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十一 湖の底
泥水が口に入り、息が詰まった。
重三郎は必死に足をばたつかせたが、何かに足首を掴まれている。
冷たく、細いのに鋼のような力。
「ころんだ? しんじゃう?」
甲高い声が水中に響く。墨のようにぼやけた影が、何匹も周囲を回っていた。
肺が焼けるように苦しい。
上を見上げれば、水面は遥か遠く、白い泡が散っていくばかりだった。
(……ここで、終わるのか)
指から力が抜け、視界が闇に閉ざされていく。
◇◇◇
その瞬間、轟と風が湖面を叩いた。
天狗が羽団扇を広げ、必死に風を操っていた。
「さぶちゃん! 掴まれぇっ!」
彼は渦を裂き、水面を押し下げて潜ろうとする。
だが、風の力は底までは届かない。
伸ばした手の先に、重三郎の影が揺れ、沈んでいく。
「……くそっ、届かねぇ!」
必死に何度も潜ろうとするが、水の重みに押し返されるばかりだ。
天狗の喉が裂けるような叫びが、嵐の湖に響いた。
「銀狐ぉっ! なんでもいいから友達を助けろ!!」
◇◇◇
社の方角。
雨を浴びながら、銀狐はじっと湖を見つめていた。
黒い瞳に、銀の光がかすかに瞬いていた。