二 かぼちゃの怪
蝉の声が遠くで細く続いていた。
神社の境内に、粗末な麻の作業着を着た百姓が頭を下げている。
「今年は天候が悪くて……どうにも実りが望めやせん。どうか、どうか西洋かぼちゃが豊作になりますように」
香月重三郎は石段の下からその様子を眺め、煙草をくわえたまま小さく笑った。
「豊作祈願か。まあ、百姓の願いとしては一番素朴で、切実なやつだな」
横に立つ銀狐が、ふんと鼻を鳴らした。
「人の欲など浅ましい。されど吾が力を求めるなら、応えてやらぬでもない」
そう言って、狐は袖を揺らした。
月光がすっと畑へ差し込み、夜気がしんと冷えた。
◇◇◇
数日後。
百姓は額に汗を滲ませ、畑に立ち尽くしていた。
「……数は、やっぱり少ねえ。去年よりずっと」
だが、視線の先にそびえ立つものがあった。
人の背丈を超えるかぼちゃが、畝を潰して鎮座していた。
村人が駆け寄り、口をあんぐり開ける。
「な、なんだこりゃあ!」
「でっけぇ……重くて動かせやしねぇぞ!」
百姓は頭を抱えた。
「どうすりゃいいんだ。畑がダメになっちまって、これじゃ生活はむしろ苦しくなる……」
「……なんだ、あれは……」
なんとなく気になって見に来た重三郎は苦笑いした。ずいぶん不器用な神様だこと。
◇◇◇
神社の境内。
銀狐は得意げに胸を張っている。
「せっかく豊作にしてやったのに、何故喜ばぬ」
重三郎は煙草の火を揉み消し、肩をすくめた。
「加減ってもんを知らんのか。百姓は食えなくちゃ困るんだよ。こんな怪物かぼちゃ一つじゃ、腹は膨れねえ」
「馬鹿馬鹿しい。人間は欲深いくせに、手に余る恵みを拒むとは」
「恵みってのは量や形じゃなくて、使えるかどうかなんだよ」
銀狐はきょとんとした顔をした後、子どものように唇を尖らせる。
◇◇◇
数日後、重三郎は雑誌社に原稿を渡していた。
題は「大かぼちゃ騒動記」。
筆は軽妙に踊り、**“人を食うほどの怪かぼちゃ”**としてユーモラスに書き立てた。
記事は評判を呼び、隣町から見物客が押し寄せた。
軍服姿の佐官たちまでやって来て、村総出で大かぼちゃを解体することとなった。
鍋が並び、子どもらの歓声が響く。
「こんな旨い煮物、初めてだ!」
「でっけえかぼちゃ様々だな!」
焚き火の煙が夜空に立ち上り、村は一つの祭りのように盛り上がった。
◇◇◇
境内に戻り、重三郎は狐に告げる。
「結局はみんな笑って終わった。まあ、これで良かったんじゃないか?」
銀狐は腕を組み、むっつりしている。
「吾は豊作を授けた。だが人間どもは怪談まがいの祭り騒ぎで終わらせる。救いとは何なのだ」
「お前が救いと定義するものと、人が救いと感じるものは違うってだけさ」
銀狐はなおも不服そうに空を睨んでいた。
月光に照らされるその瞳は、黒から銀へと揺らめいていた。




