数値の外側で
工場での戦闘から三日がたった。
肋骨の怪我は治ってはいないが日常生活に支障はない。
海月と石堂は回復するまで休暇を取っている。
その日のPAST本部はいつもより騒がしかった。
廊下を行き交う隊員達は皆足早に動いている。
特務三課の扉にIDカードをかざすと、金属製のドアが静かにスライドした。
部屋に入るなり、理子が小走りで近寄ってきた。
「朝霧君、体は大丈夫?」
「大丈夫ですよ、それよりも何かあったんですか?」
理子は手元の書類に目を落として言った。
「地下街で不審な動きがあったって報告があったの。
でも、あそこで隊員を大勢動かすと住民が過剰に反応する可能性が高いでしょ?」
「地下街、ですか」
地下街とは通称であり正式名称は
[潜在危険因子保護区]
その名の通り、潜在的に危険因子になるとORDOが判断した者達や刑期を終えた元危険因子がそこに住んでいる。だからこそ、PASTが動けば騒ぎになる。
理子はゆっくりと言った。
「彼らにとって私たちは…敵みたいなものでしょ。」
理子は声色を切り替えて続ける
「そういうことで少人数で動ける特務三課に対応を任せたいみたい」
火花は一瞬考えた。
「僕が1人で行けば良いんですか?」
「そうねぇ、海月ちゃんはまだ怪我が治ってないし…」
その時だった。
「それならボクが行こうか〜?」
空き缶の山の中から気の抜けた声が聞こえてきた。
「レニ?あなたが外に出るの?」
理子が驚いた声を上げる。
確かにレニが外に出る姿は見たことがない。基本的に三課の部屋に引きこもって端末と向き合っている。
「あそこは道案内ないと無理でしょ〜」
エナジードリンクを飲み干すとレニが立ち上がる。
「レニさんが道案内か…詳しいの?」
地下街は違法な増築と改修で道が頻繁に変化している。
迷路のように入り組んだ路地では地図アプリなどは当てにならないだろう。
レニにナビゲートは出来るのかと疑問だった。
それを聞くとレニは一瞬間をおいてニヤリと笑った。
「あ~今ボクのこと疑ったよね~?」
その直後、レニはさらりと言った。
「だってボク、地下街出身だもん」
火花は思わず言葉を失った。
火花とレニは地下街の入り口にあたる大型のエレベーターの前に立っていた。
エレベーターの前には赤い文字で『この先潜在危険因子保護区』『立ち入りには注意してください』
などの警告文が大きく表示されている。
レニは慣れた手つきでIDカードをスキャンして、さっさとエレベーターへ乗り込む。
「早くしないと置いてくよ~?」
「慣れてるね。地下にはよく帰るの?」
「時々だよ~、お部屋が一番だからね~」
エレベーターが動き出す。
下降していく振動を感じながら、火花は質問をしてみた。
「地下街の暮らしってどんな感じ?」
「ん~…治安がすっごく悪くて~、スラム街みたいなところだね~」
「あんまり嬉しくない情報だなぁ…」
「ふふ、でしょ~?」
地下街の人間というだけで、地上では仕事を与えられない。
彼らが選べるのは、安い賃金の地下の職場だけだった。
そのため生活は苦しく、スリや窃盗が日常の光景になっている。
エレベーターは3分ほどで地下に到着した。
扉が開くとそこには
――岩盤をくり抜いた巨大な空洞と金属の街
そびえる塔と塔を繋ぐ橋の下に街が広がっていて、張り巡らされた配管からは蒸気が噴き出している。
まるで街全体が呼吸しているかのように脈動している。天井は見えず微かな光がはるか上で煌めいている。
「こんな場所が地下にあったんだ…」
「相変わらずこっちは煙たいね~」
「肺に悪そうだね」
「うん、普通に悪いよ~」
「悪いんだ…」
火花は少し呼吸を浅くした。
地下街は、地熱を利用したエネルギー産業や、機械部品を製造する化学工場を中心に成り立っている。
そのため街の至る所から煙や蒸気が噴き上がり、空気は常に重く霞んでいた。
街の中は上から眺めた印象とは違い、想像以上に雑然としている。
通路は狭く、人がすれ違うのもやっとで、配管やケーブルがむき出しのまま天井を這っていた。
人の視線はどこか鋭く、火花たちのことを値踏みしているかのようだった。
「すごい見られてるような気がするんだけど…」
「地上の人間ってだけで警戒されるからね~」
レニは気にする様子もなく軽い足取りで進んでいく。
入り組んだ通路を曲がり。鉄製の階段を上っては下りる。
今、自分が何階にいるのか火花にはもうわからなかった。
「地下街の異変について聞き込みに行ってるんだよね?。どこに向かってるの?」
「う~ん、ボクが先に寄りたいところかな~
「寄りたいところ?」
火花が問い返すとレニは振り返らずに手をひらひら振った。
「大丈夫、話は聞ける場所だからね~」
数分後、二人がたどり着いたのは地下街の中では珍しく、明るくて騒がしい場所だった。
子供の声が聞こえる。
「…ここは?」
「地下街の保育園みたいな感じかな~」
火花はハッとした。地下街にだって子供はいる。
親が危険因子であっても地上と同じように暮らしているのだと。
レニは迷いなく建物の中に入っていく
「レニ姉ちゃん!」
「かえってきたの?」
入るなり子供たちが一斉に駆け寄ってきた。
「違うよ~、今日はお仕事~」
