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心が通じて初めての訪問


 明るい日の光が差し込むキッチンに、可愛らしい鼻歌が響く。上機嫌なセシルが得意の火の魔法を使いこなして手早く調理をし、出来上がったものを次々に詰めていく。

 そこに現れたのは母のマルグリッドだ。


「あら、今日はずいぶん機嫌がいいのね。そのまま空まで飛んで行っちゃいそう。」

「えへへ、だって、昨日ようやくヴィーが小屋へ来て欲しいって言ってくれたのよ?気合いが入っちゃうわ!」

「そう…良かったわね。」


 マルグリッドの目が優しく細められた。そして、あることに気がついた。


「あら?ベリー酒、減ってると思ったらセシルが持って行ってたのね。」


 マルグリッドの視線の先にあるのは、カゴに入れられた深紅の液体が入った瓶だ。マルグリッドに指摘されて、セシルはその瓶を掴みあげると、更に嬉しそう頬を緩ませた。


「えへへ、いいでしょ?今日はお祝い!」

「お祝いねぇ…それは別にいいけれど…セシルはあまりお酒が強くないでしょう?ほどほどにしなさいね?」

「もちろんよ、分かってるわ。」


──あぁ…前回私が酔った時の机に押し倒してきたヴィー、カッコよかったなぁ…


 セシルはそんなことを考えながら支度を終えると家を出た。


「じゃあ、行ってくるわね!」





 昨日は、セシルの兄であるティエリーがきっかけで、ヴィクターの抱える罪をセシルに打ち明けることになった。

 セシルのヴィクターに対する態度から、おおよそ予想はついていたが、やはりセシルは具体的に"ヴィクターが何をしたのか"ということを知らないようだった。

 だが、セシルはそれらの罪を「なんてことはない」と笑って追いやった。


──セシルには不思議なくらいにどんなことに対しても偏見がない…

周りがそれを何と評価しようとも、彼女の澄んだレッドブラウンの瞳は"自分が見たものが全てだ"と語っているようだ…


 セシルは一見、世間知らずで、夢みがちで、頭の中がお花畑な少女のように見えるが、彼女と時間を共にしていくと、その振る舞いの裏で"物事の本質"を真っ直ぐ見つめているのが分かってくる。


──前世でも今世でも…その一端は自分に責任があることは分かってはいるが、人々から私に向けられる視線や感情は"嫌悪"と"恐怖"だ…


 だがセシルは最初から違った。


『この人はどんな人?』

『何でこんな顔をしているの?』


 ──と、ヴィクターそのものを好奇心を持って、0から吟味しているようだった。

 そして全てを知っても尚、そのままそれら全てを包み込むように、受け入れてくれたのだ。


 ずっと肩に乗っていたものが、セシルのお陰で少しだけ軽くなったような気がした。


 そうして数日ぶりに戻って来た小屋は、いつもりより静かで寂しく感じた。なんせ常に周りを明るく照らす太陽のようなセシルとずっと一緒にいる生活をしていたのだ。そう感じるのは当然だろう。

 ヴィクターは椅子に腰掛け、事前にセシルが「夜はこれを食べてね」と渡してくれていたサンドウィッチを頬張る。そのサンドウィッチはセシルが作ってくれたものではない。帰りの道中で購入したものだが、彼女と過ごした時間のぬくもりを感じて美味しく食べられた。


