十五 それから
雨は止み、湖も再び穏やかに光を映していた。
村では復興の作業が続いている。
倒れた家を立て直し、泥に埋もれた畑を掘り返し、あちこちで声が飛び交っていた。
神社の人々も総出で手伝っていた。
宮司を継いだ弟は、額に汗を光らせながら鍬を振るい、巫女たちは炊き出しの鍋をかき混ぜていた。
湯気の立つ粥の匂いが境内いっぱいに広がる。
◇◇◇
その片隅。
香月重三郎は土嚢に腰を下ろし、煙草に火をつけた。
傷だらけの手で紫煙を吐き出す姿に、銀狐が眉をひそめる。
「また毒を吸っている。愚か者め」
「いいじゃないか。こういう一服が、働きの報いってもんだ」
天狗が横から割り込む。
「さぶちゃん、煙たいんだよ。オレの羽が燻されるじゃねえか」
「気にするな。お前は山火事にでも突っ込んで平気な顔するだろう」
「お、いい度胸だな」
銀狐は袖を払ってそっぽを向く。
「……くだらん」
そう言いながらも、その瞳は黒から銀に揺れ、どこか安堵の色を帯びていた。
◇◇◇
子どもたちの笑い声が、泥を洗った村に戻ってくる。
湯気と笑顔と煙草の煙が入り交じり、日常が少しずつ形を取り戻していた。
重三郎は空を見上げ、静かに思う。
(人として生きてきた。だが今はもう、人と妖のはざまの身。
それでも……こうして笑い合えるなら、悪くはない)
煙が空へ昇り、白い雲に溶けていく。
重三郎は目を細め、口の端をわずかに上げた。
(これが、俺の生だ。受け入れよう。
隣に銀狐と天狗がいるのなら――)
月が白く、穏やかに浮かんでいた。