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二人きりの始まり


 こじんまりとした静かな小屋に、夏らしい虫の声と、食事をする食事の音が響く。


 食事をするのは二人の男女だ。

 男の方は、無造作に軽く整えただけのブラウンの髪に、美形だが、つり目で一見怖く見える顔に、高身長で酷く痩せている。

 女の方は、男とは対照的に、ツヤツヤの腰まである燃えるような赤いウェーブヘアに、ふっくらとした頬や唇とレッドブラウンの丸っこい瞳の可愛らしい顔を持ち、小柄ながら健康的で女性らしい程よくふっくらとしている。



 いつも騒がしいセシルだが、改めてヴィクターと二人きりなことに緊張して、珍しく口数がかなり減っていた。

 ヴィクターも、そのことには気がついているが、自身も緊張しているし、何と言っていいのか分からず黙っていた。


 だが、先にそんな沈黙を破ったのはヴィクターだ。


「…セシル……君がそんなに口数が少ないと、何か落ち着かない。天変地異でも起こるのか?」

「て…天変地異って…私だって緊張することくらいあるわ。」

「セシルがか?」

「ちょっと!私のこと何だと思ってるの!?だって……ヴィ…ヴィーと"両思い"になって、初めての訪問なんだから!」

「………」


 "両思い"──その言葉に、ヴィクターが固まった。その様子を見て、今まで幸福そうに頬を染めていたセシルの顔が僅かに曇った。


「え…私たち想いが通じ合った…違うの?」


 セシルは不安になり、テーブルに身を乗り出してヴィクターの顔を覗き込んだ。

 ヴィクターは、そんなセシルのテーブルに置かれた手を優しく包み込むと、真剣な顔で彼女の顔を見つめた。


「…まだ、きちんと言ってなかったな…私はいつもセシルに大事なことを言わせてばかりで、恥ずかしいな…」

「………」


 どくん、どくん──と、セシルの心臓の音が静かな小屋に鳴り響くように感じながらも、ヴィクターの次の言葉を黙って待つ。その間、ほんの数秒のことだったが、セシルには途方もなく永い時間に思えた。


──ヴィーの私の手を包む優しい手……今日私を小屋に誘ってくれたこと…森の入り口まで迎えに来てくれたこと…期待してもいいのよね…?


 やがてセシルが固唾を飲んで見つめるヴィクターの唇が、ゆっくりと開いた。


「…私は……セシルのことが好きだ…」


 ヴィクターの琥珀にも深緑の陰のようにも見える神秘的な瞳が、きらりと煌めいた。その瞳には、喜びに頬を染めるセシルが映り込んでいる。ヴィクターの瞳に映り込むセシルは、今にも泣き出しそうだ。


「セシルの明るさや、一見無鉄砲に見える隠された優しさにいつも救われてる。」

「……ヴィー…」

「……私も…セシルの手を取ってもいいのだろうか?………幸せになってもいいのだろうか…?」


 セシルが、掴まれていたヴィクター手を振り解いた──かと思うと、ヴィクターが腰掛ける椅子の所まで、テーブルを回り込んだ。そのまま、いつかと同じく、流れるように彼の膝に座ると、彼の身体に腕を回した。


「そんなのいいに決まってるわ…むしろ、私が手を取って欲しいの……取ってくれないと泣いちゃうわ。」

「…あぁセシル………ありがとう……好きだ…」

「…私もヴィーのことが大好き…」


 二人は互いに、どちらともなく顔を近づけて唇を合わせた。ふわふわと何度か触れるだけのキスをして、セシルがたまらずそっと口を開く。

 それは、以前"医療行為"だからとヴィクターに拒否をされたキスだ。


──…ヴィーのもっともっと深いところに触れたい……またはしたないって怒られちゃうかしら…


 セシルがドキドキとそんなことを考えていたのは、ほんの一瞬のことだった──ヴィクターもセシルに答えてそっと、その口を開いた。


──ヴィーが受け入れてくれたわっ…!


 セシルは嬉しくなって開いた隙間からヴィクターを追いかける。

 だが入り込んだ瞬間、罠を張って待ち構えていたように、ヴィクターが絡みついた。


「……んぅっ…」


 セシルの指が、何かを求めるようにヴィクターのシャツの上を滑る。ヴィクターもまた、セシルともっと近づきたいと現すように、背に回す腕に力を込めた。

 呼吸が混ざり、互いの体温が伝わる。セシルの頬が赤く染まって、胸が上下に小さく揺れた。


「……ヴィー……」


 何度離れようとしても、すぐに互いに引き寄せられるように身を任せてどれくらいの時間が経っただろうか──離れ難くも、ようやく離れた時には、二人とも息が上がり、互いに見つめ合う瞳の中には、確かに燃えるような熱があるのが分かる。


「…セシル…」


 いつもより低い、甘みを帯びたヴィクターの声がセシルの耳をくすぐり、彼女の背中が震えた。


「……何?」


 とろんとした潤んだ瞳でセシルがヴィクターを見つめ返す。

 その時、ヴィクターの膝の上に乗ったままのセシルは、あることに気がついた。


──……これって…!………ヴィーが…私に反応してくれてる…!

