出逢い
明るい日の差し込むキッチンで、せっせと料理を用意するセシルの姿があった。
「うーん…彼、何か嫌いなものとか食べられないものはあるかしら…名前以外何も知らないのよね。」
そんな独り言を呟きながら、大きなカゴに出来上がった食材を詰めていく。どれも大地の魔力を含んでキラキラとしていて美味しそうだ。
何を詰めようか考えた結果、好みが分からないのでセシルが好きなものを詰めた。
「あら、美味しそう。」
そう言ってキッチンに入って来たのは、母のマルグリッドだ。
セシルは、ギクリと身体をこわばらせた。
別に悪いことをしている訳ではないが、もしこれからこれを持って行こうとしている場所が、一般的に悪者とされているヴィクターの住む小屋だと知られれば、止められるかもしれない。
だがマルグリッドは、気がついているのかいないのか、カゴの中を覗いて微笑んでいる。
「…えへへ…美味しそうでしょ?」
「そうね、セシルの大好物ばかりだわ。これを食べさせたい人ってどんな人なのかしら?」
「………」
「なんだか最近まで、クラリスがこうして毎日のように食べ物を詰めて通ってたのが、随分前のことのように感じるわ。」
「………」
クラリスも短い期間ではあったが、エドモンドに一目惚れしてからというもの、マルグリッドに料理を教えてもらいながら、毎日小屋に通っていた。
尤も、セシルはヴィクターに一目惚れをした訳ではないし、様子を見に行くだけだ。
「…セシルって、昔からそういう優しいところがあるのよね。」
「………」
「いってらっしゃい。ちゃんと、夜までには帰るのよ?」
そう言って、マルグリッドはセシルの額に優しくキスをした。そこからふわりとマルグリッドの温かい魔力が流れ込む。
「無事に帰れるおまじないよ。」
「……母さん、私もう18よ。」
「あら、いくつになっても、セシルは私の娘よ。」
「………」
セシルはマルグリッドに抱きついた。
母は全て分かっているのだ。分かっていて、あえて何も聞かず静かに送り出してくれるのだ。
きっと、クラリスの時もそうだったのだろう。
セシルは、大きなカゴを腕にかけて、家を出た。
向かう先は、エヴァーグレースの森の中にある小さな小屋だ。
エヴァーグレースの森は、人があまり出入りしない。静かな場所だ。
季節は春が過ぎ去り、夏に一歩踏み出そうとしており、今日は暖かい日差しで気持ちの良い天気だが、森の中に一歩踏み入れれば空気はひんやりと冷たい。
セシルは一歩一歩、少し緊張した面持ちで足を進めていた。
──思い切り拒否されてしまったら、どうしようかしら………彼、気難しそうな人ではあったし…
セシルの中に浮かぶのは、初めて町の広場でヴィクターを見かけた時の話だ。
その2日前の夜、クラリスから彼女自身とエドモンドは"魔法が使える"という話を聞かされた。
その日、外出禁止令が出されていたクラリスが何故か家の外にいたのを、父のルノーが帰宅した際に見つけてしまい、緊張した様子で改めてリビングに家族全員が集められた。
クラリスは目の前でランプの光を掌に受けたり、戻したり、ティーカップの中のお茶で花の形を描いたりして、魔法を見せてくれた。
セシルはそれを見て、心が躍った。
クラリスは自分と似ているようで全然違う、と小さい頃から感じていたが、こういうことも理由だったのだと小さく悟った。
単純に、魔法を使えることが羨ましかった。
そして聞かされたのは、エドモンドのお兄さんが騎士を連れて町に来ており、何かの目的を持って、町中の『金髪の女性』を集めているということだった。
クラリスとロザリーは二人とも金髪だ。そして、その探している『金髪の女性』が、おそらくクラリスかロザリーであることだ。
翌日の昼に、町の広場に招集をかけられていて『金髪の女性』以外は立ち入りを禁じられていた。
ラヴェル家の女性では、マルグリッドもセシルも赤髪なので、招集に応じるのはクラリス一人になる。
両親はとても不安そうにしていたが、クラリスが生まれる前にあった不思議な出来事により、特別な子だと知っていたと話し始めて、彼女を信じて送り出していた。
だが結果として──翌日、招集に応じたクラリスは帰って来なかった。
代わりに、広場で魔法をこの目で見たと言う金髪女性たちから、また翌日の昼間に召集をかけられていることを聞かされた。
今度の招集対象は『魔法の力を共に手に入れたい人』だった。
どうやらエヴァーグレースの森にある大きな湖の底に、神の世界へと通ずる扉があり、そこへ行けばクラリスやエドモンドだけでなく、誰もが魔法の力を手に入れる可能性があるという、夢のような話だった。
セシルは「魔法の力が、本当に自分にも手に出来たらどれだけ嬉しいことか」と思った。
だがそれとは別に、連れ去られたという妹のクラリスのことが心配で仕方がなかったので、セシルたちに招集に応じないという選択肢はなかった。
翌日、仕事がある父とティエリーと別れ、セシルは母のマルグリッドと、弟のマティアスと共に、広場に向かった。
広場は、人が入りきれない程に賑わっており、一見祭りの時のようだった。
だが、そこにいる何人もの騎士の姿や、牽引車に乗せられた謎の大きな装置が異様な空気を醸し出していた。
マルグリッドたちに気がついた町の人たちが「前日に連れ去られたクラリスの家族なんだから」と優先して、広場の中に入れてくれた。こういうところが、とても温かい町なのだ。
そうして間もなく、演説が始まった。
広場の高台に現れたヴィクターは、そのブラウンの髪を後ろに撫でつけ、質の良いグリーンのセットアップスーツを身に纏い、身体中にとても自信が漲っていて、高圧的な印象だった。
そして、何言か話した後、クラリスを呼びつけた。高台に姿を現した元気そうなクラリスを見て、セシルはとても安心した。
クラリスはヴィクターの指示通り、魔法があるという証拠として、水と光を織り交ぜた美しい魔法を披露した。
それは、広場に集められた人々の頭上に降り注ぎ、幻想的な風景だった。
セシルは心底、クラリスが羨ましかった。




