刻まれた啓示
「君が、朝霧火花…」
久世は、興味深そうな目で火花を見つめた。
微笑んでいる。まるで、珍しい獲物を見つけたように。
「どうやってここまで来たのでしょうか。この塔、すっごく高いはずなんですけどねぇ」
触手は火花の肩から久世を睨みつけている。
緑の電流が周囲に散っていた。
「電磁石って知ってます?」
「電力から磁力を生み出し、その磁力で鉄骨を登ってきたのですか」
久世は火花の背後、肩口から伸び出ている触手に目をやる。
「ではそれが朝霧夫妻が残した最後の位相装備ですか…」
一瞬、久世の表情が変わった。何かに引っかかったような顔。
だが、すぐに元の微笑みに戻る。
「私は運がいい。ここで鍵を見つけることが出来るなんて」
「鍵?なんのことです?」
「いえ、こちらの話ですよ」
そう言った久世は懐から一冊の本を取り出した。
分厚い黒革の表紙が存在感を放っている。
――自由の輪の聖典だ。
「私は久世レオン」
久世の声が部屋に響き渡る。
「自由の輪の教祖にして人類解放戦線幹部――神を騙るもの」
風もないのに聖典のページが捲れていく。
「ここで貴方達に終末の啓示を与えましょう」
手の中の聖典から光があふれだす。
「位相装備 【逆天聖典】」
位相装備、確かに久世はそう口にした。
火花は久世の言葉を聞き終わる前に動いた。
「オーダー【雷弾】」
圧縮された電撃が一直線に久世へ飛ぶ。
――だが久世は動じなかった。
微笑みながら聖典のページをなぞる。
「消エヨ」
その瞬間――雷弾が消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
久世がページをめくった。
指で、一行なぞる。
文字が――光り始めた。
金色の光を放ちながら宙に浮かび上がる。
「神ハ人ヲ救ワズ」
次の瞬間
文字が弾丸のように火花めがけて飛んできた。
「っ!」
火花は触手を地面に突き立てた。
床を押し出し反動で跳躍。
文字が火花の居た場所を通り過ぎる。
ズッ…
文字が床に激突する。
だが――床に傷はない。
光る文字がくるくると回っているだけだった。
(直接的な攻撃力はない…?)
「偽リノ裁キ」
次の文章が経典から飛び出す。
久世の背後に、金色の文字が浮かび上がる。
(詠唱を中断させる!)
「オーダー【雷弾】!」
火花はもう一度電撃を放った。
パンッ!
文字と電撃が衝突する。
しかし、浮かぶ文字列が火花の雷弾をまたも打ち消してしまった。
それを確認して火花は次の攻撃を放つ
「オーダー【雷閃】」
触手が大きくしなる。
雷を纏う斬撃。
緑の光を放ちながら速度を増していく。
「おっと、危ないですねぇ」
久世は、身を翻した。
触手が久世の居た場所を強く叩きつけた。
久世は服のシワを治しながら、心底残念そうにため息をついた。
「うーん、もったいない」
「…何がですか」
「使い手が弱いと装備の本当の力を引き出せないんですよ」
火花の眉が動く
(こいつ、何を知ってる?)
「翠雷の何がわかるんですか?」
「あら」
久世は、目を細めた。
「ご両親に聞いてないんですね」
「…?」
「その装備の本当の使い方を」
久世は微笑んだ。
「まあ、知らないままで良いですよ。我々が正しく使いますから」
久世は再び詠唱を始める。
「管理ハ秩序ニ非ズ」
「偽リノ平和ニ終焉ヲ」
ぺらりとページが捲れる。
「数値ノ鎖ニ囚ワレシ者ニ」
「今――終止符ヲ」
なぞられた文節がいくつもの光になり浮かび上がる。
「【聖句断罪】」
浮かび上がった文章達が火花めがけて射出される。
(受け止める!)
「オーダー【雷障】」
緑の電撃が火花を囲むように球状のバリアを展開する。
文字の弾が、バリアに衝突した。
バチッ!
一発。
バチッ!
