことが出来なかった。
「だから謝られると困るよ。怪我人の前で暗い顔しないでよ」
無理をして明るく振る舞っている。それがわかるからこそ胸の奥が締め付けられる。
「…何か出来ることはありませんか?」
「そうだな〜」
海月は考えるように視線を上に向ける。
「じゃあ手を握っててくれない?」
「そんなことで良ければ…」
「ううん、ありがとう」
そう言って笑う海月は熱を出した子供のようだった。
手を握ったまま海月はゆっくりと語り始めた。
「私両親の記憶が無いんだ」
唐突な言葉だった。
「捨て子って言うのかな、保護されて施設で育った」
その声は同情を求めていなかった。ただ事実を述べているようだった。
「学校に行くために私はPASTに入った」
PASTには連携している学校がいくつかある。隊員を支援するための制度だ。火花と海月が通う学校もそのうちの一つだ。
「でもね、学校に行ってもみんなは普通の学生で私はPAST隊員。
任務があって秘密だってあって、本当の意味で私を理解してくれる人は居なかった」
——自分と同じだ
親を亡くし朝霧家の関係者であることを隠し孤独を選んだ火花に理解者など現れなかった。
「だからね?私火花が死んじゃうかも。って思った時にすごく怖かった。
学校も任務でも初めて、隣に居てくれる人だから」
海月は目を瞑りながら続ける。
握られた手にほんの少し力が込められる。
「だから私は君を守るためなら特殊展開だってする」
「だからってあれは、危険過ぎますよ…」
火花の声は震えていた。
特殊展開。通常、位相装備は体のどこかを座標として展開するが特殊展開は周囲の空間そのものを座標とする展開方法。立っている場所そのものが位相装備となる。
ただし代償として装備者はとてつもない負荷を受けることになる。
「うん、そうだね」
海月はこちらを見て小さく笑った。
「私がORDOを無視したのはあれが初めて」
海月は泣きじゃくる子供をあやすように言った。
「あれはちゃんと私の、私自身の選択…だから、そんなに悲しい顔しないで」
その言葉を最後に海月の呼吸はゆっくりと規則正しくなっていった。
火花は握った手を離さないように少しだけ力を込めた。
数時間後
海月は体を起こせる程には回復していた。声にも力が戻っている。
「おはよ〜…ずっと居てくれたの?」
「はい、僕の責任ですから」
「固いなぁ~そこは一緒に居たかったとか言ってよ」
海月は苦笑いする
その時医務室のドアが開いた。
「海月ちゃん、今日は一日これに座りなさい」
車椅子を押しながら入ってきた理子は有無を言わせない調子だった。
「え〜、私もう歩けると思うんだけどな〜」
「歩けると歩いていいは違うでしょ?半年寝たきりになる可能性だってあったのよ」
声は厳しいが理子の目は少し潤んでいた。
「…うん。ごめんね、理子さん」
理子は小さく息を吐いた。
「良かった、本当に良かったわ、3人とも無事に帰ってきてくれて」
火花はその場を離れて屋上に向かった。
少し、1人になりたかった。
屋上のベンチに座ると手入れの行き届いた花壇が目に入る。
マリーゴールドやチューリップなどが鮮やかに咲いている。
「綺麗に咲いているだろ?私が毎日手入れしているんだ。隣、いいかな?」
そう声をかけてきたのは神谷だった。
「はい」
火花の返事で腰を下ろした神谷は花壇を見ながら続ける。
「今回の戦闘は大変だったろう」
「…僕のせいでみんなを傷つけてしまいました」
「それは違う」
即座に否定された。
「傷つけたのは君ではなく危険因子だ。それに一般の死傷者は0。工場は失ったが命に比べれば安いものだ。命と違ってモノは治せるからね」
医療が進化しても命の価値は変わらない。
工場で人が1人も傷ついていない。その事実に火花の胸が少し軽くなる。
「十分な成果だよ。危険因子を無力化し君たちも無事に帰ってきた。」
「でも僕が弱いせいで!石堂さんも海月さんも!」
そう言った火花の声は無意識に大きくなっていた。
神谷はこちらを見つめて言った。
「朝霧君、2人は生きているじゃないか。それだけでどうにでもなる」
一拍置いて柔らかく言った。
「君はまだ強くなれるさ、若くて才能がある。PAST総監である私が保証しよう。
——それに何度も失敗しながら成長出来るのは若者の特権だよ」
そう言うと神谷はベンチから立ち上がった。
「整理がついたら仲間の元に戻りなさい。きっとみんな待ってるよ」
特務三課に戻ると理子と海月が話していた。
「朝霧君、今回は大変だったわね、良くやってくれたわ」
「いや、僕は…」
「火花も一緒に戦ったんだから良いんだよ!」
車椅子に座る海月は先程よりも調子が良さそうだった。
「みんな火花が元気ないから心配してるの!」
「そうよ、結果は素晴らしいものだわ。あなた達はちゃんと生きて帰ってきた」
「それでいいの」
理子が微笑む。
「それは…心配をおかけしてすみません」
理子はうなずくと二人を見て続けた。
「あなた達、今回はよく働いてくれたわ、2人の怪我を治すためにもしばらくは休みなさい」
「いや、僕は…」
「朝霧君、君は肋骨が三本折れているって報告を受けているわ、休むのも大事な任務よ」
「それにこの子が動けない間はそばにいる人が必要でしょ?」
「それは理子さんが…」
「大人は忙しいの、分かった?」
理子の迫力に火花は頷く事しか出来なかった。
「じゃあ私の部屋おいでよ!」
海月はいつもの調子で笑った。
「お世話、してくれるんでしょ?」
その笑顔を見てようやく自分たちがここに生きているのだと実感した。
2日も更新止まってすみません!
出来るだけ毎日投稿を心がけていますが年の瀬はいそがしいですね…
さてこの作品は僕の初めての作品なのでいろんなことを練習したいなーというテンションとこんな展開が書きたい!!という欲望が原動力になっています。今回は場面の時間が飛ぶ描写をしたかったのと内面的な部分を書きたかったのでこんな感じです。
次はちょっと甘い展開も書きたいなと思っています(クリスマスだし)
感想、レビュー、ブクマ、評価待ってます!
ではでは!!




