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少しだけ溶ける心


──またすぐにでも、何か持って行ってあげましょう…


 そう決心して、セシルは家に帰った。


 だが、次にセシルが小屋を訪問できたのは、それから1週間後のことだった。

 父の仕事場に新任の教師が来て、その手伝いが忙しく、時間が取れなかったのだ。


 実は、セシルがヴィクターが住んでいる小屋に食事を届けたことを、彼女本人から聞いたティエリーが、再び訪問できないようそう仕組んだのだが、セシルはそのことを知らない。兄なりの妹を思って行動だった。





「…こんにちわ~…あ…よかった…いらしたのね!間が開いてしまってごめんなさいね。ちょっと思ったより父の手伝いが忙しくて…」

「………」


 まだ2回目の訪問だと言うのに、今度はノックもせずに入って来たセシルに、ヴィクターは絶句していた。


「…この間のお料理はお口に合ったかしら?結局は好みなどは確認出来なかったので、また色々持ってきたのだけど…あぁ、中身綺麗になくなってる!美味しかった…」


 そう言って、ヴィクターの姿を見たセシルは固まった。


──彼…1週間前に見た時より…なんか……


 1週間ぶりに会ったヴィクターは、前回会った時よりも陰鬱な雰囲気が増し、元々シャープだったフェイスラインはさらに細く──と言うよりは、"こけた"と表現するのが正しいかもしれない。


「あの…こんなことを聞くのはお節介なのは重々承知しているのだけれど、普段はどんな食事を摂っていらっしゃるの?………私がこの間持ってきたお料理は食べてくれたのよね…?」

「………………」


 セシルはそう質問したが、ヴィクターは目を逸らすと、何も答えずに黙っている。


──彼……絶対食べてないんだわ……きっと私が持ってきたものだけでなく、殆ど食べてないんだわ…


 セシルは確信した。


「………」

「……おい、何を始めた。」


 突然セシルが小屋の中にある棚や、箱の中を開けて探り出したので、ヴィクターが咎める。


「何よ…これ…」


 セシルが棚の奥で見つけたのは、硬そうな干し肉、硬くなった黒パン、干し野菜にカチカチになったチーズだ。


「…勝手に人の家にノックもせず入って来て、家荒らしか?よく躾けられたお嬢さんだな。」


 いつの間にか、棚の前で立ち尽くしているセシルの背後にヴィクターが来ていた。

 セシルは、勢いよく彼の方を振り返った。


「…あなた……死のうとしてるの?」


 あまりにも直球な質問に、またしてもヴィクターは一瞬驚いた顔をしていた。

 だが、すぐに持ち直して口を開いた。


「…本当にお節介だな…」


 セシルに背を向けて、再び椅子に戻ろうとしたヴィクターの腕を彼女は掴んだ。

 その手首の細さに、セシルの背中にぞくりとしたものが背筋を流れた感覚がして、怖くなった。


「…答えて…」

「………死ぬことは許されない………死なない程度に食べてる…」

「………………」


 "死ぬことは許されない"──その言葉が、彼の肩にずっしりと重く乗っているのだと感じて、セシルの胸はギュッと締め付けられた。


 セシルは、何も言わずに掴んでいた彼の腕を放し、持って来たカゴの中から食べ物を取り出すと、小屋にあった鍋を使って調理を始めた。

 今日は、野菜を煮込んだスープを持ってきていたので、それを温め直す。そこに、セシルが持って来た少し硬くなってしまったパンをちぎって落とした。


 その火力源は、セシルの火の魔法だ。

 セシルは、魔法を取り戻してから、こうして日々少しずつ色々と使い方を試して、魔力の調節も上手くなってきた。

 食べる事と調理が好きなセシルにとって、火の魔法はとても便利なもので、重宝していた。


 スープが温まってくると、小屋の中に食欲をそそるいい匂いが漂い始める。セシルは、その匂いを嗅いでうっとりしていた。

 もう加熱はもう充分だと判断して、小屋にあった深めのお皿に、スープを注いだ。

 そして、最期の仕上げに、これを食べたヴィクターが元気になるよう祈りを込めて、胸の前に手でハートサインを作り、胸から押し出す動きをしながらスープに魔法を落とした。


 ヴィクターは、その様子を怪訝な顔をしながらも黙って見ている。


「…こんなものばかりだったら、いきなり重たいものは身体がビックリしちゃうと思って…これならパンも柔らかいし、身体も温まるわ…あなた、手が冷たいもの…それにね、元気になるおまじないもかけたのよ?」

「………」


 ヴィクターの目の前に皿とスプーンを用意したが、彼は、それを凝視したまま、食べようとはしない。


 セシルは、彼の向かい側に座ると、スプーンを取ってスープを掬い、彼の口元に運んだ。

 ヴィクターは、そんなセシルに眉を寄せて睨んだ。


「………」


 だが、暫くした後、彼はそのスプーンを持ったセシルの手ごと掴み、口に入れた。

 その瞬間、ヴィクターの強張っていた顔が、わずかに緩んだ気がする。


──良かった…


 セシルは、ホッと胸を撫で下ろした。


 そして、自分の手がヴィクターの手に包まれたままなことに気がついた。


「…手………大きい…」


 自分とは違う、大きく骨ばった手に、セシルはときめいてぽろりと言葉を漏らす。

 すると、ヴィクターもようやくそのことに気がついたらしく、パッと手を放した。


「…あ……もっと握っていてくれてもいいのに…」

「………」


 少し寂しく感じて、またしてもセシルがそんなことを言えば、ヴィクターは奇妙なものを見る目でセシルを見つめている。


「…はい、もう一口。こんどはこっちのふやけたパンをどうぞ?」

「……じ…自分で食べられる。」


 セシルが、再びスプーンで掬って差し出すと、ヴィクターはそのスプーンを奪い取った。

 彼の耳は僅かに赤い気がする。


 その後、ヴィクターは何も言わなかったが、セシルが用意したスープを完食してくれた。


「じゃあ、これ置いて行きますから、少しずつでも食べてくださいね。またすぐに来ます。」


 セシルは、前回置いて行った空のカゴを持ち、その日持って来たばかりの食べ物を置いて、またすぐに訪問することを約束し、小屋を出た。

 ヴィクターは、お礼も、来るなとも、待っているとも言わず、終始無言だった。

 だが、セシルには、彼がセシルの作ったものを食べてくれた──そのことだけで充分だった。


──また、明日にでも来ちゃおうかしら。


 そんなことを考えながら帰ったが──次にセシルが、小屋を訪問できたのは、それから5日後だった。


まさかのセシルの"萌え萌えキュン"のおまじな〜い♩

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