初めて墓参り
「ヴィー…大丈夫?」
レジナルドが去った後、何も言わず固まったままのヴィクターを見て、セシルが心配そうに声をかけた。
彼は、泣いてこそいないものの、今にも感情や涙が決壊しそうに見える。
──さっきのお父様の言葉…きっとそんなに簡単に受け入れられない言葉なんだわ…
セシルは、ヴィクターと出会うまでの彼のことを殆ど知らない。
だが、クラリスから、後継ぎだった彼の幼少期が大変であったこと、父親やエドモンドとは仲が悪かったことはなんとなく聞いていた。
レジナルドが、何故今ヴィクターに謝罪したのか、その内容が彼を”追いつめていた”ことに対する謝罪なら、ヴィクターはもっとその肩の荷が降りて楽な姿勢をとってもいいものだ。
だが、彼はそうしていない──そのことから、簡単に受け入れられることではないのだろうことは分かった。
「ヴィーとりあえず、ここは暑いから、あそこの木陰に移動しましょう?」
そうしてセシルがヴィクターを誘導しようとするが、彼はそれを拒否した。
「…いや、大丈夫だ。セシルは先ほど魔力切れを起こしたばかりだ…この暑さは負担だろう。早く墓参りをすませよう…」
──自分も辛いのに…私のことを心配するなんて…やっぱりヴィーって優しいのよ。
だが、ヴィクターは、キャサリンの墓に向かおうとして立ち止まった。
「どうしたの?」
「…当たり前に君も連れて行こうとしていたが、セシルは、墓参りする必要はないだろう。それこそ、向こうの木陰で休んでいてくれ。」
ヴィクターの言葉に、セシルはムッとして頬を膨らませた。
「なんでそんなこと言うの?私だってお墓参りしたいわ!だって…私の義理のお母様にあたるわけだし…」
「………どういう意味だ?妹の義理の母なら分かるが…」
またしても、何かをすっ飛ばして話が進んでいるセシルに、ヴィクターは眉をひそめた。
「どういうって…そのままの意味よ。今だってお父様にご挨拶は済ませられたし、お母様にだってご挨拶しなくちゃ!だって…ゆくゆくは私たち夫婦になるわけだし…ヴィーの大切な家族でしょう?」
セシルの中で、ヴィクターと夫婦になることは勝手に決定づけられているらしい。
ヴィクターは感づいていたが、はっきりと言葉にされてため息をついた。
「…はぁ…いつそんなことが決まったんだ…そもそも、私たちは恋人でもないし…」
「あら!昨夜ベッドを共にしたのに?」
「!?」
「ヴィーは責任をとってくれないのね…やっぱり悪い男だわ。」
そんなことを言いながら、セシルは首を傾げている。
「あ…あれは…セシルが……確かにベッドは共にしたが…何もなかったわけで…」
ヴィクターは言い返そうとしたが、確かに同じ部屋、同じベッドで一夜を共にしてしまったことに罪悪感があったので、そこで詰まった。
「でも、宿屋のご主人は、私たちが同室に泊まったことを知ってるし、こんなこと間違って誰かに知られたら…誰もお嫁にもらってくれないわ…どうしましょう?」
白々しく「誰かに知られたら」と言いながら、自分から言いふらしそうなセシルに、ヴィクターは頭を抱えたくなった。
「…セシル……何度も言うが、セシルは素晴らしい女性だ。私なんかが相手なのはふさわしくない。君にはもっとふさわしい相手がいる。」
ヴィクターの言葉に、セシルはわざとらしい演技をやめて、真剣な顔になった。
「ヴィーが、私と恋人になることを認めてくれないのは、自分がふさわしくないって理由だけ?」
「………」
「私のことが女性として見れないとか、私のことが嫌いなわけじゃないのね?」
「………」
ヴィクターは、なんて返せばいいのか分からず何も言えずにいる。
──そんなわけがないだろう…私がどれだけセシルの存在に助けられているのか…
そんな彼を見て、セシルは嬉しそうに笑った。
「…じゃあいいわ!早くお墓参りをしましょう。あ…もし本当にヴィーがお母様との二人だけの時間を過ごしたいのなら、私は遠慮するわ。」
──セシルはこうなんだ…無鉄砲に見えて、ちゃんと人の心の動きを見てるんだ…
ヴィクターは首を振って答えた。
「いや、むしろセシルが隣にいてくれると助かる。」
「………」
そう聞いたセシルの瞳が、見開かれてきらきらと煌めく。
「えぇ!私が隣にいるから大丈夫よ!」
夏の暑い日差しが二人を照らしている。
そこに吹き抜ける爽やかな風に乗った魔力が、二人のこれからを後押しするように綺麗な音を奏でていた。
ヴィクターがキャサリンの墓の前にユリの花を置いた。ユリの花はキャサリンが一番好きな花だった。
そして、胸の前に片手を置き祈りの姿勢を取る。
──母上……私は未熟者です…母上は確かに私の事を愛してくれていた…なのに小さなことに意固地になっていた…そのせいで母上を死なせてしまった…ごめんなさい……謝ったところで母上は帰って来ない…私は愚か者だ……
母上ともっと時間を過ごしたかった…母上はこんな私を、今も愛してくれますか?…赦してくれますか?
目を閉じるヴィクターの頬を一筋の涙が伝う。
セシルは、隣でそのことに気がつきながらも、何も言わずに黙っていた。
やがて、目を開けたヴィクターの表情は、少しだけ先程までの重苦しさが薄まり、晴れやかだった。
彼が、スラックスのポケットに手を入れて懐中時計を取り出す。
「………」
何となく、もうこれを手放した方がいいような気がして、ヴィクターはその懐中時計を掌に乗せたまま少しの間見つめていた。
するとセシルが、懐中時計を乗せたヴィクターの手ごと、両手で大切そうに包んだ。
「…綺麗な懐中時計ね……ヴィーの想いがたくさん込められてるのを感じるわ…この子はとても幸せな懐中時計ね。」
まるで、生き物のことを話すような言い方に、ヴィクターは眉を下げて笑った。
「……そうだと思うか?…そうならいいのだが…」
「…えぇ…間違いないわ…この子のこと、これからもたくさん可愛がってあげなくちゃ。」
そう言ってセシルが微笑んだ。
「………そうかな…」
堪えきれず、ヴィクターの目から再び涙がぽろりと落ちた。
そんなヴィクターを、セシルは懐中時計を握った手ごと抱きしめた。
「…そうよ…絶対そうなの…今度は私にも可愛がらせて?」
「…ふっ…懐中時計を?」
ヴィクターが吹き出した。
これは、ヴィクターが初めてその罪を認め、初めて迎えた母の命日だ。
今はまだ、認められないし、受け入れられないことがたくさんある。
だが、ゆっくりと噛み砕いて、時間をかけて飲み込んでいけばいい。
夏の暑い日差しが、二人を照らしている。
そこに吹き抜ける爽やかな風に乗った魔力が、二人のこれからを後押しするように綺麗な音を奏でていた。




