迷いは、刃になる
深夜。火花は一人、PAST本部の地下を訪れていた。
模擬戦闘施設 通称「アリーナ」
訓練を目的に作られた縦横300m・高さ50mの空間には仮想技術で作られた市街地が広がっている。
建物も道路も触れれば本物と同じ。しかし破壊されてもすぐに修復が可能。
位相装備を全力で試せる唯一の環境。
火花はちょうど中央に位置する広場で翠雷を展開していた。
(翠雷を制御出来なければきっとまた重要な場面で足を引っ張る)
あと一歩で久世を取り逃がし、レニを危険に晒した。
(まずはこいつを完璧に制御する)
肩から伸びる触手。
黒い金属で出来た節と節の奥には緑色の電流が脈動している。
火花は息を吸い込んだ。
「オーダー…」
その時、背後から声が聞こえた。
「朝霧、訓練中か?」
振り返ると、そこには石堂が立っていた。
黒のミリタリージャケット。
短く切りそろえられた髪に鍛え上げられた体。
「石堂さん、どうしてここに?」
火花は驚きを隠せなかった。
「訓練だ、お前もか?」
石堂は短く答えると火花の数メートル隣でストレッチを始めた。
「はい、石堂さんはここをよく利用するんですか?」
石堂は頷いた。
「あぁ。基本的に毎日訓練をするようにしている」
石堂のストレッチを無言で見つめていると石堂が手を止めた。
「何だ、何か聞きたいことがあるのか?」
火花は迷った。こんなことを聞いていいのか。この人は答えてくれるのか。
だが――
「どうやったら、石堂さんみたいに強くなれますか?」
石堂は答えなかった。
沈黙。
火花は石堂の横顔を見つめた。
「鍛錬だ、それ以外はない」
石堂の声は静かだった。
ただ事実を伝えただけ。
火花は拳を握った。
(でも鍛錬の積み重ねじゃ遅いんだ――)
すると石堂が続けた。
「だが、お前はもう十分強いだろう?」
火花の目が見開かれる。
(僕が強い?そんなわけ…)
「才能があって両親がくれた装備もある。それで十分だ」
火花の声が低くなる。
「十分…?十分なわけ、無いじゃないですか」
火花が石堂を見る。
「今回も僕の力が足りなかったから――」
火花の声が少し震える。
「久世を逃した。レニさんを危険な目に遭わせた」
手を握る力が強くなっていく。
「僕がもっと強ければ…」
「お前は」
石堂が遮った。
「お前は強ければ全てを救えると思っていないか?」
火花が息を呑む
石堂の声が低くなった。
「どれだけ訓練しても、どれだけ強くなっても」
石堂が遠くを見た。声には何かが滲んでいた
「目の前で、命は奪われる」
火花の息が止まった。
石堂の横顔を見る。
そこには火花の知らない何かがあった。
「俺は」
石堂が自分の手のひらを見つめる。
「守れなかった」
「…」
「だから鍛錬をする」
石堂が火花を見た。
「今日まで積み上げた鍛錬が一人でも多くの人間を救えると信じて」
その目には迷いがなかった。何かを失っても守ろうとする強い覚悟があった。
石堂が続ける。
「お前はまだPASTに入隊して間もない」
石堂の視線が火花の肩に向けられる。
「それでも人類解放戦線と戦えている。今回も天音を助けた」
火花は俯いた。
「でも――」
小さな声。
「僕は見えているもの全てを守りたい」
火花が顔を上げる。
「守れるような強さが欲しいんです」
(海月さんを守るって約束したんだ)
石堂が続ける。その目は火花の肩を見ていた。
「お前には才能がある。両親が残した装備、翠雷を使えるのも才能だ」
石堂が一拍置いた。
「その装備は特別だ。全ての位相装備のプロトタイプに当たる、と解析に当たったメカニックが言っていた」
