光によって生まれた影
世界に魔法が帰って来た──。
神からの祝福の光が空から降り注ぎ、人々は忘れていた魔法についての記憶を取り戻した。
世界は喜びに満ち溢れ、そのきっかけを作った『最後の神の使者』とその『守護者』のことを歓迎していた。
世界中が温かさに包まれている──だが、皆から忘れ去られた、光も届かぬ冷たい部分に、独りでうずくまる人を見つけた。
──あれは…誰?
それはかつて、大きな罪を犯した罪人だ。
だが、彼は"赦し"を得た。
"赦し"──それが彼の肩の上に重くのしかかっていた。
今にも消えてしまいそうな小さな火──そこに、少しだけ自分の種火を分けてあげたかった。
ただ、それだけだった──。
「それじゃあ、私行くわね!」
「えぇ、いってらっしゃい、クラリス。」
最後の神の使者クラリスが、今日王都へ旅立つ。
ラヴェル家の前には、ラヴェル家の皆が勢揃いしている。その中にはクラリスの親友であるロザリーの姿もあった。
「クラリスがいなくなるなんて、寂しいわ…」
「もう…やだ、ロザリーったら、美人が台無しよ…大丈夫。今の世には魔法もあるし、すぐに会いに来れるから!」
クラリスが自分も涙を堪えながら、大泣きしているロザリーを抱きしめている。
二人は同い年で、本当に小さい頃から仲が良く、本当の姉妹のように育ってきた。そんな二人が、初めて長い時間、遠い距離を離れることになるのだ。
ロザリーの方は前夜から泣いていたようだ。
「まさか…うちで最初に家を出るのがクラリスになるとはな…」
そう言ったのはクラリスの父である、ルノーだった。
クラリスは4人兄弟の3番目だ。
一番上の長男であるティエリーは、今年で22歳になるし、父の教師の仕事を手伝っている。そろそろ結婚や家を出ることも考えているが、まだ目処は立っていない。
次が長女のセシル、既に18歳だが、その夢見がちな性格と無鉄砲さから、婚約者はおろか、恋人もまだいない。本人は「いつか王子様みたいなビビッと来る人と結婚するの!」と言っている。
その次が次女のクラリスで、一月程前に15歳になったばかりだが、この一ヶ月で魔法の発現をしたり、前世の記憶を取り戻したり、前世の恋人エドモンドと再会したり、神への謁見を果たしたり、大活躍だ。
彼女は、これから魔法の法の整備の為、恋人のエドモンドと共に旅立とうとしている。
そして、末っ子のマティアスは、まだ13歳なので、家を出ることはまだ少し先だが、既に一番家を出たがっている。
そんな感じで、ルノーが小言を言うのも仕方がないのだ。
「クラリス…そろそろ行こう。」
「…えぇ、エドモンド。」
エドモンドがクラリスに声をかける。
クラリスは、惜しみながらもロザリーと離れた。
彼女が手をかざして、空気中の水分を集めて水鏡を作ると、そこに王宮内の場所が映った。
そして、二人は手を取り合って水鏡の中に消えて行った。
残されたラヴェル家の皆とロザリーの中に、しんみりとした空気が漂う。
その空気を打ち破ったのは、母のマルグリッドだ。
「よし!じゃあ、これからクラリスも頑張るわけだし、私たちもここで彼女の為にも笑顔で楽しく過ごしましょう!」
クラリスの性格は、完全にこのマルグリッド譲りだ。
「うぅ〜マギーおばさん〜」
ロザリーが、マルグリッドの腕の中に飛び込んで、再び泣き始めた。マルグリッドはそんなロザリーの背中をさすっている。
マルグリッドにとって、ロザリーはもう一人の娘も同然だし、ロザリーにとって、マルグリッドはもう一人の母なのだ。
「セシル、お前も父さんの仕事手伝いに行くだろ?」
セシルにそう声をかけたのは、彼女の兄であるティエリーだ。
セシルも少し前から、父の教師の仕事を手伝いに出ている。
だが、教師の手伝いと言っても、セシルが教師をしている訳ではなく、事務的な手伝いをさせてもらっている。そこに、新たな出会いがあるとほんの少しの期待を抱いて──。
「えぇ、行くわ。支度してくるから待ってて。……あぁ…でも、王都から来てた騎士の方々帰っちゃったなぁ〜」
王都からの騎士──それは、ヴィクターが湖の底にある神の世界へと通ずる扉を捜索する為に、連れて来ていた騎士だ。
だが、世界が魔法を取り戻し、指揮していたヴィクターが失脚したこともあり、すぐに王都へ帰って行った。
「まーた、そんなこと言ってるのか?」
「そんなこと!?やっぱり王都の人は、この町の人とは違うわよ。洗礼されてて〜カッコイイの!そうよ!ロザリーだってあの若い騎士のリュカと恋人になったじゃない!」
「あの二人は前世が神の使者と守護者だったからだろ?」
そう、ロザリーはそのごたごたの中で神の扉に触れる機会があったのだが、それにより取り戻した前世の記憶で、たまたま居合わせた青年騎士リュカと、前世では神の使者と守護者であったことが分かったのだ。
二人は再会を喜び、再び恋人同士になった。
今は他の騎士と共に、リュカも王都へ帰還してしまったが、後に結婚の約束を取り付けていることをセシルは知っている。
「いいなぁ〜前世とか、運命の恋とか…私もそんなのがあったらいいのに〜」
「はぁ〜やれやれ、これが教師の娘とは、父さんも頭が痛いよな。」
「…何ですって?兄さんだってまだ恋人もいないくせに…何だっけ…あのすんごいおっぱいの大きい子と…」
「わーー!黙れ!それは関係ない!」
こうして、魔法を取り戻した世界は、自然とその魔法が溶け込み、当たり前の日常になっていく。
だが、セシルの心には、あの魔法を取り戻した日、皆で楽しく騒いでいたすぐ側で、一人静かに眠っている彼の姿が心にずっと残っていた。
──ヴィクターさん…エドモンドさんのお兄さんだけど…ロザリーに乱暴を働いたり、部下の騎士の人にもあまり支持されていない様子だったわ…あの後、エドモンドさんが目覚めるまで付き添って、クラリスも話をしたって聞いたけど…
そのヴィクターが、元々エドモンドが住んでいた小屋を譲り受けた話は、セシルも聞いていた。
彼は王の顧問を続けられるはずもなく、辞めることになったが、その手続きも、今回クラリスたちが正式な書類を持って行くということになっており、本人はあの小屋から出てはいないようだった。
──きっとクラリスたちはこれから忙しくなって、なかなか様子を見に行くことも出来ないはずだわ…
彼、小屋から出ないで、食事とかどうしてるのかしら…
そのことが気になって、セシルは翌日、食べ物を詰めたカゴを持って小屋を訪問してみることにした。




