受け取る覚悟
訓練場全体が緑の光に包まれる。
「くっ…」
石堂が後ろに押し出される。
盾を押された衝撃。
地面には跡が残っている。
五メートルほど引きずった跡が。
(止まれ止まれ…)
翠雷は火花の気持ちなど無視して緑色に光る。
駆動音
電気の圧縮が再び始まった。
「石堂さん!また…」
「ああ、何度でも来い」
石堂が盾を構える。
八本の触手の先端が一点に集まる。
合わさり、一つの大きな弾を生成する。
(なんだ?この技は…)
火花自身も知らない戦い方だった。
翠雷が自分で編み出した技。
触手たちがチャージを終える。
「【拒絶障壁】」
石堂は盾の硬度を上げる。透明の障壁が展開された。
だが――
「っ!?」
発射された弾は
――いや、これは弾ではない。
光の柱だ。
極限まで強化された雷弾は、石堂の盾を貫いた。
「…初めてだ。聖盾の本体を破壊されたのは」
石堂の盾は左側三割ほどが無くなっていた。
「石堂さん!これ以上は…」
火花の声に焦りが滲む
「本当に…」
石堂を見る。
「殺してしまうかもしれません」
石堂は笑った。
「言っただろう、迷いのある攻撃では俺を傷つけることはできないと」
「今そんなこと言ったって!もう盾も…」
火花は欠けた石堂の盾を見ながらそう言った。
しかし石堂は欠けた盾を構えた。
「盾なら――まだここに残っている」
「お前のやるべきことは俺の心配じゃない」
一拍
「そいつを、ものにすることだ」
石堂の目には強い決意が宿っている。
盾が壊れているのは何も関係が無い、そう言っているようだった。
触手は壊れた盾なんてお構いなしにチャージを始める。
(まずい、今の威力で攻撃したら…)
火花は触手に力を込める。
なんとか主導権を奪おうとする。
しかし触手は言うことを聞かない。
「!?」
火花の体が痺れる。
体に電気が走っているのを感じる。
「こいつ、逆に僕の体を…!」
自分の体すら意思に反して動き出した。
そして意識すらも
(まずい、意識が…)
火花の視界が揺れる。
暗闇が目の前に迫ってくる。
――――――――――――
「…ここは?」
気が付いた時には火花は戦場を上空から俯瞰していた。
(幽体離脱みたいだな)
眼前で石堂と黒い大きな触手が戦っていた。
暴走した翠雷に支配された、火花の体。
火花の体にあんな運動能力があるのかと驚くほどに速く強くしなやかだった。
触手が、石堂に向けられている。
チャージが完了しようとしている。
火花が扱うよりも何倍も速い。
(まずい)
(このままじゃ、石堂さんが——)
火花は叫ぼうとした。
だが声が出ない。
ただ、見ることしかできない。
その時——
視界が、暗転した。
――――――――――――
気がつくと、火花は真っ暗な空間に立っていた。
足元も、天井も、何も見えない。
ただ闇だけが、広がっている。
火花は、一歩前に踏み出した。
足音が、響く。
だが足元に何があるのか、見えない。
「誰か……」
声が闇に吸い込まれる。
返事はない。
ただ、静寂だけが響いている。
火花は、歩き続けた。
どれくらい歩いただろうか。
もう時間の感覚もない。
足音だけが聞こえていた。
その時——
遠くに光が現れた。
緑色の光。
火花は近づこうと走り出す。
光が、近づいてくる。
いや——火花が、引き寄せられている。
抗うことができない。
火花の体は、光の中へ吸い込まれていく。
――――――――――――
光の中。
火花は、そこに立っていた。
目の前にあるのは黒い金属の触手。
翠雷。
だが、それは火花が知っている翠雷とは違った。
もっと大きく。もっと禍々しく。
まるで生き物のように、蠢いている。
火花は、一歩後ずさった。
「お前は……」
触手が、動いた。火花に向かって伸びてくる。
まっすぐに。
火花は、身構えた。
だが——
触手は止まった。
火花に触れる直前で。
ただ目の前に佇んでいる。
火花は、触手を見つめた。
その奥で、緑の電流が脈動している。それはまるで心臓のようだった。
火花は手を伸ばした。触手に触れようとする。
だが——手が、震える。
「怖いんだ…」
火花は、手を引っ込めた。
「この力が…お前のことが」
触手が、揺れた。
まるでこちらを試しているようだった。
火花が小さな声で語り始める。
「僕は……」
