ビタースウィート
セシルの言葉を聞いたヴィクターの喉が、ごくりと鳴った。
「でも…もしヴィーがどうしても嫌って言うなら、別にいいのよ?…私は今から暑くて服を脱ぐだけよ…気にしないで?」
セシルはゆっくりとその手を胸元に伸ばすと、自身の着ているワンピースの胸元のボタンを一つずつ外してゆく。ヴィクターの目はセシルの細い指の動きに釘付けだ。白くて柔らかそうな肌が少しずつ露わになっていく。やがてセシルが手を放すと、ワンピースが衣擦れの音と共に落ちた。彼女の女性らしい丸みのあるラインを、ヴィクターの視線がなぞった。
「………………」
「…そんな見てるだけじゃなくて…触ってみてもいいのよ?」
セシルがヴィクターの手を誘うように取った──その瞬間、ヴィクターは膝の上のセシルを抱いて立ち上がった。
「…ふぇっ…」
唐突な行動に、自分で誘っておきながらセシルは目を見開いて驚いている。
そのままヴィクターは小屋の奥へと進んで行き、セシルをベッドに降ろした。彼女の顔に影が落ちる。
セシルが顔を上げると、ヴィクターの顔が至近距離にあった。彼の目には、先程までの熱に加えて深い闇のような色も滲ませている。ぞくりとしたものがセシルの背中に走るった。
「…ヴィ……ヴィー?」
「…セシル…何でそんな顔するんだ?…ちょっとくらい味見してもいいんだろ?」
ヴィクターは口の片端を吊り上げてニヤリと笑った。その仄暗い闇を滲ませた笑顔に、セシルのお腹の奥がきゅんと反応した。
──その顔…好き…
ヴィクターの唇がセシルのそれに触れた──かと思えば、最初から深くて貪るようなキスが始まった。ピリピリとしたような魔力を纏わせたヴィクターの指先が、撫でるようにセシルの肌の上を滑ってゆく。
──な…何これ……こんなの知らないっ…
その感覚にセシルが翻弄されているうちに、いつの間にか唇から離れたヴィクターの唇が、彼女の身体中に落ちてゆく。本当に触れるか触れないかの優しいものなのに「もっと欲しい──」と渇きを生み出すようだ。
その様子をつい目で追ってしまうセシルに、ヴィクターは時おり睨みつけるように鋭い視線を送る。その瞳と目が合ってしまえば、まるで肉食動物の前に晒されたか弱き小動物のように動けなくなる。
──ヴィーって……本気になったらこんなに色気が出せるの!?!?
いっ…色気の悪魔……だわ!
みるみるうちに真っ赤になってゆくセシルを見て、乱れた髪を掻き上げながらヴィクターが挑発するようにふっと笑った。
「……どうしたんだセシル?」
「……っ!」
──…なっ……何その悪い顔!……さっきまでとにかく優しくて、真面目な顔してたのに…
先程から、セシルの胸とお腹の奥がきゅ〜っと締め付けられっぱなしだ。
「…も……無理……味見はここまで……」
セシルは真っ赤になって降参した。
「…ふはっ…そうか…残念だな……もう少し味見したかったのに…」
ヴィクターは、そんなことを言って余裕そうに笑っているが、彼も理性ギリギリだ。はぁはぁと浅い息を吐いている。
──…少しお仕置きのつもりだったが……セシルがここで止めてくれなかったら、止められなかったかもしれないな…
ヴィクターはセシルから離れて立ち上がると、棚から一枚タオルのような布を出し、ベッドの上で惚けているセシルにかけた。
「…服を整えろ……私は、湖で頭を冷やしてくる…」
そう言ってヴィクターは、セシルを置いて小屋を離れた。
小屋を離れたヴィクターは、ついセシルの煽りに乗ってやり過ぎてしまった自分を悔いていた。
──セシル…どこまで私を試すつもりだ?…本当にやることが突拍子もなくて…それも全部可愛すぎて困る…
頭を冷やしてくると言ったのに、ヴィクターの頭に浮かぶのは、セシルのはだけだ素肌や柔らかい肌の感触だ。
熱を持った身体も全く治まる気配がない。
それを振り切るように、ヴィクターは頭を振って冷たい湖に頭を突っ込んだ。
暫くして、服を整えたセシルが小屋を出て湖に出てきた。
──湖で頭を冷やすって言ってたけど…この辺りにいるかしら?