二発。
バリアは聖句を弾いている
そして、三発目
その瞬間――
バリアが消えた。まるで、電源を切られたように。
「!?」
最後の1発が火花に命中する。
「―っ!」
火花の身体に聖典の文字が刻まれる。
(痛くない、ただ言い表すことの出来ない不快感)
(体を動かしづらい、体が重たくなったみたいだ)
「当たってしまいましたね」
久世がページを捲りながら穏やかな声で続ける。
「神の言葉は慈悲深いのです。直接的に物を傷つけたりはしません」
久世がにこりと微笑む。
「ただし――三度、聖句によって啓示を与えられた者は」
久世の目が光る。
「存在を消されます」
あたりに緊張が走る
「君は、一度刻まれましたね」
久世が指を二本立てる。
「あと2回、2回啓示を受ければ、君は消える」
設定された死へのカウントダウン
対して火花は一度も遊撃打を与えられていない。
放った攻撃はことごとく消されてしまうのだ…
「さあ、抗うことはできるでしょうか」
火花は後ずさった。
体が重い、刻まれた金色の文字を見つめる。
(あと2回攻撃をもらったら…)
文字が刻まれるたびに体が重たくなっていく。動きにくい体で攻撃をよけ続けることは出来るだろうか。
久世は余裕の微笑みを見せている。
(このままじゃ…)
その時だった。
ガシャン
金属音。
火花が振り向くとレニが立ち上がっていた。
床には、手錠が転がっている。
「ボクに解除できない電子ロックがあると思ってるの~?」
レニがいつもの口調で笑った、だが――その目は真剣だった。
「ちょっと時間稼げる?」
「わかった」
レニが何をしようとしているかは分からないが火花は即答した。
彼女には、命を預けられる。
レニはウェアラブルデバイスの電源を入れるとニヤりと笑った。
「ボクが装備展開するのなんてちょ~レアだからね~」
レニは息を吸った。
「特務三課 天音レニ――装備展開」
レニの前に青色の光が広がる。
仮想スクリーン。
無数の数式やコードが流れている。
「【位相補正機構】」
久世の表情が変わった。
鋭い目が、レニに向けられる。
「その力が欲しかったのですよ。」
久世が聖典を開く。
「能力を知っているからこそ――貴方の危険性は、理解しています」
久世が詠唱を始めた。
「秩序ハ嘘ヲ裁ク」
ページが捲れる。
「然レド秩序コソ偽リ」
「真実ハ苦痛ヲ伴ウ」
久世の声が響く。
「崩レ去レ」
金色の文字が久世の周りに浮かび上がった。文字の銃弾は一斉にレニめがけて発射される。
「【雷障】!」
火花はレニの前に飛び出した。
緑のバリアが展開される。
電撃のバリアに文字が激突する。
「先ほどと同じことですよ」
一発、二発。
文字の弾を受け止めた雷障が強制解除される。
残り二発。
(間に合え…!!)
触手の先が緑に光る。
「【雷弾】!」
触手から辛うじて放たれた一撃は文字の弾とぶつかり相殺される。
だがもう一発は止められない。
最後の一発が火花の体に命中する。
「――っ!!」
聖句が体に刻まれる。
体が、さらに重くなる。膝がガクりと折れた。
(立て、立たないと…)
体が動かない、立ち上がろうとしても言うことを聞かない。
久世がページを捲る。
「これで終わりですよ」
久世の指がページをなぞる。
「数値ノ支配カラ」
「永遠ノ解放ヲ」
その詠唱を遮るかのようにレニの声が響いた。
「出力調整完了、【位相調律・低調位】」
文字が浮かび上がるスピードが、遅い。明らかに、さっきより遅い。
そして――火花の体が動いた。
鉛のようだった体が、軽くなっている。
「【位相調律・高調位】」
触手の電流の勢いが強くなっている。
電圧が高まる。
「ボクの周囲にある位相装備の出力を調整したよ~」
「火花は強化、アイツは弱体化」
レニがにやりと笑った。
「やっちゃって~」
久世が顔をしかめた。
「出力調整、唯一無二の位相装備…厄介ですね」
久世は火花を睨んだ。
「ですがあと一撃入れれば良いのは変わりません。」
久世の声が響いた。
「第一層、出力制限――解除」
久世の指がページをなぞる。
詠唱無しで聖句が浮かび上がった。
ページが捲れる。文字が浮かぶ。
また捲れる、また文字。
(詠唱を省略してスピードが上がっている!)
