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薄暗い小屋に差し込む小さな光


 ─コンコン


 古い木戸を叩く音が、静かな森の中に響く。


 セシルは家を出てから、あの数日間のことを思い返しながら歩いているうちに、あっという間に小屋に着いてしまった。


──彼どんな反応するかしら?…喜んでくれるかしら?…一つくらい彼が好きなものがあったらいいわ…


 そんなことを考えながら、中から反応が返ってくるのを待つ。


「………………あら?」


 だが暫く待ってみても、扉が開くことはおろか、返事もなかった。

 試しにもう一度叩いてみたが、やはり反応はなかった。


──もしかして、いないのかしら………はっ!…もしかしたら倒れてるなんてこと……いえ、それならまだいいわ!…最悪、彼は罪の意識から……


 セシルの頭に最悪の想像が浮かび、彼女はその勢いでドアノブに手をかけた。

 小屋の扉に鍵はついておらず、拍子抜けするほど簡単に開いた。


 薄暗く、湿気た空気の部屋の中に、一筋の光が差し込む──。





「おっ….お邪魔します!私、セシル・ラヴェルと申します!クラリスの姉でして…あの………生きてますか?」


 薄暗い小屋の中には、扉の方に背を向けて椅子に座る男性の後ろ姿があった。

 セシルが声をかけても微動だにしない。


──もしかして………本当に!?


 セシルは、もし本当に最悪な展開が待ち受けていたらどうするのか、などどいう先のことは考えず、衝動的に椅子に駆け寄った。


 男性の顔を覗き込むと、彼は目を閉じていた。


「まさか…本当に……息をしていないわ!」


 その姿からは全く生気を感じず、セシルはパニックだった。

 セシルはどうしていいか分からず、おろおろとし始めた。


「こういう時はどうしたらいいのかしら…息が止まったのはいつ?………まって………私、死体を見るのは初めてだわ!」


 パニックになりすぎて、死体を見ることが初めてなことに感動すら覚えている。


 すると──ぱちりと切長のつり気味の目が開いた。


「………ふぇっ……」

「………………」


 セシルは、予想外の動きに驚いてぴたりと固まった。


「………い………………生き返ったわ!」


 開かれた切長の瞼から、琥珀にも深い森の奥にある木陰にも見える特徴的な瞳が、セシルを捉えた。


「…うるさいぞ。」

「………しゃ…喋れるの!?」

「…はぁ…」


 男性はため息をつきながら、額に手を当てて俯いた。


──あれ……ヴィクターさんって…こんな感じの人だったかしら…?


 セシルが最後に彼を見かけてから、まだ2週間も経っていない。


 ヴィクターの印象は、自信がみなぎり、高圧的な印象だった。

 今セシルの目の前にいる男性は、そのイメージからはかけ離れた、生気を感じず、自信がなさ気で弱々しい印象だ。


──待って…もしかして………私間違えた小屋に来ちゃった!?……え、でも湖の近くにある小屋だし…他に小屋なんてあったかしら?………全く違う人のお家に…!?


