二人の未来と小さな火花
「…わぁ…ヴィー……とっても素敵だわ!」
いつものように小屋で食事を一緒にした後、ヴィクターとセシルは出来立ての工房に来た。
工房の扉を開いて中を見たセシルは、感慨の声を漏らす。
ヴィクターの得意な地の魔法を紡いで作り上げた工房は、こじんまりとしていながら落ち着いた雰囲気だ。
入り口部分は吹き抜けになっていて開放感があり、その吹き抜けに付けられた窓には、セシルが火の魔法を紡いで試行錯誤して作ったステンドグラスが嵌っている。昼間であればそこから色とりどりの鮮やかな光が差し込む。
工房の手前には受付用と商品を並べるカウンターがあり、奥には作業机と椅子がある。その隣の扉は化粧室になっている。
螺旋階段を登った小さな二階には、事務室兼休憩室を作った。
まだ石の加工用の道具も商品もないが、とても良い雰囲気だ。
「ヴィーがここで作業して…私はここでお客様の要望を聞いたり、商品をお包みしたりするの…」
セシルがカウンターに入り、未来の二人の姿を想像してそんなことを言った。
──セシルとここで築いていく未来……想像すると胸が温かくなる…
ヴィクターはセシルに近づくと、カウンタに―置かれた彼女の手に自身の手を重ねた。
「……ヴィー…?」
セシルの顔に影が落ちる。ヴィクターが彼女の額に優しくキスをした。
「あぁ…そうなったら嬉しい…」
ヴィクターは優しく微笑んだ。
「…じゃあ…近い将来ヴィーとえっちできるかしら?」
「………」
セシルは恥ずかしげもなくそんなことを言ってのけた。
ヴィクターは、驚きながらも少し眉を下げて笑った。
「…それは、まだもう少し先だな。」
「え…そうなの?」
「あぁ…色々とまだ足りないものがあるし……商品を作ったところで、商売が軌道に乗るかどうかわ分からない。」
ヴィクターは自身の立ち位置や、町の人にどう見られているかはよく理解していた。そんな彼が始めた工房、作った装飾品などなかなか受け入れられないであろうことも予想している。
それは、彼がこの町で職を得ることも難しいであろうと断念した理由だ。
だが、セシルはヴィクターの言葉を聞いても、その真意を理解していないのか明るく笑った。
「大丈夫よ。絶対ヴィーが作った物はみんなが欲しがるわ。こんな素敵な建物を作ってしまうくらいなんだもの。私が保証する。」
「………」
ヴィクターはまたしても、セシルの予想外の前向きな言葉に呆気にとられていた。
「…まだ私が作った装飾品も見ていないのにか?」
「…そうよ。分かるの。ヴィーみたいに心の底が優しい人が作るものは、絶対に素敵な物になるのよ。」
セシルはヴィクターに抱きついた。
──…セシルがそう言うと、本当にそんな気がしてきてしまう……本当に彼女はすごい…
ヴィクターもセシルを抱きしめ返し、出来上がったばかりの静かな工房の中で、二人はしばらくただ寄り添いあうだけの優しい時間を過ごした。
「セシル……暗くなる前にそろそろ帰った方がいい…」
「……えぇ…分かってるけど…離れがたいわ………ねぇヴィー…」
「…なんだ?」
「私も一緒に小屋に住んじゃダメ?」
「………」
ヴィクターの腕の中で、彼を見上げておねだりするセシルは可愛い。彼はそんなセシルに内心やられながら彼女の赤毛を撫でた。
「…それも”まだ”早い……私もいつかはセシルと寝起きを共にしたいと思っているが、それもこの仕事が軌道にのってからだ。」
セシルは不満げに口を尖らせる。
「…もう…ヴィーって本当に真面目…」
「…さ、今日から家まで送って行くから。」
「え!?本当に!?」
セシルの顔が一瞬にして笑顔になる。
二人は手を繋いで工房を出た。ヴィクターがセシルと手を繋ぐのとは反対の手で、空になったカゴを持っている。
夏が過ぎ日に日に日が落ちるのが早くなってきた。だが辛うじて、セシルが帰る夕方はまだ明るい。
もうすぐでラヴェル家に着くかという頃、セシルは角から出て来た長身男性にぶつかりそうになった所で、ヴィクターに手を引かれて助けられた。
ヴィクターの腕に抱き込まれ、セシルは何が起こったのかと確認する。
「…え…ジュリアン先生!?」
セシルにぶつかりそうになったのは、ハニーアッシュブロンドにスカイブルーの瞳に整った顔立ちを持つジュリアンだった。
──え!?渦中のジュリアン先生だわ!ヴィーの機嫌がまた悪くなってしまったらどうしようかしら!
ジュリアンの姿を確認した途端、ヴィクターはセシルを腕の中に隠すようにして睨んでいる。
ジュリアンの方も、一瞬ヴィクターに対して冷たい視線を送ったが、すぐに切り替えて何事もなかったかのように、いつもの穏やかな微笑みを作り出した。
「おや、セシルさんでしたか。こんばんは。」
セシルも、ヴィクターの腕からぴょこんと顔を出してジュリアンを見る。
「こんばんは。お疲れ様です。もしかして…父に用事ですか?」
時間からしておそらく仕事帰りなのであろう。セシルはジュリアンの家の方角が違ったと記憶しているので、彼の上司である父に用事があると考えた。
だがジュリアンは一瞬目を泳がせ、セシルの言葉を否定した。
「いえ、そういう訳ではないのです……セシルさんこちらをお忘れだったので…」
ジュリアンが差し出したのは、セシルが仕事の時に髪をまとめる為によく着けているバレッタだった。
「…あら…わざわざありがとうございます…」
セシルが受け取ろうと手を出そうとすると、それを阻止するようにヴィクターがバレッタを受け取った。
「…律儀なことだな…ジュリアン先生。礼を言おう。我が恋人の為に御足労頂き感謝する。」
「………」
ヴィクターは微笑みを浮かべているが、その瞳には確実にジュリアンに対する対抗心がメラメラと燃えている。
一見、二人とも微笑んで和やかな場面に見えるが、二人の間には静かに火花が散っていた。