火花が、俯く。
「力を使うことが、怖いんだ」
触手は、動かない。
ただ火花の前に、佇んでいる。
火花の脳裏に、映像が浮かんだ。
――――――
久世との戦い。
触手が暴走する。
レニが、危険に晒される。
――――――
灼界者との戦い。
力を使いこなせずに冷静さを失う。
海月が、火花を守る。
――――――
そして——今。
石堂が、欠けた盾で立っている。
火花の暴走を受け止めるために。
――――――
映像が消える。
火花は顔を上げた。触手がそこにある。
変わらず火花の前に。
(僕が、力を使わないから——みんなが、傷ついている)
火花の手が、震える。
でも——今度は、恐怖ではない。
火花は、触手を見つめた。
新しい映像が、浮かんだ。
海月の笑顔。
レニの悪戯っぽい顔。
石堂の背中。
理子の優しい声。
神谷の言葉。
「…守りたい」
火花の胸に何かが灯る。
決意。
紡ぐ言葉に、力がこもる。
「僕は…みんなを守りたい!」
触手が、光を放った。
まるで火花の気持ちに、応えるように。
火花は、手を伸ばした。
今度は震えていない。
「お前は、僕の力だ」
火花が、触手に触れた。
冷たい。
だが——温かくもある。
不思議な感覚。
「だから——」
火花が、触手を掴む。
「一緒に、戦ってくれ」
その瞬間——
触手が、火花の手に絡みついた。
痛くはない。むしろ優しい。
まるで、握手をしているかのように。
火花の中に、感覚が流れ込んでくる。
翠雷の意思。
それは言葉ではない。
だが火花には分かった。
翠雷は、ずっと待っていた。
火花が、自分を受け入れるのを。
火花が、覚悟を決めるのを。
「ごめん」
火花が、呟く。
「ずっと、怖かった」
緑の光が優しく火花を包む。
「でも、もう大丈夫だ」
火花が、触手を握りしめる。
「僕は、お前を使う。――みんなを守るために」
光が爆発した。
まばゆい緑の光。
火花は、その光に包まれる。
暖かく、体が、軽くなる。
光が収まる。
火花はゆっくりと目を開けた。
――――――
そこは——訓練場だった。
火花は、立っていた。
翠雷が、展開されている。
だが——
今度は違った。
触手は、静かに佇んでいる。
暴れていない。
火花の意思に、従っている。
「……制御、できてる?」
火花は、触手を動かしてみる。
右。左。上。下。
触手が、火花の思う通りに動く。
まるで自分の手足のように。
「できた……」
火花の顔に、笑みが浮かぶ。
「制御出来てる…!」
その時——
目の前で、石堂が膝をついているのに気づいた。
「石堂さん!」
火花は駆け寄る。
石堂は、欠けた盾を支えに座り込んでいた。
息が荒い。
体中に、傷がある。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
石堂が、顔を上げる。
その顔には——笑みがあった。
「朝霧……」
石堂が、火花を見る。
「制御できたな」
「はい」
火花は、頷いた。
触手は静かに、佇んでいる。
「やっと…できました」
火花は、触手に手を伸ばした。
触手が、火花の手に触れる。
もう迷わない。
これは、僕の力だから。
石堂が、ゆっくりと立ち上がる。
よろめく体を、火花が支える。
「ありがとうございます、石堂さん」
火花の声が震える。
「石堂さんがいなかったら——」
「礼を言うのは、俺の方だ」
石堂が、火花の肩に手を置く。
「お前のおかげで――」
石堂が続ける。
「俺も思い出した」
「何を……?」
「守ることの意味を」
石堂が欠けた盾を見る。
「俺はずっと、守れなかった過去に囚われていた」
石堂が火花を見た。
「だが、お前を見て分かった」
「前に進むことが、大事なんだと」
火花は、何も言えなかった。
ただ——石堂の言葉が、胸に染みた。
「行くぞ」
石堂が、訓練場の出口を指す。
「医務室で、手当てを受けないとな」
「はい」
火花は頷いた。
二人は、並んで歩き出す。
訓練場の床には、戦いの跡が残っていた。
焦げた地面。
砕けたコンクリート。
そして——欠けた盾。
火花は、その光景を見つめた。
火花は翠雷を見た。
触手が静かに揺れている。
(ここがスタートラインだ)
訓練場の扉が、開く。
外の光が差し込んできた。
火花はその光の中へ歩き出した。




