第二話:神の導きとかやめてくれ
「……ついた……のか?」
三日間ろくに寝ていない足取りで、俺――ケンタは、ようやく辺境の村へと辿り着いた。
村の名前は“ハイオ”。地図の端っこにちょこんと書いてあっただけの小さな村だ。
木造の家は少なく、畑と草原が広がるだけ。
いい意味で何もなくて、悪い意味でも本当に何もない。
「この静けさ……最高じゃん……」
そう、これでいい。
戦いも、冒険も、責任ある仕事も、全部ぜ〜んぶ俺には重すぎた。
勇者パーティにいた頃は、若い連中の足を引っ張らないよう、虚勢でごまかしてきたが……もう、そんな無理をしなくていい環境がほしかった。
「ここでスローライフ……いや、むしろスロー死でもいい……」
完全に疲れ切った中年のテンションで、俺はふらふらと村の入口に向かった。
***
「お、おーい! 誰か来たぞ!」
いきなり大声が飛んだ。
見ると、村の門番らしき中年がこちらに走ってくる。
やばい、変なやつ扱いされるか?
「ま、待ってくれ! 俺は怪しい者じゃ――」
「も、もしかして……あなたが……!」
「ん?」
青年は眉を跳ね上げ、俺をまるで“すごいものを見る目”で見つめてきた。
「あなたが……勇者パーティの、影の参謀ケンタ様ですか!?」
「……は?」
心臓が止まりかけた。
おい、待て。誰がそんな誤情報を流した?
いや、確かに俺は自称参謀だったけど、実態は――
「ちげえよ!!」
と言いかけた瞬間。
「すげえ……! 本当にお越しいただけるなんて……村の守り神の導きだ……!」
「ちょ、ちょっと待って!? 守り神とかはやめろ!」
だめだ、この青年、完全に俺を“偉い人”扱いしている。
「さ、村長のところへ案内します! みんな喜びますよ!」
いやいやいや、待ってくれ。
俺はただの三十路無能だぞ。影の実績ゼロだぞ。
しかし青年は興奮したまま、俺の腕をがっしり掴んだ。
「英雄ケンタ様が来たぞー!!」
「言い方!!」
やめてくれ、マジで胃が死ぬ!
***
案内されたのは、村で一番大きな家――と言っても、ちょっと広いだけの民家だ。
中にいた村長らしき老人が、俺を見た瞬間、深々と頭を下げた。
「よくぞお越しくださいました。勇者パーティを陰で支えた偉大なる知恵者、ケンタ様……!」
「いやいやいや!! まっったくく支えられてなかったけど!!?」
わぁ……これはもう、誤解とかそういうレベルじゃなくて、もはや宗教の始まりでは?
老人は俺の制止を完全に無視して言葉を続ける。
「実はこの村……最近、魔獣が増えておりまして……護衛も足りず、困り果てていたところなのです」
「……そうなんすか」
「そんな折、村の“守り石”が光り……“賢者が来る”と告げたのです」
「関係ねえだろ!? 偶然だろ絶対それ!!」
いや、ほんとお願いだから賢者扱いやめてくれ。
俺、本気で何もできねぇの!
それなのに村長は恍惚とした顔で続ける。
「ケンタ様……どうか、この村をお救いくださりませ……!」
「無理無理無理!!」
俺は両手をぶんぶん振って抵抗した。
「俺、戦えないし! 魔法もないし! 知恵もないし! そもそも参謀じゃないし!!」
「……謙遜を……?」
「ガチなんですってば!!」
***
だが村長は俺の言葉をまるで聞かず、真剣な眼差しで言った。
「明日、森の見回りだけでも構いません……どうか、どうか……!」
うう。なにその“泣き落とし老人”みたいな目。
完全に俺が断れない表情をしているじゃねぇか。
そもそも俺、
まだこの村に住むとも言ってないんだけど?
「……あの、俺……ただの無職のおっさんなので……」
「大丈夫です。ご安心を」
村長は穏やかに微笑んだ。
「あなたはここにいるだけでいいのです」
「……え?」
「あなたが“いる”だけで、この村の者たちは勇気づけられます。それこそが……英雄ケンタ様の力なのです」
「いやそんな力知らないんだけど!?」
でも、なんだろう。
その目は……若い頃、誰にも期待されなかった俺が、一度も向けられなかった種類の“信じる目”をしていた。
……ちょっとだけ、胸が痛む。
「……とりあえず寝床、貸してくれません?」
「もちろんですとも!」
村長は嬉しそうに頷いた。
こうして俺は――
なぜか英雄兼賢者として歓迎されながら、村に泊まることになった。
いやいやいや、どうしてこうなった?
明日は見回り?
無理だろ……絶対無理だろ……!
くそ。俺のスローライフ、始まる前からもう詰んでる気がする……。
【To be continued...】