「この前のお菓子おいしかった!」
「私ももらった!」
「良かった~、でも今日は持ってきてないんだ、ごめんね~」
あっという間に子供たちに囲まれるレニ。
その光景を火花は少し離れたところから見ていた。
いつもの気の抜けた口調は同じだがその奥の温かさがはっきりと感じとれる。
「ここにはよく来てるの?」
「うん~、3か月に一回くらいかな。荷物は毎月送ってるけどね~」
そう答えるレニの声と表情はいつもより柔らかい。
その時一人の女の子が火花の前に立った。
「あのね、お兄さん」
「ん?どうしたの?」
「お兄さんはレニ姉ちゃんの彼氏?」
レニがぴくりと反応した。
「違うよ~、ただの同僚~」
「え~、レニ姉ちゃんモテないの~?」
「…ボク今すごく傷ついたよ~」
火花は苦笑しながら女の子の隣にしゃがみ込んだ。
「最近、何か変わったことやおかしなことはなかった?」
女の子は考えるように上を向いた。
「そうだ!夜にね、いっぱいの人が歩いてるの見たよ!」
その時点では、特別怪しい話には思えず火花は続きを促すように黙って待った。
「しかもね、みんな同じ方向に歩いてたんだよ。窓から見えたの。
えっと……えれべーたー? に向かってたのかな。でも、ママは上には行けないって言ってたのに」
夜中に大勢の人間がエレベーターへ向かうなど、あり得ない。
地下街の人間が地上へ上がることは厳しく管理されているし、そもそも深夜にエレベーターが運行するはずもなかった。
「そっか、何人くらいが歩いてたのかな?」
「うーん、30人くらい!」
火花は頷いた。
「わかった、教えてくれてありがとう」
立ち上がると、レニの方も保育士らしき女性と話を終えたようだった。
建物を出てから、二人は情報を共有する。
「夜中に大勢がエレベーターに?怪しいね~」
「そっちはどうだった?」
レニが端末を操作し画像を共有する。
「保育士さんの家族が宗教にハマってるらしくて~」
画面に映ったのは一冊の本だった。
「これ、家にある経典の写真らしいんだけど
…このマーク、みたことあるよね~?」
大きく[自由の輪]と書かれた経典の中央には目隠しで覆われた人の顔
――人類解放戦線のシンボルだった。
「これは面倒なことになりそうだね」
「だよね~、一旦、理子さんに共有しよ~」
無線を繋ぐと数秒で理子の声が返ってきた。
「やっぱり解放戦線が絡んでいたのね」
声色が一段低くなる。
「こっちで対応を考えるわ。
あなた達は十分情報を掴んだから戻ってきなさい」
「わかりました」
「了解~」
通信が切れ2人はエレベーターへ向かって歩き出した。
さっきまでこの道に響いていた子供たちの声は進むにつれて
無機質な金属音と蒸気の唸りに変わっていた。
「…」
沈黙が続く。
やがてレニがぽつりと口を開いた。
「みんな、元気でいい子だったでしょ~」
火花が答える前に、レニは続けた。
「あの子達は何もしていないのに、何でここで暮らさなきゃいけないんだろうね~」
足が止まる。火花はすぐに言葉を見つけることが出来なかった。
レニの声はいつもと同じ気の抜けた調子だったがその奥にはどうしようもない怒りと悲しみが滲んでいた。
「ORDOは犯罪者の子供は犯罪者予備軍、って思ってるのかな~」
ORDOは完璧なAIだ。
だがこれが正しいのか?親の罪を子も背負うのが正義なのだろうか?
「だからレニさんは…ORDOにサイバー攻撃を?」
「そんな大層な理由じゃないけどね~、ただムカついただけ、かな~」
重くなりかけた雰囲気を振り払うようにレニは笑った。
「今じゃORDO側で働いてるなんて、人生何が起こるかわからないね~」
「…あの子達のためなんだよね?レニさんがPASTで働いてるのは」
レニはこちらをじっと見つめている
「あの子達、すごく嬉しそうだった、レニさんが来るのを楽しみに待ってるんだよ」
火花は続けた。
「どこで働いてるか、とかじゃないよ。レニさんが来てくれるのが大切なんだと思う」
自嘲気味に笑うレニを遮るように、そう口にした。
「え〜、なにそれ~、慰めてくれてるの〜?」
いつものように火花を揶揄う口調だったが
レニは顔を少し背け「ありがとう」と小さく呟いた。
「ボクが地上で、しかもORDOの下で働くって言った時さ、
パパとママと大喧嘩したんだ」
俯いたまま、レニは続ける。
「お前は地下街を裏切った、とかORDOの犬になるのか、とか散々言われて…
だからずっと不安だったんだ。ボクはここで働いていて良いのかなって」
少し間を置いてレニは息を吐いた。
「でも今の言葉で楽になったよ、ありがとう火花」
そう言ったレニは笑って大通りへと走り出した。
「レニさん、ちょっと待って…」
その時だった。
パンッという破裂音。
同時に、目の前の配管が裂け白い蒸気が爆発するように噴き出した。
視界が一気に遮られ一歩先の様子すら分からない。
「レニさん!」
名前を叫んだが返事はない。
煙がゆっくりと晴れた。
そこにあったのは軋む配管と揺れる警告灯だけだった。
――レニの姿はどこにも無かった。
あけましておめでとうございます。
久しぶりの投稿になります。
今年もできる限り毎日、自分の書きたいものを書いていきます!
よろしくお願いします!!




