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心を溶かす温かい火


「──兄さん!いい加減にして!」

「何を?」

「とぼけないで!私知ってるんだから、兄さんがわざと私を足止めしてるって!」


 セシルが2回目に小屋を訪問してから、早5日。

 彼女は、兄のティエリーと喧嘩していた。

 原因は、ティエリーが色々理由をつけてセシルに仕事を押し付けていることだった。


「…そんなにあいつの所に行きたいのか?」


 ティエリーは、セシルがヴィクターの所に行くことが気に食わず、再びセシルが小屋に訪問したことを知ると激怒していた。


「そうよ!私が行かなきゃ…」

「なんで、お前が行かなきゃいけないんだ?なんかメリットがあるのか?あんなやつと、森の中の小屋で二人きり…危ないと思わないのか?」

「何が危ないの!?」


 まだたったの2回しか訪問していないが、ヴィクターは、セシルが接した限りでは、そんなに危険人物だと思えなかった。

 むしろ、誰かが守ってあげなければならない──そんな、危うさを感じていた。


「分かるだろ?………まさか…セシルあいつともうヤッたのか?」

「…なっ!」


 想像もしていたなかった斜め方向のティエリーの心配に、意図せずセシルの顔が赤くなる。

 それを見たティエリーの顔が、一層険しくなった。


「ダメだ!セシルは優しいから、奴につけ入れられてるんだ!」

「…そんなことないわ!それに、彼との間に何もないわ!兄さん勝手に勘違いしないで!」

「…じゃあ、最近来たジュリアンのことはどうなんだよ?あいつ思い切りセシルのタイプど真ん中だろ?なのに全く騒がないじゃないか。」



 ジュリアン・アルヴェール、それは、最近セシルたちの父ルノーが勤める学校に来た新任教師だ。

 彼はアッシュハニーブロンドの髪に、スカイブルーの瞳、高身長、左右対称の整った美しい顔を持つ、まさに王子様といった見た目だ。しかも、出身が王都と言う、文句なしにセシルのドストライクをついている。


 だが、普段のセシルであれば「カッコイイ〜!まさに運命だわ〜!」と言い始めるであろうところ、全くその片鱗を見せていない。



「お前、最近変だぞ。」

「………」


 ティエリーにそう指摘されて、セシルも自分が全く彼にときめいていなかったことに初めて気がついた。


──確かに…私どうしちゃったのかしら…まさか…


「私、何にもときめかなくなっちゃったの!?いや!このまま枯れていくなんて嫌よ!………」


 そう言った所で、セシルの頭には、先日ヴィクターに手を握られた時のことが浮かぶ。


──あの時…彼の手が大きいことに、ときめいたわ……それに…もっと触って欲しいなんて思ってしまった……私ったら…


 突然黙って顔を赤らめているセシルを見て、ティエリーは更に眉をひそめた。


「…セシル…まさか、あいつに本気とか言うんじゃないよな?」

「……え…」


──彼に本気………そんな…私、別にそんなつもりは……


 セシルの頭の中には、薄暗い狭い小屋の中で、何をする訳でもなく椅子に座っているヴィクターの姿が浮かぶ。


──とても寂しそうで…悲しそうで…だけど、自らの意思でそこに留まって…


 そう思ったら、やはり居ても立っても居られなかった。


「兄さん、本当に、彼は今一人にはできないの…私が側にいてあげたいの…」

「…セシル…」


 セシルはティエリーに背を向けて駆け出した。

 職場である学校から慌てて帰宅すると、慌てて家にある食べ物をかき集めてカゴに詰め込む。

 そして、すぐにエヴァーグレースの小屋に駆け出した。





 小屋に突然、クラリスの姉、セシルが来た。


 もしこの小屋に誰かが来ることがあっても、クラリスかエドモンドくらいがたまに様子を見にくるくらいだろう、と思っていた。


 何故来たのか、何をしに来たのか?

 お節介な雰囲気のクラリスだ。自分が忙しいから姉に頼んだのかもしれない。


 クラリスは、騒々しくて、こんな私を"赦す"変な奴だ。

 だがクラリスの姉は、クラリスよりも頭のネジが一本外れているようだった。


 クラリスは"赦す"とは言ってくれたが、自分がしたこと、罪を思うと、自分なんかが楽しんで生きていることがいけない気がして、食事も最低限にしていた。

 だから、彼女が持って来た食事を断ったのだが、毒が入ってることを私が疑っていると思ったらしい。

 突然、カゴから手掴みで取り出したキッシュを食べ始めた。しかも、一口のみならず、一切れ全部平らげてしまった。


 あまりにも美味しそうに食べる彼女の姿にそそられて、すぐに灰にしてしまおうと思ったキッシュを一口齧ってみた。

 そのキッシュは──とても美味しかった。今まで食べたどんな豪華な食べ物よりも、美味しく感じた。


 だが、美味しいと感じる自分に罪悪感が込み上げて、感情のままに、全て暖炉に投げ入れ燃やしてしまった。


 あんなに沢山食べ物を用意してここまで来たのに、あんな頑なに冷たい態度をとったのだ。

 もう二度と来ないだろう──そう思っていた。

 なのに、彼女はまたやって来た。

 しかも、当たり前のように、ノックもせず入って来た。


 そして彼女は、突然人の家を捜索し始め、小屋にある食料を見てショックを受け、スープを温め始めた。

 正直、その匂いにとても惹かれた。

 温かい食べ物が久しぶりだったのもあるのかもしれないが、一口食べた瞬間、胸の中に何か温かいものが湧き上がってきて、全て完食してしまった。


 つい握ってしまった彼女の手は温かく、自分よりもとても小さかった。


──この優しい料理を作った手…


 うっかり動揺してしまったのは、人と関わらない生活をしているからだ。


 そして彼女は、前回と同様、沢山の食べ物の詰まったカゴを置いて帰って行った。

 彼女が持ってきたものはどれも手が込んでいるように見えて、代わりに何が目的なのかと少し疑ってしまう程だ。


 それでも、彼女は「また来る」と言っていた。

 そのせいか、彼女がまた突然扉を開けて入って来るんじゃないかと期待をしてしまっている自分がいる。ちょっとした風の立てる物音に、ふと顔を上げて扉を見てしまう。

 自分には、そんな情けをかけてもらう価値も資格もないのに──。


 ──ガタン


 また風の音がした。


──もう彼女は来ない。


 そう思うのに、期待してしまう。

 3回目があるのを──。

 うるさすぎるくらいの彼女が、この小屋を眩しく照らしてくれるのを──。


 薄暗い小屋の中に一筋の光が差し込む──光の発生源は、情熱の火のように熱い彼女だ。


「……はぁ…はぁ……ごめんなさいね……遅くなっちゃったわ…」


 小屋に入って来た彼女は、額に汗を滲ませて、火のように赤い髪を振り乱しながら、明るく笑った。


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