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悪役の弟と夢見る乙女の妹


 王宮内にある元々は神の使者だった部屋に、クラリスとエドモンドの姿があった。

 神の使者の部屋だった時代は、白を基調にした清廉な雰囲気の部屋だったが、今はクラリスの趣味で、ナチュラルな木のぬくもりを感じる家具が置かれ、王宮内の一室とは思えない部屋になっている。



「エドモンド!おかえり!」

「……あぁ、ただいま。」


 クラリスが、ヴィクターの小屋から帰って来たエドモンドに抱きついている。

 だが、エドモンドはどこか心ここに在らずと言った感じで、ボーッとしていた。もちろんクラリスは、そのことにすぐに気がつく。


「エドモンド?どうしたの?お兄さんと何かあった?やっぱり、私も一緒に行った方が良かったかしら?」

「………」


 クラリスにそう聞かれて、エドモンドは暫く考えた後、話し始めた。


「…実は…奴はブレスレットを外すことを拒否した…」


 その言葉に、クラリスは驚いて目を見開いている。


「…え…理由は?お兄さんはなんて?」

「………奴は……ブレスレットをしている方が落ち着くと………贖罪の意識があるらしい…」


 エドモンドがそう言うと、クラリスは更に驚き、慌てている。


「…まさか…エドモンド…何か彼に酷いことをしてないでしょうね!?」

「………………」



 クラリスは、エドモンドの性格やこれまでの彼の想いをよく知っている。ヴィクターが起こした行動に対して、エドモンドがどう対処するか想像がついた。


 そして、肯定するように黙り込んだエドモンドに、クラリスはため息をつく。


「…はぁ…まさか、そんな展開になるなんて…やっぱり私も一緒に行くべきだったわ…」

「…でも…別に痛めつけたりはしてない………威嚇する程度に踏みとどまった…」

「………」


 少ししょぼくれた雰囲気のエドモンドに、クラリスはなだめるように優しく抱きしめた。


「…よく抑えてくれたわ…やっぱりエドモンドはすごいわね…」

「………すごく子供扱いされてるように感じるんだが。」

「…ふふっ…」


 クラリスの対応に、少し拗ねたエドモンドの頬にクラリスはキスをした。

 それを受けてエドモンドは、クラリスの頬を包んで唇にキスを返した。


「………っはぁ……どれだけ、この想いを抑えるのが大変だったと思ってるんだ………クラリス…もう絶対に、今世は離れないからな…」

「…えぇ…分かってるわ……私だって今世は、アリシアとして叶えられなかったこと、あなたと一緒に沢山叶えるんだから…」

「…クラリス…」


 二人は想いを確かめ合うように、互いを見つめ合い再びキスを始めた。


 暫く二人きりの世界に浸った後、クラリスは再びヴィクターのことに話を戻した。


「…それで、お兄さんは今年はお母様のお墓参りは行かないってことなの?」



 元々このタイミングでヴィクターの魔力制御のブレスレットを外す提案をしたのは、二人の母キャサリンの命日が近かったからだ。その移動に、魔力制御があると大変になると考え解除してあげようとしたのだ。

 だが、ヴィクターが断ったと言うことは今年は墓参りに行くつもりがないのか、とクラリスは考えた。



「…いや…それは行くらしい…」

「…そう…でも普通の乗り物で移動するなら時間がかなりかかるし…魔力制御のブレスレットを着けている状態では、魔法を使っての移動も大変よね…」

「……あぁ、だから、今夜立つらしい。」

「え…今夜!?」


 クラリスは話しながらも、当日の朝に、ヴィクターの小屋まで転移して一緒に連れて行くべきかと考えていたので、まさかの急展開に驚いている。


「………そう……そうなのね。あの人、こうと決めたら絶対にやるものね……どうか、無事に辿り着いて、また元気な姿を見せてくれますように…」

「………………」



 クラリスの話を聞きながら、エドモンドの頭にはセシルのことが浮かんでいた。

 彼の中には、あまりヴィクターとセシルが仲良くして欲しくないという気持ちがある。

 だが、何も知らないで明日も小屋を訪れるであろうセシルの気持ちを考えると、同情と罪悪感で居た堪れなかった。


 そこでエドモンドは、クラリスが入浴を済ませている間に、得意の風魔法で風に乗せてセシルに伝言を届けることにした。



《母の命日が3日後なのだが、ヴィクターが今夜王都近くにある母の墓に向けて出発した。明日からしばらくは、食事を届ける必要はない──が、もしセシルがどうしても気になると言うなら、奴の居場所を教えることが出来る。》



「………な…」


 セシルは、上機嫌で小屋から家に帰って来た後、明日はヴィクターの為にどんなメニューを持って行こうか考えていた。

 そこに、エドモンドからの伝言が入った。

 セシルは、先程ヴィクターから「明日も食事を頼む」と言われたばかりなのに、平気でまた独りになろうとする彼に憤慨していた。


──なんで、一言も言ってくれないの!?私そこまで聞き分けが悪くないわ!………………多分。



 セシルは、本当ならば毎日小屋を離れ家に帰りたくない程に、ヴィクターと一緒にいたいという気持ちが強く、もし彼に直接「大事な用事だから一人で行く」と言われても引き下がらないかもしれないなと考えて、そんな自分に苦笑していた。



──きっと私がいなかったら、あの人はまた食事も殆ど摂らずにいるわ……行かなきゃ…放っておけない………こんなことは考えたくないけど………もしかしたら最悪…そのままもう帰ってこないかもしれないじゃない…



 セシルは、この3ヶ月ヴィクターの側にいて、彼の危うさを痛いほど感じていた。



──彼は「最低限の食事は摂ってる」って言ってたけど…あんな食生活を続けたら、栄養失調で死んでしまうわ……


 もしも、ヴィクターと永遠の別れをしたらと想像して、セシルの目に再びじわりと涙が浮かぶ。


──ダメよ…そんなこと絶対にさせない!私が彼を絶対に幸せにするんだから!



 セシルは改めてそう決心すると、苦手ながら風と火を使ってエドモンドに伝言を返した。



《今すぐ彼の居場所を教えてちょうだい!私から逃げられると思ったら甘いのよ!》



「………ふっ…さすがはクラリスの姉だな…奴がタジタジになる姿は面白そうだから、協力してやろう。」


 セシルの伝言を受け取ったエドモンドは、一人、楽しそうに笑っていた。

 そして、ヴィクターに着けている魔力制限のブレスレットを介して彼の居場所を探ると、再びセシルに伝えた。



《この調子で移動するなら、明日の晩はこの辺りに着くだろう。》



 再びエドモンドからの伝言を受け取ったセシルは、必要な荷物を用意し、気合を入れるように自慢の赤毛を後ろで一括りにすると、エドモンドが予想してくれた場所に向けて出発した。


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