人形使い PUPPETEER
車列を飛び越えた海月は制御盤が置いてある地下室の入口に到着した。本来だったら扉は電子ロックで厳重に警備されているはずだ。しかし今目の前の扉は大きく歪み破壊されている。
地下へ向かう階段は薄暗く非常用の照明のみが不規則なリズムで点滅していた。階段を一段降りるたびに乾いた金属音が反響し地下の暗闇に吸い込まれる。
——寒い
下に下がるほど冷たくなった空気が肺の奥をひりつかせた。
階段を下りきるとそこは体育館ほどの大きさの地下室だった。
周囲にはコンクリートの柱が何本も立っておりその中央には巨大な制御盤が鎮座している。
制御盤からいくつものケーブルが天井や壁に繋がっていておそらく電気やインターネットを各建物に届けているのだろう。
しかしそのケーブルの中の一本は建物ではなく目の前の人間の女性を模した人型ロボットへと接続されておりその周りを大量の飛行型ドローンが旋回している。
攻撃ドローンなのだろうか?機体下部から銃身が飛び出しており彼らは地上に飛び立つ瞬間を待ち侘びている。
「…PUPPETEER」
その名を口にした瞬間制御盤の後ろから男が現れる。
「私の人形はいかがですか?お嬢さん」
眼鏡の男の口元が吊り上がる。
「私はぬいぐるみ派だから趣味じゃないかな、あなたがそのロボットを使って電力を麻痺させたの?」
「私は電気を少し拝借しただけですよ。人形達には栄養が必要ですから」
「で?その後はそのドローンで人を襲うんだ?」
「えぇ」
男は微笑み海月を値踏みするように見ながら続けた。
「この人形達のことを知っているということはお嬢さんは一般人ではないのでしょう」
男が肩をすくめる
「——まぁ構いません、ここから無事に帰れることはありませんから」
空気が震える。
大量のドローンの駆動音が大きな振動となって感じ取れる。ドローンは一切に海月の正面に展開し赤い照射光が目の前の標的の姿を捉えている。
海月は静かに息を吐き通信を開く
「対象を危険因子 人形使いPUPPETEERと認定。武装許可を要請する」
その通信の返答を待たずしてドローンが動いた。
——閃光
直後レーザーが降り注いだ。
床が焼け、壁が爆ぜ数秒前まで海月が立っていた地面がオレンジ色に染まっている。
次の射撃に備えて海月は近くの柱の裏に床を滑るように移動した。
『武装を許可、危険因子に対処してください』
耳に届いた音声と共に足元が青く光る。
「装備展開【霜華踏】」
白銀のブーツが海月の脚を包み込む。
ただでさえ寒かった地下の温度が下がっていき海月の吐いた息は白く染まっていた。
冷気の歩みという名を冠する靴は海月の歩いた足跡を雪の結晶で教えてくれる。
「公共異常対象沈静部隊第三課 白瀬海月、交戦を開始します」
この言葉は、彼女たちが“PAST”であることを示す合図だ。
統治補助知性ORDOの判断に基づき、危険因子と認定された対象を排除、沈静するために存在する国家直轄の治安維持部隊。
「PAST…AIの家畜ですか、ならばその鎖を私が断ち切って差し上げましょう」
海月は素早く走り出す。まるでステップを踏んでいるかのようにドローンからの弾幕を回避する。
降り注ぐレーザーの雨をかわしながら冷気を纏った蹴りが1台、2台とドローンを破壊していく。
半分ほど破壊したところだろうか、今まで黙っていた人形使いが愉しげに拍手をしながら口を開く。
「素晴らしいです、まさかこの速度で半分ものドローンが破壊するとは」
「そう?まぁ準備運動にはなったかもね」
「ではここからが本番です。目覚めなさい。エリス」
「——っ!?」
その瞬間海月は背後からの衝撃によって5メートルほど吹き飛ばされて壁に激突した。
なんとか防御姿勢を取ったため大きなダメージは無かったがまともに食らっていたら戦闘を続けることは難しかっただろう。
「ドローンとエリス、どちらかに集中すると必ず隙が生まれますよ。
その通りだった
ドローンはレーザー照射を続けている。爆ぜたコンクリート片が海月の頬を掠める。
海月は遮蔽物の後ろで呼吸を整えながら考える。
エリスに集中をすると空中からの射撃、ドローンを避けるとエリスの近接攻撃が待っている。
「詰み、という言葉はご存知でしょうか?」
人形使いは自身の勝利を確信したような落ち着き払った声でそう言った。
その時だった
バチッ!
空気を裂く音、地下室に緑色の稲妻が走る。
一列に展開していたドローンが一瞬遅れて爆発していく。
「——え??」
海月が振り向くとそこには火花が立っていた。
「海月さん、追いつきましたよ。
休憩していて、というのは待機命令ではないですよね?」
そう話す火花の肩口で、何かが静かに蠢いた。
黒い装甲が音もなく展開し、その隙間から淡い緑光が漏れ出す。
次の瞬間、二本の触手状ユニットが肩甲骨の付け根から滑り出るように伸びた。
それは一般的なロボットアームとは明らかに異なるものだ。
しなやかに、意志を持つ生物のように動く。
外装は光を吸い込むように黒く、その奥を翠色の電流が血管のように脈動していた。
内部では高密度に圧縮された電力が渦を巻き、
放電の前触れとして、周囲の空気が微かに震え始める。
「可変武装【翠雷】オーダー 【雷閃】」
火花がそう口にすると触手は大きくしなる。
雷そのものを刃とした斬撃。
緑の稲妻は視界を染め、空気を振るわせながら残りのドローンを次々と両断する。
人形使いは回路が剥き出しになったドローンの断面を興味深いといった様子で確認しながら聞いた。
「見事ですね…あなたもPASTなのでしょうか?」
どうやら男の興味は海月から火花へと移ったらしい。
犯罪者から向けられる興味に火花は言葉を選んでいられなかった。
「僕はPASTじゃない」
「そうですか、ならば貴方は何者なのでしょうか?
