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一 始まり

 雪駄で石段を登る。

 しゃりっしゃりっと言う音がこだましている。

 遠くから汽車の音がかすかに響いた。


 そういや、奥に池なんぞもあったな、と、ふらりと向かう。

 ズボンのポケットからタバコを取り出しながら。


 池には石の燈籠の灯りと月の光が差し込み、真っ黒な水面に揺れていた。

 梟の声、鈴虫、風で葉が揺れる音――すべてが水に吸い込まれていくようだ。


「凡俗が。今さら祈りを求めに来たのか」


 影から現れたのは、白銀の髪を垂らした水干姿の者。

 淡く光を帯び、十二歳ほどの子供に見えるが、その瞳は底知れず深い黒を湛えていた。


「おやおや、ものの怪の先客がいたのかい。悪かったね」

「無礼な! 吾はものの怪ではない!」


 重三郎は片眉を上げ、煙草をくわえる。

「祈りに来たわけじゃないんだ。俺は作家でね。夜の神社の空気を浴びに来た。オツだろ?」

「はっ。人間の妄言を紙にこす狂人か」

「綺麗な顔をしているのに、随分と口が悪い」


 水干姿の者は顔を歪めた。

「祈りを捨てた愚者の癖に」

「ははっ。よく知ってるな」


 香月重三郎は軽やかに笑う。

 彼はこの神社の長男であったが、家を継がず上京し、作家として筆一本で生きている。


「……その衣装は男の装いじゃないのか? そうか。男の子か」

 人ならざる者なのであろう。奇妙な程に整った顔をしており、男か女か見た目にはわからなかった。声も幼く、判断材料は服装しかない。


「性別などあるものか。神に雌雄を押しつけるとは愚か者めが」


 なるほど、神なのか。

 怒声とともに瞳が黒から銀に閃く。

 重三郎は眉ひとつ動かさず煙を吐いた。

「なるほど、怒ると月光の色になる。作家冥利に尽きる」

「観察するな! 吾を戯画にする気か」

「悪くは書かない。むしろ美しいと」


 沈黙。水干姿の者は頬をさらに歪め、言葉を飲み込んだ。

 池の水面が風に揺れ、月が砕けて波紋となる。


 重三郎は煙草を消し、静かに言った。

「俺は――香月重三郎。怪奇小説で飯を食っている」


 しばしの沈黙の後、水干姿の者が口を開く。

「……吾は、銀狐(ぎんこ)


 名を告げた瞬間、夜の池に映る月光がひときわ強く揺れた。

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