 食事を終えると、少しだけ部屋を片付けて、ベッドに横になった。

 この小屋に住み始めて以来、ずっと寝付きの悪い生活をしてたのだが、意図せずセシルとベッドを共にすることになってみて、彼女が隣にいるとよく眠れることに気がついた。

 セシルの体温が高く温かいからかもしれないが、それ以上に、彼女の隣にいると不思議と落ち着くのだ。


──またセシルを抱きしめながら眠る機会が欲しい…


 そんなことを考えながら、ヴィクターは数日ぶりに一人で眠りについた。




 そして今日だ。

 昨日、初めて自分からセシルを小屋に誘った。セシルはどんな顔で現れるだろうか、と想像しながら森の入り口に向かった。

 昨日、セシルの家から小屋までの道のりを初めて歩いて、その距離に驚いていた。


──セシルは毎日、こんな距離を一人で往復して…


 それを知ったら、今までとは違う意味で、簡単に小屋に来て欲しいとは言えないと思った。




 ヴィクターが森の入り口について暫くすると、遠くに恋しくて仕方がなかった特徴的な赤毛が見えた。

 ヴィクターの姿を確認すると、セシルは駆け出した。


「ヴィー!?本当に来てくれたの!?」


 森の入り口にヴィクターの姿を見つけて、セシルは駆け寄りそのまま飛びついた。


「あぁ…セシル…来てくれて、ありがとう。」


 ヴィクターは、抱きついたセシルの背中に、そうするのが当たり前のように腕を回した。

 そして、セシルが持っているカゴを、自然とその手から受け取った。軽く持ってみたその重さに驚く。


「すごい重さだな。いつもこんなに重いものを?」

「へへ、今日は嬉しくて気合い入れすぎちゃった!ベリー酒も持ってきたの!」

「………」


 "ベリー酒"と聞いた瞬間、ヴィクターの表情が僅かに曇る。


「まさか、飲むつもりなのか?」

「え?ダメ?だって今日は記念すべきお祝いの日じゃない!」

「…何のだ?」

「そんなの!決まってるじゃない!『ヴィーが初めて小屋に誘ってくれた日』よ!」

「………」


 セシルはヴィクターの手を引きながら、小屋に向かって歩き始めた。


──セシルが今まで、どんな気持ちで通ってくれていたのか……その気持ちを無下にするように、酷い態度も何度もとったというのに……そんなに喜んでくれるんだな…

 何故こんなにもいい子が、私を見つけ、側にいたいと思ってくれるのか…

 セシルのことを大切にしなきゃいけない………いや、大切にしたい。



 二人とも黙って歩いていたが、暫くしてヴィクターが口を開いた。


「セシル…」

「ん?なぁに?」

「…セシルはあまり酒が得意じゃないだろう?」

「えぇ、そうだけど?」

「…今日はあまり飲まないで欲しい。」

「え?何で?」


 セシルはピタッと足を止め、ヴィクターを見上げる。

 二人で楽しい気分になれたらいいなと考えて持ってきたのだ。そこにちょっとだけ「また押し倒してくれないかな」と言う下心も含まれているが、ヴィクターの拒否反応に不満が隠せないでいる。


 するとヴィクターは、少し頬を染めながらセシルを真っ直ぐ見つめて言った。


「…今日は、そのままのセシルと向き合いたいんだ…」

「…ヴィー…」


 セシルのレッドブラウンの瞳が、感動にゆらめく。

 そして、少し頬を染めて、セシルがもじもじしながら言った。


「じゃあ…やめておくわ……またお酒を飲んだヴィーに、ちょっと強引に迫られたいなんて……ちょっと思ったけど…」

「………………」


ヴィクターは、セシルの言葉に絶句している。


「…そうだった…セシルってこういうところがあるんだった…」

「え?ダメ?はしたないって思う?」


 セシルは首を傾げて、ヴィクターを見上げた。

 ヴィクターは目を細めて、手を繋いでいない方の手でセシルのつやつやの赤毛を優しく撫でた。


「…いや……セシルのそういうところも嫌いじゃないから困っている………だが、そう言う話はもう少し先にしよう…」

「………」


 セシルはキラキラとした瞳でヴィクターを見つめる。


──それって…やっぱり私のこと嫌な訳じゃないってことよね…

 私からもっと迫っても嫌じゃないってことよね!?


 セシルが小悪魔的な思考を繰り広げているのも知らず、今度はヴィクターがセシルの手を引いて歩き始めた。

 二人共ドキドキしながら歩いていると、あっという間に小屋に着いた。


──なんだか…いつものことなのに、この小屋に二人きりなのに、緊張してしまうわ…


 セシルがそんなことを考えている。

 だが、それはヴィクターも同じだった。


──今更ながら…こんな静かな森の小屋に、セシル二人きり…緊張するな…


 そんな風に、互いに内心ドキドキしている二人を、大きな木の隙間から落ちる木漏れ日が照らしている。


 広大なエヴァーグレースの森の中にある、湖の近くに建てられた小ぢんまりとした小屋。

 その扉が、静かに閉まった。


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