そうして大きな木の幹から顔を出すと、少し離れた所にヴィクターの後ろ姿を見つけた。
「…ヴィー…」
そう声をかけようとした所で、セシルはヴィクターの様子がおかしいことに気がついて立ち止まった。
彼の肩は僅かに震え、息遣いが荒い。
「……セシル…」
その名前を呼ぶ色っぽいヴィクターの声に、落ち着きかけたセシルの熱がぶわっと甦る。
ヴィクターが、はぁはぁと荒い息を吐いて、浄化魔法を紡いでいる。
セシルはその一連の動きから目が離せなかった。
やがて、何かごそごそとしていたヴィクターが立ち上がって振り返る。そこに真っ赤になったセシルがいるのに気がつき、ヴィクターは項垂れた。
「………いつからそこにいた?」
真っ赤なセシルを見るに、おおよそ予想はついていたが、僅かな望みをかけてヴィクターはそう問いかける。
「…わ…私の名前を呼ぶ少し前…から?」
「………やっぱりか…」
「……そ…その…ヴィー…自分で…」
「………」
「…私のこと思い浮かべて?」
そう言って首を傾げるセシルの姿は、ヴィクターには凶器的に見えた。
鎮めたばかりの熱が再燃しそうで、小さく息を吐いた。
「…あぁ…そうだ…さっきの可愛いセシルを思い浮かべてな。」
ヴィクターがセシルに近づいて来て、その顎をすくった。
「…ふぁっ…」
その瞬間、セシルがぐらりと倒れかける。ヴィクターがすかさずその身体を慌てて抱えた。
「……どうした?」
「…あ…あれ…脚が…」
セシルは自分の力の入らない脚を見下ろして戸惑っているようだ。
それに気がついたヴィクターは、深くため息をついた。
──脚の力が抜けてしまったのか………可愛過ぎる…ダメだ…落ち着け……
「…はぁー………お前はどこまで私の理性を、試すんだ?」
そう言ってヴィクターは、セシルを抱き上げると小屋に運んで、セシルを膝に乗せたまま椅子に座った。
そして、何でもないように、先程飲みかけだったベリー酒の注がれたグラスに再び口をつけた。
「…ヴィー…重くないの?」
「…勝手に人の膝の上に乗ってきておいて、今更なんだ?しょうがないだろう、今のお姫様は自分で座れるかどうかも分からないからな。」
そうやって、ニヤリと笑うヴィクターは、ここ数ヶ月一緒にいた少し自信なさげで、優しいヴィクターとは別人のように見える。
セシルは、またしても真っ赤になっていた。
「ヴィー…そう言う違う一面持ってるのずるい…カッコイイ…」
セシルが小さな声で言うと、ヴィクターはわざとらしく驚いたような顔をして、セシルの耳に口を近づけた。
「…セシルのいつもの無邪気な少女の可愛らしさとは違う、その無自覚な蠱惑には、私も翻弄されてる…」
「………………!」
耳元で聞こえるヴィクターの低く甘い囁き声に、セシルのお腹の奥がうずき、慌てて耳を押さえた。
「…ヴィ……ヴィーったら!これじゃあ、私耳から妊娠しちゃうわ!」
「………………」
ヴィクターは、セシルの予想外の返しに瞳を瞬かせた後、すぐに吹き出した。
「…はっ…ははっ!…セシル……本当に君はっ……くく…読めない女だな…ははははっ…」
「………わ…私は本気なのよ!」
「そうか…では、私は耳から妊娠させることができる男なのか?」
「…そ…そうよ!すごく危険な男よ!」
「…そうか…くく…」
ヴィクターは堪えきれない、と目を細めてひとしきり笑った後、セシルに顔を近づけると額をつけて、至近距離でその目を見つめた。先程まで彼の瞳にあった重たい闇は消え、琥珀にも深緑にも見える瞳の奥が愛おしくてたまらないとでも言うように、優しく煌めいている。
「セシル……君のそういう可愛らしくて、予測出来ないものが飛び出してくるところも、好きだ…」
「……ヴィー…」
どちらからともなく、二人の影が重なる──再び始まったキスは、ほんのりベリー酒の味がした。