ちゃんとヴィーにとって私が対象になるってことよね!嬉しい!


 セシルは飛び上がりたいほど嬉しい気持ちを抑えて、再び唇を寄せながら、ヴィクターを刺激するように太ももを揺らした。

 ヴィクターはビクリと震えて、セシルの肩を掴むと、少しだけ身体を離して距離を取った。

 出来上がった二人の間の少しの隙間に寂しさを感じて、セシルが懇願するように見つめる。


「ヴィー…なんで…?」


 ヴィクターは、ほんのり顔を染めながらも、眉間にしわを寄せ、小さく息を吐いて言った。


「……ここまでにしよう…」

「………え…」


 お互いに成人済みの想いの通じ合った恋人同士、このまま当たり前に次に進むものだと思っていたセシルは、ヴィクターの言葉に動揺が隠せないでいる。


「…なんで?…ヴィー私のこと好きって言ってくれたのに?……しかも、ヴィーのここだって反応してるのに…」

「…セ…セシル!」


 そう言いながら、躊躇なくヴィクターの身体に手を伸ばすセシルの手を彼は制止した。


「…む〜……なんで…しないの?」


 少し頬を膨らませて拗ねたように懇願するセシルの可愛さに、ヴィクターの決心が揺らぐ。

 だが彼は頭を振ると、もう一度真っ直ぐにセシルの目を見た。


「…先程も言ったように、セシルのことを大事にしたいんだ………もちろん、私だってもっとセシルに近づきたいと思ってる……だが、今の私にその資格はないんだ…」

「……ヴィーが私のことを大事に思ってくれるのは嬉しいわ…けど、資格って何よ?この期に及んでまだ私にはふさわしくないって言うの?」


 大事なら尚更この気持ちに応えてと、セシルが少し怒ったように眉を寄せた。


「…違う…確かに、セシルは私には勿体ないほどの素晴らしい女性だ。…だが……」


 ヴィクターは、言いづらそうに言い淀んでいる。

 だが、すぐに決心して口を開いた。


「…こんなことを言うのは格好悪いが………私は今、仕事に就いていないだろう…」

「へ…」


 思っても見なかったヴィクターの答えに、思わずセシルから間抜けな声が漏れる。


「…そういう行為をするってことは……万が一ってこともある………今の私では、その万が一が起きてもきちんと責任が取れない。そんな状態で、セシルのことを抱きたくないんだ。」


 ヴィクターは、真っ直ぐと真剣な眼差しでセシルを見つめている。


 ヴィクターが言うように、彼は今、王の顧問を辞め、何の仕事もしていない状態だ。今は仕事をしていた間の貯蓄を崩している。

 尤も、食事もあまり摂らないし、その食事もセシルに頼ってしまっているところがあるので、あまりお金を使うことはない。よって、今すぐに困るようなことはないが、セシルの隣にいると決めたのなら仕事をすべきだと、重過ぎるくらい真剣に二人の未来を考えているのだ。



「分かってくれるか?」


──ヴィーが言うことは正しいし、意味は分かるけど…


「………ヴィーって…本当に、こんな魔力制限をかけられるほど悪いことした人なの?って疑わしいくらいに真面目よね…」

「……そこを突かれると痛いのだが…」


 ヴィクターが、気まずそうに視線を泳がせた。

 だが、彼の決意を聞いたセシルの胸は、きゅ〜っと締めつけられている。


「ヴィーの本気が伝わったわ…そんなに真剣に考えてくれているなんて嬉しい…ヴィーが愛しくてたまらないわ…」

「………」


 セシルはそう言いながらヴィクターに抱きつくと、彼の耳元で囁いた。


「…でも、ちょっとくらい強引なヴィーも好きって思ってたのに、残念…」

「………」


 セシルの手がヴィクターの身体をあちこち撫でている。


「…こら…セシル…」


 ヴィクターが、再びそんなセシルを咎めようと身体を離すが、彼女はそんなヴィクターを見て、悪戯に微笑んだ。


「…ちょっとだけいいでしょ?…ヴィーはお泊まりの3日間もいっぱい我慢してたんだから、少しくらい味見しても罰は当たらないわ。」


 二人きりの静かな小屋の中に、セシルの甘い誘惑の言葉が響いた。


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