明かされる真実
キャサリンのお墓参りを無事に済ませた後、セシルとヴィクターは、ゆっくりと時間をかけてエヴァーグレースに帰って来た。
「はぁ…着いちゃったわね…」
「………」
傾き始めた日が、ラヴェル家の近くに立ちつくす二人を照らしている。
普段、ヴィクターがセシルの家に来ることも、周辺に姿を現すこともない。セシルが一人でエヴァーグレースの森の奥の小屋までヴィクターに会いに行き、セシル一人で帰ってくる。それは、今までセシルが"勝手に"ヴィクターのところに押しかけていたからだ。
だが今日は、エヴァーグレースの森の奥までわざわざ来てもらうのは悪いから、とヴィクターが断ったので、代わりに街に近いセシルの家へ立ち寄る形になった。
この時期の空はこの時間でもそこそこ明るいが、ヴィクターはいつものようにセシルを小屋まで付き添わせて、こんな時間から森の中を一人で歩かせて返したくはなかった。
──…ダメだ……この3日程、ずっと共にいたせいで、名残惜しくなるなんて…
ヴィクターは俯いてなかなか別れを切り出せずにいた。
ちなみに、二人が共に過ごした3日のうちの帰路の2日は、セシルの火の鳥に乗せてもらったり、二人で歩いたり、途中馬車に乗ったりした。
合間に泊まった宿では、セシルが「置いていかれるのが不安なの!」と断固として別の部屋に泊まることを拒否し、二人で同室に泊まることになった。
もちろん、二人の間には何もない。セシルは、何度も色んな手を使って迫ってくるので危うかったが、ヴィクターはその誘惑になんとか耐え切った。
──彼女の隣に立つ勇気はない…こんな気持ちで、彼女と関係を持ったらダメだ…
だが、この3日で二人の心の距離は、以前より少しだけ近づいていた。
すると、セシルがぽつりと溢した。
「……まだ、離れたくないわ…」
ヴィクターは、ハッとして目を見開くいてセシルの方を見た。彼女のヴィクターを見上げるレッドブラウンの瞳が、僅かに潤んできらきらと輝いている。
──彼女も同じ気持ちなんだ…
セシルの気持ちを知ったヴィクターの心に、じんわりと温かいものが広がった。
──彼女の隣は、温かい暖炉の火のようで、とても心地がいい…
二人は、暫く何も言わずに互いを見つめ合っていた。
そうしてどれくらいの時が経っただろうか。二人の間に流れる甘い空気を打ち破ったのは、仕事から帰宅したルノーとティエリーだった。
「…セシル……お前…ここ数日どこに行ってたのかと思えば……まさかそいつとずっと一緒にいたのか!?」
二人の姿を確認したティエリーが、セシルに駆け寄ってくる。
セシルは一応、母のマルグリッドには、家を空けて数日帰れないかもしれないことを伝えていたのだが、マルグリッドはティエリーがこうなることを予想して、あえて黙っていた。
セシルはヴィクターを庇うように前に出た。
「ちょっと、兄さん突然何なの!?そうよ!彼とずっと一緒にいたわ!何が悪いの?私はもう18よ!誰と外泊しようと、咎められる言われはないわ!」
「……なっ…まともな男だったら俺だって何も言わないさ!」
「まともな男って何よ!彼がまともじゃないって言うの!?」
「どう考えてもまともじゃないだろう!?……セシル…まさか、お前何も知らないのか?」
「…知らないって何よ…」
ティエリーのいつになく真剣な表情に、流石のセシルも動揺を隠せない。
そして、彼から伝えられた内容に、セシルは自分の耳を疑った。
「こいつはロザリーに暴力を振るったり、クラリスを攫って脅したりしてる奴だぞ!」
"ロザリーに暴力"、"クラリスを脅した"──セシルが初めて聞く話だった。
セシルにとって、クラリスのことは当たり前に大切な妹だ。そしてロザリーも幼い頃からよく知る、本当の妹とそう変わらない大切な存在だ。
セシルの心臓が、どくんどくんと大きな音を立てて周囲の音が遠のく。時間がゆっくりと流れている──そんな感覚に陥った。
町中の『金髪の女性』に招集をかけた日。ヴィクターは「恐ろしい魔女を探している」と集まった人々に魔女の話を誇張して伝えた。