 再びセシルはパニックだ。


「…あなたって…ヴィクター・グリーヴスさん?」


 セシルがそう問うと、男性は額から手を外し、セシルを見据え、口の端を片方だけ持ち上げてニヤリと笑った。


「…そうだ…私が、ヴィクター・グリーヴスだ。」



 雰囲気は確かに違うが、その不気味さを感じる微笑み方は、間違いなく、セシルが広場の高台で見た彼にそっくりだ。



「え…本当にヴィクターさんなの?………良かった…返事もなかったし、息も止まっているように見えたし、違う人に見えたからパニックになってしまって…」


 セシルはようやくホッと息をつき、そこまでを一気に述べた。


「あ…私、セシル・ラヴェルです!クラリスの姉で…」

「知ってる。さっきのデカい声も聞こえていた。」

「あ…そうだったんですね…」

「はぁ…あの女も、かなり騒々しいと思っていたが…さすがは姉と言うべきか…」


 ヴィクターは、迷惑そうな顔で再び項垂れた。


「…それで?そのセシルは、ここへ何しに来た?妹か私の弟から、様子を見に行くよう頼まれたか?」


 そう言われて、セシルは自分がここへ何をしに来たのか思い出した。


「…そうでした!私、食事を持ってきたんです!お腹空いてませんか?色々持ってきたので、どれかお口に合うといいんですけど…」


 セシルはそう言ってカゴの蓋を開けて、中身を見せる。

 ヴィクターは、硬い表情でチラリとカゴに視線を送ると、セシルのことを真っ直ぐ見た。


「必要ない。」

「…えっ………好きなものがなかったですか?…あ……ヴィクターさんのような方だと、こんな田舎町の家庭料理はお口に合わないかしら…そうよね、そんなこと考えてみなかったわ…」


 セシルは、そこで初めて、ヴィクターのような高貴な立場に着き、王都から来た者がとる食事が、自身にとっては当たり前の家庭料理とは全然違う可能性があったことに気がつき、落ち込んだ。


「………………そうだ。こんなことをされても迷惑だ。お前の妹たちにも言っておけ。余計な心配はするなと。」


 ヴィクターは、そう言ってセシルから視線を外した。


「………………」


 さすがのセシルもショックで俯く。


──そうよね…突然こんなに持って来られても迷惑よね…しかも、私は彼の全然知らない人だし………そうよ…


「ど…毒は入ってませんよ!?」

「は?」


 突然の毒入り発言に、ヴィクターも再びセシルの方を見た。

 セシルは、カゴから大好物のキッシュを取り出すと、そのままかぶりついた。

 噛んだ瞬間に感じるサクサクの生地と、卵とほうれん草とチーズのとろっとした食感に、セシルはうっとりした。


──はぁ…美味しい…我ながらいい出来だわ…


「………………」

「………ん……んむ………!?」


 そうしてセシルは、毒見のつもりで食べ始めたのに、美味しすぎて2口目、3口目と食べ進めていることに気がついた。

 そんなセシルを、ヴィクターは目を見開き、驚いた顔で凝視している。


──は…恥ずかしいわ…私ったら…


 慌てて、口に含んでいたものを咀嚼して飲み込む。


「…ね…?毒は入ってないのよ?……それに…味もとっても美味しいの…」


 セシルは、ヴィクターにカゴを差し出した。

 ヴィクターは、カゴの中身を見て、ごくりと喉を鳴らした気がする。

 だが、彼は再びそこから顔を逸らした。


「…いらないと言ってるだろう…」


 セシルの目には、ヴィクターはそう言いながらも、本当はとてもお腹が空いていて、食べたいのだと感じた。


 セシルは静かに、小屋の中に唯一あるテーブルの上にカゴを置いた。


「…これ…置いていきます。もし本当に要らなかったり、口に合わなかったら、捨ててもいいから…」


 そう言ってそのまま小屋を離れた。


──彼ってプライドが高そうだし…素直に食べたいとは言えないのかもしれないわ…それに…全然知らない人の私がいたら、食べづらいかもしれないのかもしれないわ…





 小屋に一人残されたヴィクターは、立ち上がり、セシルが置いて行ったカゴの中身を黙って見下ろしていた。


 暫くして何かを思い立ったかのように勢いよくカゴを掴むと、暖炉に投げ入れようとして──ピタッと止まった。


「………」


 そうして、先程セシルが本当に美味しそうな顔をして食べていたキッシュを、一切れ掴んで口に運んだ。


「………」


 何度か咀嚼したヴィクターの目に涙が浮かび、その瞳を揺らす。


 それは、彼の人生で食べた物の中で、一番美味しいと感じた食べ物だった。


 彼は”赦し”をもらってから、碌なものを食べていなかったし、その状況が余計にそう感じさせたのかもしれない。


「………」


 だが、ヴィクターは一口齧ったキッシュを、再びカゴの中に戻すと、カゴの中身を火の点いていない暖炉に投げ込んだ。

 そして、全てを綺麗に投げ入れると、火を点けて焼いてしまった。


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