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兄弟の因縁


「──じゃあね、ヴィー!」


 片手にカゴを掛けたセシルが、空いているもう片方の手を元気に振りながら森の出口に向かって消えて行った。


「………はぁ…」


 それを見送ったヴィクターは、一人、ため息をついた。


 彼は先程、セシルを二度とこの小屋に来させないよう説得するのに失敗した。

 しかもあろうことか、突き放すヴィクターに対するセシルの抵抗は、キスと──未遂には終わったが、その身体をヴィクターに捧げる、と言った内容だった。

 セシルのことは、常々何を考えているのかよく分からないと思っていたヴィクターだが、彼女の思い切りの良さと覚悟に完全に白旗を上げていた。


 ヴィクターが小屋に戻ろうと振り返ろうとしたところで、いつ来たのか、背後に人の気配がして再びため息を吐いた。


「……はぁ………何だ?覗きが趣味なのか?」

「…いや、さすがはクラリスの姉だなと思っただけだ…面白いものを見せてもらった。」


 ヴィクターの背後にいたのは、王都にいるはずの彼の弟、エドモンドだった。

 エドモンドの鮮やかなグリーンの長髪が、森の中でも一際目立つ。

 ヴィクターはそれを見て眩しそうに目を細めた。前世の記憶もあり、ヴィクターがどうしても気に触ってしまう髪色だ。


 エドモンドは、セシルとヴィクターのやりとりをいつから見ていたのか、一応真顔ではいるものの、面白がっている気が漏れ出ていて隠しきれていない。


「何をしに来た?今は、とても忙しい時期なんだろう?」



 エドモンドは、世界が魔法を取り戻した後、クラリスと共に、魔法の法の整備をすると言って王都に向かった。

 神の祝福により、二人が恩人であることは周知の事実だったので、すんなり受け入れられ、今は忙しい日々を送っているらしい。

 そんなエドモンドが、わざわざ王都から離れたエヴァーグレースに──しかも、犬猿の仲であるヴィクターの元に会いにくるなど、余程の用がなければ考えにくい。


 エドモンドは、ヴィクターの質問に静かに頷いた後、近くに寄った。


「左腕を出せ。」

「………………」



 ヴィクターの左腕──それは、エドモンドが作った魔力制御のブレスレットがはめられている方だ。


 ヴィクターは、特に理由を話さないエドモンドに、ムッとして視線を送り、腕は出さなかった。


「………………」

「………………」


 一瞬、二人の兄弟が睨み合う時間が生まれる。


 だがすぐに、エドモンドが、口を開いた。


「…お前なら、皆まで言わずとも分かるだろ?クラリスが言ったんだ。そろそろお前の手枷を外してやれって。」


 ヴィクターの予想通り、エドモンドが用があるのは、ヴィクターが左手に着けているブレスレットだった。

 だが、それを聞いて尚更、ヴィクターはその腕を自身の後ろに隠した。

 その行動を見て、エドモンドが眉をしかめる。


「…何おもちゃを取られる子供みたいな真似をしてるんだ。ご存知の通り、俺は忙しい中、わざわざ時間を作って来てるんだ。早く用件を済ませて帰らせてくれ。」

「………………」


 だが、それでもヴィクターは、頑なに左手を差し出さなかった。


 それを見たエドモンドが、苛立ちをあらわにする。


「…何を考えてるんだ?早くしろって言ってるだろ?外して欲しくないのか?」


 すると、ヴィクターは殆ど聞きとれないような小さな声で答えた。


「…あぁ…」

「………」


 エドモンドが、ヴィクターの返事に固まっている。


「………今…あぁって言ったか?」

「…あぁ。」

「………それって…ブレスレットを外すつもりがないってことであってるか?」


 ヴィクターの予想外の反応に、エドモンドは怪訝な顔をしている。


 それもそうだろう、今は魔法が取り戻された世界、3ヶ月が経ち、誰もが魔法を使って生活するのに慣れ始めた時期だ。

 魔力制御のブレスレットを外すと言ったら、ヴィクターは喜んですぐにでも差し出すと、エドモンドは当たり前に考えていた。予想外の彼の反応に、困惑が隠せないでいる。



「…一応、理由を聞かせてくれ。何故外したくないんだ?これまでお貴族様な暮らしをしてきたお前が、こんな森の中で魔法が使えなくても、不便じゃないのか?」

「………………」

「………あぁ…セシルが色々やってくれるから問題ないと?」

「……違う………とは言い切れないが…」



 確かに、エドモンドの指摘の通り、ヴィクターはそこそこ裕福な家で育ち、王の顧問に就き、使用人がいるのが当たり前の生活をしてきたのもあり、森での生活はかなり不便を感じている。