すると、怯えたある一人の女性が「美人で人当たりの良い、出来すぎたロザリーが怪しい」と言い始めたのだ。
たった一人の一言から始まり、次々に皆が怪しいと言い始め、ロザリーに対する疑いの目は、まるで火がついたように一瞬にして広まった。
ヴィクターは、その「ロザリーという者を連れて来い」と命じた。
だが、彼の前に引き摺り出されたロザリーは、クラリスを庇う為に何も答えなかった。ヴィクターはそんなロザリーの頬を大勢の聴衆の前で叩いた。それも一度や二度ならず、何度も、何度も。
更に、それを見兼ねた青年騎士リュカが、ロザリーを庇って前に出たのだが、ヴィクターは他の騎士に彼を抑えさせ、彼に暴行を働いたのだ。
ヴィクターがそんな過激な行動を取ったのも、彼の計算のうちだ。そのうち罪のない人々が痛めつけられているのを見れば、慈悲深い魔女が助けに出てくる。魔女を炙り出す為の罠だった。
結果として、ヴィクターの狙い通り、クラリスは魔女としてそこに姿を現した。
セシルは赤髪だ。"金髪の女性"という招集の対象外だった為、幸か不幸かその場に居合わせなかった。しかも、誰もがあえて彼女にそのことを話さなかった。
心優しく、行動力のあるセシルのことだ──そんな話を聞けば心を乱し、自らを犠牲にしてでも飛び出して行ってしまうことを懸念していたのだ。
──ヴィーは、いつも私に優しくて…とても弱々しくて………そんな彼が…暴力…?
セシルが、静かにヴィクターの顔を見る──その瞬間、彼はセシルから目を逸らした。
──セシルは知らなかったんだな…それはそうか……私がそんなことをする人間だと知っていたら、あんなに無邪気に私の懐に入って来れないはずだ…
そんなヴィクターの態度を見て、ティエリーはセシルの手を引くと、ヴィクターから引き剥がした。
「………目が覚めただろ…こいつはそういう奴なんだ。セシルの隣にいるべきじゃない。今ならまだ間に合う、こいつとは縁を切れ。」
「…ヴィー…今の話って本当なの…?」
セシルが恐る恐るといった感じで、ヴィクターに問いかける。
──ショックではなかったと言えば嘘になる……だけど…
ヴィクターは逡巡した後、目も合わさずに静かに口を開いた。
「…あぁ……彼の言った通りだ。」
「………っ…」
「だから、言っただろう。君の側に私のような者がいるべきではないと。」
そう言い放ったヴィクターの表情は、セシルの目に、今にも泣き出しそうに見えた。
──…ダメ!…ここで私が彼の手を放したら、彼はもう一生誰のことも信じられなくなってしまうわ!
セシルは掴まれていたティエリーの手を振り払うと、ヴィクターに抱きついた。
ヴィクターもまさかセシルが自身を取るとは思わなかったのだろう。驚きに目を見開いている。
「………」
「……ちょっ…セシル!」
ティエリーがすぐにセシルを取り戻そうとするが、ここまでを静かに見ていたルノーが肩を掴んで止めた。静かに首を振っている。
セシルはヴィクターの痩せ細って硬い身体を、強く抱きしめた。
「…ヴィーはそのことを、強く悔いてる……それに…ヴィーがそんなことをしなくてはならなかった…その原因があるはずよ!」
セシルの言葉にハッとしたように、ティエリーも目を見開き、静かに耳を傾けている。
「私は…ヴィーが本当は優しいのを知ってるわ……そんな人がそこまでしなきゃいけなかったこと…彼の置かれた境遇…確かにそれはよく知らないけど……でもヴィーが自らの行いで、彼自身が傷ついてるのが私には分かる…それにね……」
セシルがヴィクターの頬に手を伸ばし、真っ直ぐと彼の目を見つめる。
「………ヴィ…」
「待ってくれセシル…」
口を開きかけたセシルをヴィクターが止めた。彼は覚悟を決めた顔だが、その身体が震えていることに、セシルは気がついた。
「実は私の罪はそれだけじゃない…」
「…え……?」
「君はこれを聞いたら、流石に私のことを赦すことなど出来ないだろう…」
「……何を「私は前世で、君の大切な妹であるクラリスを、この手で殺した。」
「「「……っ…」」」
セシルはもちろん、ティエリーとルノーも驚きに目を見開いている。
再び、その場に重たい沈黙が訪れた──。