「プロトタイプ…?」
火花は何も知らなかった。
両親が何を作ったのか。
翠雷は何のために作られたのか。
「…っ」
火花の手が震え始めた。
「両親が残したものなのに」
火花は小さく呟いた。
視界の先では緑の電流が不規則に揺れている。
「それをまともに使えやしない…」
火花は顔をあげた。
「戦ってる敵を見た!地下街を見た!」
声が大きくなる。
「ORDOが切り捨てた人たちを見た!」
石堂は黙って聞いている。
「両親が生み出したものが正しいかどうかもわからない!」
訓練場に声が響いた。
手には力が入っていた。
「僕の両親は…」
火花が俯く。
「間違えたものを生み出したんじゃないかって…」
言葉が詰まる。
「だったら僕が生まれたことも間違いだったんじゃないかって…」
静寂。
風が吹いた。
仮想空間にも関わらず。
冷たい風が。
石堂は何も答えなかった。
ただ、黙って火花を見つめていた。
やがて、石堂は何も答えずに火花から少し離れた。
そして懐から何かを取り出す。
黒い艶やかな指輪—【聖盾】のアンカー
「装備展開」
黒い盾が石堂の前に現れた。
盾の向こうから石堂の声が響く。
「お前には覚悟がない」
「覚悟…?」
石堂の声は冷たい。
「お前は迷っている。
両親が正しかったのか、
自分自身は正しく生きているのか」
「——その力を使って他人を傷つけて良いのか」
火花は何も言えなかった。
(全て見透かされている)
「戦場で迷うな」
石堂の声が、さらに低くなる。
「迷いは――」
その声は冷たかった。
「お前を殺す」
盾の向こうの石堂の目が見えた。
「——そして、仲間も」
「…っ!」
火花の脳裏に沢山の顔が浮かんだ。
海月の笑顔、レニの悪戯っぽい顔、理子の優しい声
「覚悟とは何かわかるか?」
火花は何も答えなかった。
何も答えられなかった。
石堂が盾を構える。
「自分の選択を、信じ抜くことだ」
「泣き言はやめろ。全力で、俺を攻撃しろ。」
石堂が腰を落とす。
「もう迷う暇がないくらいの全力を」
石堂が踏み込む
「どうした、来ないのか」
石堂はまっすぐこちらを見ている。
「来ないなら——」
次の瞬間
「こちらから行く!」
石堂が地面を蹴った。
轟音。アスファルトにヒビが入る。
巨大な盾を構えたまま石堂が突進してきた。
「っ!」
盾を構えていると思えない速度。
まるで、壁そのものが突進してくる。
火花は咄嗟に横に飛んだ。
石堂が火花の居た場所を通り過ぎる。
風圧で火花の体が押された。
「いきなりすぎますよ!」
火花が叫ぶ
「それにどうしたら勝ちなんですか!」
「俺が良いと言うまでだ」
石堂が振り返る。
盾を構え直す。
「全力で来い。迷いのある人間の攻撃をもらう程、俺は弱くない」
その言葉に火花の眉がピクリと動いた。
「そうですか…」
翠雷が電力のチャージを開始した。
触手の奥が緑に光る。
「じゃあ——」
触手が石堂を向く。
「怪我しても知りませんよ」
火花の目の色が変わる。
「オーダー【雷弾】」
二本の触手の先端から緑の光と共に電撃の弾が二つ生成された。
電圧が限界まで高まった瞬間、凄まじい速度で石堂に向かって飛んでいく。
目で追うことも難しい光の弾。
しかし石堂は避けることなく盾で受け止めた。
緑の光と爆風。
盾と弾がぶつかった衝撃は辺りの空気を揺らした。
舞い上がる砂埃が視界を遮る。
視界が明るくなった時石堂の盾には傷一つ、ついていなかった。
「お前は本気で」
石堂が盾を下ろす
「俺の盾を破れると思っているのか?」