久世の手は止まらない。
次々と聖句が生成されている。
(この文字量、どうしたら…)
火花は久世を見つめる。
その手元を――
ページを捲るその動作を
火花の脳裏に閃きが走る。
(いや、見つけた、久世の弱点)
久世の頭上には大量の金色の文字が浮かんでいた。
久世は余裕の表情を浮かべている。
「いくら強化されているとはいえ、この量をすべて対処できますか?」
火花は笑った。
「いいや」
久世の表情がわずかに変わる。
「僕にも奥の手がありますから」
火花は久世を見ながら続けた。
「レニさんがいるから使える奥の手が」
火花は一拍置いた。
「あなたの能力には弱点がある」
「…ほう」
「それはリロードが必要な点です」
久世の手を見る。
「ページを捲らなければ文字を用意できない。つまり――」
火花の声が鋭くなる。
触手か久世を向いた。
「こちらがあなたの速度を上回れば押し切れる」
久世は笑った。
上を見上げる。大量の金色の文字
「確かに理論上はそうですが…」
久世の目が光る、
「この量の弾を処理したうえで私を上回れるのでしょうか?」
火花は不適に笑った。
「だから奥の手があるって言ったでしょう」
火花の周りを電流が取り囲む。
緑の光が激しく明滅している。
火花は深く息を吸った。
「オーダー【出力解放】」
電撃がとてつもない音と光を放った。
目と鼻の先で雷が落ちたような、そんな音だ。
触手が、分裂する、二本が四本に、四本が八本に。
「【雷弾】」
火花の声で一斉に触手たちが電気を圧縮し始める。
空気が震える。
体毛が逆立っていく感覚を感じる。
次の瞬間――
次々と雷の弾が金の文字めがけて発射される。
爆風と閃光。
まるで積乱雲の中にいるかのような風と雷。
一発撃ったそばから次の雷弾のチャージが始まる。
久世と火花は相手の弾を回避しながら新たな弾を生成する。
お互いの弾がぶつかり合い相殺されていく。
10発、20発…
しかしもう金の文字は残っていない。
生成が火花の速度に追い付いていないのだ。
残った電撃が真っ直ぐ久世に向かって飛んでいく。
「くっ…」
久世が地面を蹴った。
横に飛ぶ――
だが、電撃が曲がった。
久世を追いかける。
「――ぐあっ」
久世が床に膝をつく。
「さっき聞きましたよね、電磁石を知っているかを」
8本の触手が久世に向けられている。
「…磁力操作を利用したホーミングですか」
久世の顔は痛みに歪んでいた。
「PAST本部で続きを聞きます」
とどめの一撃――
その瞬間だった。
触手が、暴れ始めた。
「――っ!?」
「くそ、ここでか…」
制御が、効かない。緑の電流が辺りを走る。
壁を、床を、破壊していく。
(止まれ止まれ止まれ…!)
「火花!」
レニの声。
「ボクが抑えるから!」
レニがスクリーンを操作した。
「【低調位】!」
火花の電撃の勢いをレニが押さえつけようとする。
水色の光が火花に向かって集まる。
その時。
久世の背後に突如紫色の亀裂が走った。
――空間が裂けている。
「!?」
亀裂の向こうから紫色の手が伸びてきた。
その手が久世を掴む。
「待て!!」
火花は立ち上がろうとした。
だが動けない。
暴れまわる触手が調律中のレニを傷つけないように抑えるのでやっとだった。
久世が火花を見る。
「朝霧火花、次は君に神の啓示を」
久世が亀裂の中に引きずり込まれた。
亀裂は音もなく閉じる。
「逃げられた」
悔しそうに唇を噛む火花の肩にレニが手を置く。
額には汗が浮かんでいる。
「ふぅ、何とか抑えられた~しっかし何なのこの出力?」
レニは火花を見て笑った。
「すみません…助かりました」
「いやいや~」
レニは首を振った。
「助けられたのはボクのほうだよ~」
レニが火花の目を見る。
「ありがとう、火花」
二人は塔を後にした、地下街へ、PAST本部に帰るために。
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その頃、どこかの暗い部屋
久世は椅子に座っていた。
服はところどころ汚れ、破けている。
「おい、レオン」
暗闇の中から低い男の声
「負けて帰ってきたのか?情けねえ奴だな」
大男が笑っている。
続いて――女性の声。
「朝霧火花の情報は掴めました。それで十分です」
冷たく知的な声。
最後に柔らかい青年の声がする。
「まぁ情報はちゃんと持ってきてくれたみたいやけど、思たより手強かったみたいやし、ちょっと手ぇ焼いたんちゃう?」
久世は誰にも返事をせずにただ呟く。
久世の目が光った。
「楽しみにしてますよ、朝霧君、君の鍵を使って――世界を書き換えるその日を」
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PAST特務三課で火花とレニは椅子に座っていた。
目の前で理子さんが微笑んでいる。
「2人とも、よく無事に帰ってきたわね」
理子の声は優しかった。
「レニ、怪我はないかしら?」
「大丈夫~、ちょっと疲れただけだよ~」
レニはいつものように答えた。
理子が火花を見る。
「朝霧君も無茶をしたわね」
「すみません…」
「謝らないで」
理子が首を振る。
「レニちゃんを助けてくれて本当にありがとう」
その時扉が開く
神谷が、部屋に入ってくる。
「報告は聞いているよ。初めて人類解放戦線の幹部と接触出来た、素晴らしい成果だ」
神谷は火花を見た。
「ようやく解放戦線の尻尾をつかめた」
「久世を逃したのは残念だが…」
神谷が拳を握る。
「次は久世を捕えよう」
「はい」
火花は強くうなずいた。
その眼には――決意の光が灯っていた。
久々の更新です!最近忙しくて全然書き進められませんでした…
一度書き始めた物語は責任をもってどんな形でも終わらせようと思っています!!
ではでは!




