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炎の鳥


 今日は、ヴィクターの母、キャサリンの命日だ。


 キャサリンの王都近くにある墓地のまで、まだ少し距離があった。

 ヴィクターは、昼頃までに着きたいと考えながら、セシルもいることを考慮して普通に歩き始めた。

 すると、彼女はすぐに、転移の魔法を使うことを提案した。


「…ねぇ…ヴィー?私が転移の魔法使おうか?私火の魔法が得意だけど、出来ないことはないのよ?」

「………ありがたいが、セシルは母の墓に行ったことがないだろう?」

「………あ…そうだったわね…」


 転移の魔法は、転移先の景色をハッキリと頭に描く必要がある。初めて行く場所には使えないと言う難点がある。

 ヴィクターに指摘されて暫く考えた後、セシルは再び何を閃いたようだ。


「そうだわ!私クラリスが王宮で働いてるから、何度か行ったことあるの!そこからの方が近いでしょう?」



 一見いい案のような気がするが、王宮内はかなりデリケートな場所だ。誰でも彼でも出入り出来ては困るし、ましてやあのヴィクターが出入りするなど、軽い騒ぎになる危険性もある。


 ヴィクターは静かに首を振った。


「ダメだ。さすがに私が王宮内に突然現れたら、驚く人もいるはずだ。それこそセシルの妹に迷惑がかかるぞ。」

「…そう……いい案だと思ったんだけど……じゃあ…私がここに来たやり方で…」


 そう言って、セシルは指先から魔法を紡ぐと、そこに炎で出来た大きな鳥の姿が現れた。

 まるで、セシルそのものを現すような赤くて情熱的な炎に、ヴィクターは目を奪われた。


「…すごいな…」

「え…へへ…なんだか初めてヴィーに褒められた気がするわ。」


 セシルはそう言って、嬉しそうに頬を染めて笑っている。


「これ乗れるのよ。ヴィーと二人ぐらいだったら大丈夫だと思うわ。」


 セシルがヴィクターの手を引いた。

 一見、とても熱そうに見えたが、セシルの魔力コントロールのおかげか、意外にも全く熱くなかった。

 二人が乗ると、炎で出来た鳥は飛び立った。


 ヴィクターは感動していた。

 彼はカインであった時も、今世も、地の魔法が得意だ。よって、空中を飛んだりする魔法は使えないのだ。

 どちらかというと魔法も地味なものが多く、こう言った華やかな魔法には憧れがあった。


 情熱的な赤い炎の鳥に乗り、その美しい赤い髪を風になびかせるセシルの姿に、ヴィクターは見惚れていた。


 ふと、セシルがヴィクターの方を向く。


「ねぇ方向ってこっちであってる?お母様のお墓のある細かい場所は分からないから、教えてもらえると助かるわ…」

「……あぁ…こっちだ。」



 セシルのお陰で、そのまま順調に進み、ヴィクターは当初お昼くらいに着けばいい方だと考えていたが、それよりもかなり早く着いた。まだ朝と言ってもいい時間だろう。


 地上に二人を下ろすと、炎の鳥は消えた。


「セシル…ありがとう…助かった。」


 ヴィクターはそう声をかけたが、セシルからは反応がない。

 不思議に思いその顔を覗き込もうとしたところで、セシルの身体から力が抜け地面に倒れ込んだ──だが、すんでのところで、ヴィクターは彼女を受け止めた。


「…おい、大丈夫か?」

「………ぶよ…」


 おそらく「大丈夫」と言ったのだろう──セシルの声が弱々しくて、ヴィクターはよく聞き取れなかった。

 ヴィクターの腕の中のセシルを見れば、彼女は真っ青で震えていた。


 ヴィクターは、その症状に心当たりがあった。


「セシル…魔力切れを起こしてるのか…」



 魔力切れ──それは、魔力量が少ない者や、自分に見合わない大量の魔力を消費した時に起きる。

 光や空気、風の中にも魔力は含まれているので、早々起こるようなものではないのだが、セシルはそれだけ無理をしたということを表している。


 実際、彼女はヴィクターの役に立ちたくて、彼の母親の命日に間に合わせてあげたくて、無理をしていたのだ。


 時間を置いたり、魔力を豊富に含んだ何か食べさせれば回復はするが、それまでこうして震えが止まらず、酷い頭痛や吐き気を伴う。

 ヴィクターは前世の記憶があり、魔力を手っ取り早く回復させる方法に心当たりがあった。


 腕の中で青い顔をして震えるセシルを見て、ヴィクターは居ても立っても居られず、その方法を試すことにした。



「セシル…ごめん…だが、これは医療行為だ。許してくれ。」

「………ぇ…?」


 セシルの上に影が落ちた──と思えば、ヴィクターがセシルにキスをしていた。


 ヴィクターが触れた口から、セシルの中に彼の魔力が流れ込んでいく。


──…温かい……もっと……もっと……



 暫くすると、セシルの身体の震えは治り、顔色も戻っていた。

 だが、セシルはヴィクターからキスしてくれたことが嬉しいこと、彼の魔力が心地良いことから、更にキスを強請った。

 セシルが口を開けて合図をすると、ヴィクターも自然と口を開ける。

 その動きから、彼も受け入れてくれてると感じたセシルは、もっと深くまでヴィクターを追いかけようとした──が、その瞬間、ヴィクターはセシルの身体を引き剥がした。


「……え…」

「………『え』じゃないだろう…何をしようとしてるんだ……これは、医療行為だと言っただろう…」


 そう言いながらも、ヴィクターの頬はほんのり赤く染まっている。


──ヴィー可愛い…赤くなってるわ…


「……私はこれを医療行為にしなくてもいいわよ……むしろ………」


 そこでセシルは、言葉を途切れさせた──かと思うと、ふらっとヴィクターの胸にもたれ掛かった。


「……おい、どうしたんだ?」


 セシルは、もうすっかり顔色は良くなっているように見えたが、まだ本当はどこか悪いのかとヴィクターは心配して慌てる。

 だが次の瞬間、セシルは顔を上げ、困った顔で彼のことを見つめ始めた。


「私……まだふらふらするみたいなの……もう少しヴィーの魔力をちょうだい…?」

「………………」


 セシルは、明らかに嘘だと分かる芝居をしながら、そんなことを言っている。

 ヴィクターはそんな彼女を見て吹き出した。


「………ふっ………あははははっ…セシル…さすがにそれはない……ははっ…本当に何をするのか読めないな、君はっ…」

「………………」



 それは、ヴィクターが初めてセシルの前で声を上げて笑った瞬間だった。

 そもそも、彼が最後にこうして笑ったのがいつだったか、思い出せない程に昔のことだった。


 セシルは、そんなヴィクターの笑顔を見て胸を締めつけられていた。


──あぁ…ヴィーがこんな風に笑ってくれるなんて……嬉しい……嬉しいわ…


 セシルは、ヴィクターに抱きついた。

 そして、自分の中から溢れ出す気持ちを言葉に乗せようと口を開く──


「…ヴィー…私ね…ヴィーのことが…」



 そこまで言いかけて、視界にこちらを見て立っている人物がいることに気がついて、止まった。


「……どうした?」


 セシルの様子に気がつき、彼女の視線の先を辿って、ヴィクターは振り返った。

 そこに立っていたのは、ヴィクターの父レジナルドだった。


 二人はこんなに熱烈なやりとりをしているが、ここは墓地だ。

 そこでようやく二人は、母キャサリンの命日で墓参りに来ていたのを思い出した。


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