十二 銀の決断
嵐の夜。
湖の水面は荒れ狂い、岸辺の土嚢は次々に崩されていった。
天狗の叫び声が響く。
「銀狐! お前が行かなきゃ、さぶちゃんは死んじまう!」
社の石段の上。
銀狐は立ち尽くしていた。
水干の袖は雨に貼りつき、瞳は黒と銀のあいだで揺れている。
「助けるとは、何をすることか……」
自らに問いかけるように、唇が震える。
思い出す。
黒狐の最後の言葉。
――『お前は死ぬな。冷たくあれ。最後まで残れ』
その足枷に縛られ、今日まで何も為さずに生き残ってきた。
思い出す。
白狐の横顔。
人と共に泣き、笑い、命を落とした。
――『愚かで、弱い。けれど愛しいものだよ、人は』
理解できなかった。
だが、羨ましかった。
「吾は……」
銀狐は両の手を強く握りしめた。
水干の布から銀の光がにじみ出し、夜の雨に混じって揺らめく。
天狗が再び怒鳴る。
「理屈はあとでいい! 今は“隣に立つ”だけでいいんだ!」
銀狐の胸に稲妻のように響いた。
足が、石段を離れる。
一歩、また一歩と湖の方へ。
土砂降りの中、その小さな影が進むたびに水面がざわめく。
「……吾は、冷たく残るのではない。
隣に立つために――残るのだ」
叫ぶように言葉を吐き、銀狐は水面へ躍り出た。
銀光が尾を引き、闇の湖を裂いた。
◇◇◇
天狗は羽音を止め、ただ見守った。
「……ようやくか。お前も、やっと踏み出したな」
嵐の湖に、銀の光が沈んでいった。