表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/15

二 かぼちゃの怪

 蝉の声が遠くで細く続いていた。

 神社の境内に、粗末な麻の作業着を着た百姓が頭を下げている。


「今年は天候が悪くて……どうにも実りが望めやせん。どうか、どうか西洋かぼちゃが豊作になりますように」


 香月重三郎は石段の下からその様子を眺め、煙草をくわえたまま小さく笑った。

「豊作祈願か。まあ、百姓の願いとしては一番素朴で、切実なやつだな」


 横に立つ銀狐(ぎんこ)が、ふんと鼻を鳴らした。

「人の欲など浅ましい。されど吾が力を求めるなら、応えてやらぬでもない」


 そう言って、狐は袖を揺らした。

 月光がすっと畑へ差し込み、夜気がしんと冷えた。


◇◇◇


 数日後。

 百姓は額に汗を滲ませ、畑に立ち尽くしていた。

「……数は、やっぱり少ねえ。去年よりずっと」

 だが、視線の先にそびえ立つものがあった。


 人の背丈を超えるかぼちゃが、畝を潰して鎮座していた。


 村人が駆け寄り、口をあんぐり開ける。

「な、なんだこりゃあ!」

「でっけぇ……重くて動かせやしねぇぞ!」


 百姓は頭を抱えた。

「どうすりゃいいんだ。畑がダメになっちまって、これじゃ生活はむしろ苦しくなる……」


「……なんだ、あれは……」

 なんとなく気になって見に来た重三郎は苦笑いした。ずいぶん不器用な神様だこと。


◇◇◇


 神社の境内。

 銀狐は得意げに胸を張っている。

「せっかく豊作にしてやったのに、何故喜ばぬ」

 重三郎は煙草の火を揉み消し、肩をすくめた。

「加減ってもんを知らんのか。百姓は食えなくちゃ困るんだよ。こんな怪物かぼちゃ一つじゃ、腹は膨れねえ」

「馬鹿馬鹿しい。人間は欲深いくせに、手に余る恵みを拒むとは」

「恵みってのは量や形じゃなくて、使えるかどうかなんだよ」


 銀狐はきょとんとした顔をした後、子どものように唇を尖らせる。


◇◇◇


 数日後、重三郎は雑誌社に原稿を渡していた。

 題は「大かぼちゃ騒動記」。

 筆は軽妙に踊り、**“人を食うほどの怪かぼちゃ”**としてユーモラスに書き立てた。


 記事は評判を呼び、隣町から見物客が押し寄せた。

軍服姿の佐官たちまでやって来て、村総出で大かぼちゃを解体することとなった。

鍋が並び、子どもらの歓声が響く。


「こんな旨い煮物、初めてだ!」

「でっけえかぼちゃ様々だな!」


 焚き火の煙が夜空に立ち上り、村は一つの祭りのように盛り上がった。


◇◇◇


 境内に戻り、重三郎は狐に告げる。

「結局はみんな笑って終わった。まあ、これで良かったんじゃないか?」

 銀狐は腕を組み、むっつりしている。

「吾は豊作を授けた。だが人間どもは怪談まがいの祭り騒ぎで終わらせる。救いとは何なのだ」

「お前が救いと定義するものと、人が救いと感じるものは違うってだけさ」


 銀狐はなおも不服そうに空を睨んでいた。

 月光に照らされるその瞳は、黒から銀へと揺らめいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