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父と息子の因縁



「……父上…」


 ヴィクターは、目を見開いて固まっている。

 だが、レジナルドの二人を見る目は、優しく細められた。


「…お前がそんな風に笑っているところを初めて見た……彼女は…?」


 レジナルドの視線がセシルに向かう。


「あ…彼女は…」


 ヴィクターが言い淀んでいると、セシルは勢いよく立ち上がった。


「わ…私、セシル・ラヴェルと申します!御子息のヴィクターさんとは……こ…こいび…」

「待て、セシル。何を言おうとしてる?」


 突然、事実のないのことを言い出しそうなセシルを、ヴィクターは慌てて止めた。

 だが、レジナルドはそんな二人を見て微笑んだ。


「…ラヴェル……もしかして、エドモンドの恋人であるクラリスさんのご親族の方かな?」

「…はいっ!私はクラリスの姉です!クラリスのこともご存知なんですね!」


 ヴィクターの制止を振り切って、セシルはずいずいとレジナルドに近寄って行く。

 そんなセシルを、レジナルドは眩しそうに見つめている。


「あぁ…新聞で読んだだけだが…彼らが神の使者と守護者であったこと、婚約関係にあることくらいはこの国のものなら誰でも知るところだろう…ヴィクター…キャサリンの墓参りに?」


 レジナルドはそう言って、キャサリンの墓がある方向を視線だけで示す。


「はい…父上もですよね…」

「…あぁ…私は先程墓参りは終えた…そしたら空から美しい火の鳥が降りてきてね……何かと思って見に来てみれば、君たち二人がいたんだ。」


 そう言ってレジナルドは、意味深に笑った。

 セシルはその様子を見て、頬を押さえて顔を赤らめる。


「…まさか…お父様…先程の私たちの熱烈なキスを見ていらして…」

「…ははっ…そうだな…」


 レジナルドが、セシルの反応を見て笑っている。

 しかし、すかさずヴィクターがそれを否定した。


「ま…待ってください。あれはセシルが魔力切れを起こしていたので、仕方なく行った医療行為です。…決して、熱烈なキスなどでは…」

「…ほう…あれが医療行為とは…」


 レジナルドはヴィクターの心を見透かすように、目を細めて笑っている。

 再び、ほんのりとヴィクターの頬が赤くなった。


「もう…ヴィーったら、照れちゃって…素直じゃないんだから〜」


 そんなヴィクターに、セシルがつんつんと突いて揶揄っている。


「我が息子はいつからこんなに感情が豊かになったのかな………だが…」


 レジナルドはヴィクターとセシルを交互に見ると頷いた。


「…安心した。」

「……父上…」

「…お前を追い詰めてしまったのは私だったんじゃないか、と心配していたんだ…」



 その言葉に、ヴィクターの心は強く揺さぶられた。


 今でこそ優しげな表情を見せているレジナルドだが、ヴィクターが幼い頃は、没落した貴族なりに後継ぎとして彼に対して厳しい人だった。

 それはヴィクターの性格を歪める一つの要因だった。

 ヴィクターの目には、跡継ぎとして期待されるものがない6つ下の弟、エドモンドに対しての、レジナルドの対応がいくらか優しく見え、それがとても妬ましくあった。


 母キャサリンが亡くなった日──あの日も寄宿学校から夏休みで帰宅していたヴィクターは、レジナルドに成績のことで厳しく叱られイライラしていた。

 庭の隅で、心を落ち着ける為、母からもらった懐中時計を撫でていたところに、エドモンドが通りかかった。

 ヴィクターは、母からもらったものに縋るようにしている行為が気恥ずかしく感じ、弟に見られたくない、と慌ててポケットにしまおうとしたのだが、誤って懐中時計を落としてしまったのだ。そして、エドモンドが、それを拾おうと手を触れた。それは、完全にエドモンドの善意なことが分かる。


 だが、レジナルドに叱られ虫の居所が悪かったヴィクターは、元々気に入らなかった弟が自分の大切な物に触れたことが許せず激昂し、暴力を振るった。

 そこに駆けつけた母は、当然ながらエドモンドを庇った。

 だが、そのことが更に気に入らず、ヴィクターは母へも同じように暴力を振るった。


 そこで、生まれて初めて、エドモンドが魔法を発現させ、同時に暴走させた。

 その暴走により、母、キャサリンは亡くなった。


 完全な事故ではあった。

 エドモンドも悪気があった訳ではないし、ヴィクターが直接手にかけた訳でもない。レジナルドがヴィクターに厳し過ぎたことも、全て小さなことだったのだ。

 だが結果的に、それらが重なり、グリーヴス家の太陽のような存在だったキャサリンは亡くなった。


 ヴィクターは、この年まで、それらから目を逸らし、母の死は弟エドモンドのせいにしてきた。

 だが、あの神への扉は触れた一件の後、自分の行いを顧みていた。


 自分がもっと感情をコントロールできていれば、こんなことにはならなかったのではないか。

 母は今も生きていたのではないだろうか。

 もっと違う未来があったのではないか。


 この3ヶ月ほど、母の命日が少しずつ迫る度、ずっと自分のことを責めてきた。どこにも心の逃げ場がなく、苦しかった。




 ヴィクターは息を吸うと、レジナルドの言葉に返事をした。


「…いえ、私が、不甲斐のない息子だからいけないのです…私がもっと父上の期待に応えられる出来た息子であれば…」

「…ヴィー…」


 ヴィクターの隣にいるセシルの方が今にも泣き出しそうな顔をしている。

 レジナルドは、何かを考えらように暫く沈黙した後、二人の方に静かに近づいて来た。


「…すまない……やはり、私がお前を追い詰めていたんだな………今更謝ってもしょうがないかもしれないが、私はそのことがずっと気になっていた………ヴィクター、お前は自分のことを責めなくていい…お前は、世界でたった一人だけの、私の自慢の息子だ。」


 ヴィクターの顔が、涙を堪えるように歪められる。

 レジナルドは、そのまま静かにセシルの方に視線を移した。


「…息子の隣にセシルさんのような方がいて安心した。…今後とも息子のことをよろしく頼みたい。」

「…はいっ!私が御子息のことを幸せにします!」


 レジナルドは、元気なセシルのその返事を聞いて、笑顔で頷いた。


「それじゃあ、私は帰るよ。またそのうち家にも顔を出してくれ。」


 そう言ってレジナルドは、風の中に消えて行った。


 残されたヴィクターとセシルを、夏の高くなり始めた太陽がジリジリと照らしていた。


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