 そして、セシルがそんなヴィクターを見かねて色々手伝ってくれていることは事実なので、エドモンドの質問に否定しきれなかった。


 ヴィクターは、エドモンドが、理由を話さなければ引き下がりそうになさそうな雰囲気を感じ取り、観念して、素直に話すことにした。


「…セシルのことは関係ない…私が外したくないからだ。このままがいいんだ。」

「………………」


 エドモンドは、奇妙なものを見る目でヴィクターを凝視している。


「……お前のことは、昔から変な奴だと思ってたけど、今が一番変だと思ってる。」

「…───だ…」

「……は?」


 ヴィクターが何かを発したが、聞き取れなかったエドモンドが聞き返す。

 ヴィクターは少し迷った後、決心したようにもう一度口を開いた。


「…こうして枷がある方が落ち着くんだ。少し不便すぎるくらいの生活をしてる方が落ち着くんだ。」

「………なんだ…それ…」


 彼の答えが予想外だったエドモンドが、言葉に詰まっている。


「……何だか…まるで……不便な生活をすることで、罪を償ってるとでも言ってるみたいじゃないか。」

「………………」

「…お前…そんなことで、お前がしたことの罪が償えるとでも思ってるのか…?」


 エドモンドの言うことを肯定するように黙っているヴィクターに、エドモンドの身体から、怒りによる魔力が漏れ出し始めている。


 彼の中にあるのは、クラリスの前世であるアリシアのことだ。

 アリシアはカイン──前世のヴィクターにより殺された。

 既に今世でクラリスとエドモンドとして再会を果たし、恋人関係になってはいるものの、彼にはアリシアを失った悲しみで禁忌である"蘇生の魔法"に手を出した過去があり、それにより神の怒りを買い、神に命を奪われ、今世で"かつての恋人の仇の弟"として産まれる、という業を背負って生きているのだ。

 そんなことで罪の償いになると思っているヴィクターに、怒りが湧くのは尤もだろう。


 エドモンドがヴィクターに掴みかかる。


「……お前に分かるのか!?……俺がアリシアを失った悲しみを……腹に大きな穴が空いた恋人が、腕の中で冷たくなっていく苦しみをっ…そんなことで償えると思うなっ!今再会出来てるからいい!?そんな簡単に言うな……彼女がお前を赦すと言ったから、こうして情けをかけてやってるんだ!……お前なんか………お前なんかっ!…」

「……っ…」


 ヴィクターは、なんとか意識を保とうとはしているものの、膨大な魔力を持つエドモンドの魔力による威嚇で、意識を失いかけていた。

 一思いに言いたい言葉を並べたエドモンドがそのことに気がつき、掴んでいたヴィクターの胸ぐらを離して距離を取った。


「………分かった……お前がそう言うなら、ブレスレットはそのままにしておいてやる…」


 ヴィクターは、地面に手をつき倒れ込んでいる。

 だが、何とか気力を振り絞って、エドモンドの方を見上げた。


「………ごめん…」

「……っ…」


 ヴィクターが初めて口にした謝罪の言葉に、エドモンドは動揺した。

 ヴィクターは、エドモンドの反応を気にせずそのまま続けた。


「…こんなことで償えないのは分かってる…だが、他にどうすればいいのか分からないんだ……ごめん……私が間違っていた……」

「………………」


 エドモンドは、複雑な表情をして黙り込んでしまった。

 代わりに、先程まで無意識に漏れ出していた彼の魔力は収まったようだ。


 再び、二人の兄弟の間に沈黙が訪れる。

 二人が話をしている間に、気がつけば日は沈み始め、辺りはオレンジ色に染まっていた。



「……3日後には母上の命日だ…」


 そう言ったのは、エドモンドだった。


「…ここから、母上の墓がある王都の辺りまでは遠い…転移の魔法が使えなければ不便だろう、とクラリスが気を利かせてくれたんだ……最後にもう一度チャンスをやる………本当に外さなくていいのか?」


 ヴィクターは、ようやく落ち着いた脚に力を入れて立ち上がると、真っ直ぐにエドモンドの目を見て言った。


「……あぁ、本当にいいんだ。」


 しっかりとしたヴィクターの強い意志を感じ、エドモンドはそれ以上追求することをやめた。


「………母上の墓参りには行かないのか?」


 エドモンドはそう尋ねた。

 何だかんだ、色々あっても、ヴィクターは毎年母の命日の墓参りは欠かさずに行っていることを、エドモンドは知っていた。


 ヴィクターは、静かに答えた。


「行くさ…今の自分が使える方法で………だから今夜出発する…」

「…そのことをセシルには伝えているのか?ここ最近、セシルは毎日ここに顔を出してると聞いたぞ。」

「………………」


 ヴィクターは、そう問われて何も言わずに静かに視線を逸らした。

 だがその行動は、伝えていないことを示しているようなものだ。


「…まぁ…俺も、恋人の姉が仇と仲良くしているのはあまり嬉しくはない。どちらかと言えば上手くいかない方が嬉しいから、お前の好きにすればいい………じゃあな。」


 エドモンドがそう言ったかと思うと、ふわりと風が吹き抜け──一瞬にして、そこに彼の姿はなくなっていた。


 その場に一人残されたヴィクターは、静かに小屋に入って行った。そして、荷物をまとめて小屋を出ると、日はすっかり沈み、辺りは暗くなっていた。

 彼は一人、その暗くなった森から、遠く離れた母の墓に向けて出発した。


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