火花は叫んだ。
「そんなのやってみないとわからないです」
「最初に言っただろう?迷いのある攻撃は効かないと」
石堂は呼吸一つ乱れていなかった。
火花は触手に力を込める。
(もう一度…)
「オーダー【雷閃】」
片方の触手がしなる。
鞭を打つように先端の速度が上がっていく。
緑の軌跡をなぞるように
雷の刃が石堂めがけて一直線に飛んでいく。
石堂は、動かない。
先程と変わらず盾を構えただ待っている。
その時、火花の口元がわずかに動いた。
刃が届く瞬間、雷閃の裏側からもう一つの弾が飛び出した。
「!?」
雷弾。
磁力操作によって石堂の盾を回り込むように飛んでくる。
石堂の目が、わずかに見開かれた。
「――ふんっ」
石堂が盾を振った。
甲高い金属音。
同時に衝撃。
盾によって軌道を変えられた雷弾が石堂の後ろで爆発していた。
「今の工夫は良かった」
石堂が盾を下ろす。
「だが俺は工夫して戦えと言ったわけじゃない」
石堂が火花を見つめる。
「まだ出していないだろう?――全力を」
火花は息を吐いた。
周囲に電流が走る。
火花が、石堂を睨む。
「じゃあもう本当に――」
周囲に風が吹き荒れる。
「どうなっても知らないですからね」
「オーダー【出力解放】」
次の瞬間触手が光りだす。
直視できないほど激しく。
触手から電流が外に漏れだしスパークが散っている。
触手が分裂していく。
二本だった触手は八本に分かれ、そのすべてから緑の電流が迸っている。
訓練場全体が緑の光に支配されている。
周囲の空気が震え、体毛が逆立つ。
「オーダー【雷閃】」
八本の触手が一斉に動き出した。
目にもとまらぬ速さで雷の刃を放つ。
八つの刃は威力、速度どちらも先ほどのものとは比べ物にならない。
刃の波状攻撃が全方位から石堂を襲う。
石堂は盾を構えた。
「【拒絶障壁】」
盾が輝く。盾の端から透明な障壁が展開された。
盾というより巨大な壁。
硬度の増した盾と雷の刃がぶつかった。
轟音と爆風。
衝撃波は訓練場全体を揺らす。
地面は波打ち、アスファルトはヒビ割れる。
風圧に火花は目を細めた。
「どうだ…?」
火花が呟く。
目の前の石堂が膝をついていた。
直後、音を立てて透明な障壁が砕け散った。
石堂は少し笑っていた。
「良い攻撃だった」
石堂は立ち上がり再び盾を構えなおす。
「だが、問題はここからだ」
その瞬間火花の心臓が強く脈打った。
「来た…」
触手が動き出す。火花の意思に反して。
電流が溢れ出す。
触手も電流も抑え込もうと力を込める。
火花の顔が歪んだ。
(まただ…)
久世との戦いを思い出す。
あの時と同じ。
制御を失ってレニを危険な目に遭わせた。
「止まれ…」
必死に抑え込もうとする
しかし触手は言うことを聞かない。
八本の触手が、勝手に動き始めた。
「石堂さん、一度離れてください…」
「それはできない」
石堂は揺るぎのない声で言った。
「本当にどうなっても知りませんよ…」
「それを受け止めるために俺がいる」
石堂が盾を構える。
「俺の限界が来る前に――」
石堂が火花を見た。
「お前はそいつを制御しろ」
石堂が続ける。
「今、天音は居ない」
「お前を止めることが出来るのは、お前だけだ。」
触手の電流がさらに強くなる。
今すぐにでも石堂を攻撃しそうなほど。
石堂が一歩前に出た。
「来い、朝霧」
盾を構え、揺るがぬ姿勢で言った。
「お前のすべてを俺にぶつけろ」
「分かりました…行きますよ」
次の瞬間――
高まり切った電流が爆ぜた。
訓練場は緑の光に包まれた。