私からすると武器を持ち交戦している危険因子のように見えますがね」
「それを決めるのはお前じゃなくてORDOだろ」
「ええ、そうです。AIが決めるのです。
人はもう誰も自分で判断しなくなりました。
私は見たいのです。人々の選択を、
恐怖の中で、誰を信じ、何を切り捨てるのかを」
「そのためにロボットでお人形遊び?くだらないね」
「AIが全て決めてくれる人生の方が遥かにくだらないとは思いませんか??」
一瞬、火花は言葉に詰まった。
——あっただろうか、自分の判断で何かを選択したことは
進学も食事も全て自分の選択ではなかったじゃないか。否定しようとしてもすぐに言葉を見つけることが出来なかった。
「でも少なくとも、他人を傷つけるような選択に興味はないね」
「そうですか、私と貴方では価値観が違うようです。もう少しお話したかったんですけどね。排除するしかありませんね」
その瞬間エリスが消えた
そして現れる、火花の正面に。
鋼鉄の拳が振り下ろされた。——0.5秒前に火花が居たはずの場所に
「オーダー【雷弾】」
触手を地面に突き立て反動で飛び上がった火花は空中で狙いを定める。主人の指示に従い触手が蛇の口のように開き電撃を放つ。
圧縮された電撃はエリスの装甲を捉えた。
しかしエリスを止めることは出来ていない。
火花の着地を狙い攻撃体勢に入る。
「——私だっているからね!」
横合いから冷気を纏った蹴りが炸裂する。金属音が響き火花の頬を冷気が掠めた。
どうやら今の海月の蹴りは想像以上に威力があったようだ。装甲は大きく歪んでおりエリスの右腕は制御が出来ずぶらりと垂れ下がっていた。
「これで得意のパンチは出来ないんじゃないの??」
「私がいつエリスの得意な攻撃は近接と言ったのでしょうか?」
その瞬間エリスの左手の指先から先程嫌というほど目にした照射光が放たれる。
2人は咄嗟に回避したが後ろの壁は大きくえぐれている。どうやらドローンのレーザーとは比べ物にならない威力らしい。
息つく間もなく2発目のレーザーが照射された。
顔が熱い、命中していないのに凄まじい振動と熱を感じる。レーザーが命中した柱は砂埃を上げながら崩落した。
「海月さん、このままレーザーを撃たれ続けたら地下室が崩れます。僕が引きつけるので仕留めてください。」
「無理だよ火花!あんなの避けられないよ!ドローンとは発射までのチャージ時間が違うし着弾までの速度も違うんだよ」
「なんとかします。海月さん、信じてますよ」
そういうと火花は遮蔽から飛び出して攻撃を始めた。
「【雷弾】!」
火花はもう一度電撃を圧縮し急激に解放、放出した。
火花の放った電撃は確かにエリスに届いた——しかしエリスのレーザーは電撃を焼き切って進む。
弾を打った直後の丸腰の標的にレーザーが届く…。
「オーダー 【雷障】」
2本の触手が共鳴し電磁障壁が形成される。
半円を描くように網目状の電撃が展開される。
コンマ1秒後、緑とオレンジの光が激しく散った。
電磁障壁はレーザーを曲げ分散させている。
しかし、完全にダメージを防ぐことは出来なかった。
腕に熱が走り傷口が焼けている感覚がやってくる。
——だが致命傷ではない。
火花が稼いだ数秒は海月が攻撃をするには充分過ぎるものだった。
火花の背後から冷気が爆ぜる。
床を蹴り飛び上がった彼女は白い軌跡を描きながらエリスの側面装甲を捉える。
エリスは鈍い金属音とともに壁に吹き飛ばされた。
細心の注意を払いながらエリスに近づく。先程から人形使いの姿が見えていない。
砂埃が落ち着き次第に輪郭がはっきりとしてくる。
人形とマスターは同じところで倒れていた。どうやら巻き込まれたようだ。
「…対象の沈静を完了、交戦を終了します。武装解除」
その言葉とともに霜華踏は青白い光を放ち消えていった。
ロボットの駆動音は消え地下室に静寂が訪れる。
残っているのは焼けた金属の匂いと霜が溶ける音だけだった。
役目を終えた触手も弱い緑の光を放ちながら消えていった。
火花は隣にいる少女、海月を見る。
青色のガラスのような目の中に吸い込まれそうだった。
「お互いさ、聞きたいこととか話すこととかたくさんあるよね」
「そうですね…ご飯屋さん、まだ開いてますかね」
しかし、その答えを聞くことは無かった。
大勢の足音と共に白色のフラッシュライトがこちらに向けられる。
「こちら公共異常対象沈静部隊。現場に到着、人形使いPUPPETEERと朝霧火花。両対象の確保を完了、本部に帰還します」
「ん??」
火花が何か言うよりも早く麻酔が投与された。




