戸浦くんは自分がモテないことを自覚しすぎている
香月よう子様・楠結衣様主催の「バレンタインの恋物語企画」参加作品です。
現実世界恋愛です。
(ええいっ! どいつもこいつもバレンタインバレンタインと盛りのついた猫じゃあるまいしっ)
と思っていても言えない。この雰囲気の中、陰キャを自覚する僕がそのようなことを言えば、嵐のような反論を浴びるか、もしくは「陰キャの負け犬の遠吠え」としてスルーされるかだ。後者の方がむしろメンタルダメージが大きいかもしれない。
いえごめんなさい嘘吐いてました。本当はバレンタインチョコがほしくてほしくてたまらないのです。
◇◇◇
冷静になってみれば、いやならなくてもそうなんだけど、僕にモテる要素というものはない。
まずは背が低い。160cmそこそこしかない。高校にもなると男子は多くが身長170cmを超える。これではモテない。
「戸浦―、俺、次の英語の時間当たりそうなんだ。ここの訳、これでいいかな?」
「ちょっと見せて。ああここかー。うーん。これはこうじゃなくてこっちの方じゃないかな」
「あそうか。サンキュ」
◇◇◇
続いて見てくれも冴えない。高校くらいになるといわゆる目鼻立ちの整ったイケメンとそうでない人間との格差は露骨に見えてくる。
もちろん僕はそうでない方である。
「戸浦くん。紹介してもらったラノベ『異世界から来た女王蜂様は働き方改革を断行します』面白かったよ。何回も吹き出しちゃった。他にも私に合いそうなラノベないかな?」
「うーんじゃあ、同じ作者の『エリス・ザ・ファースト』はどうかな? まだ未完なんだけど、ラブコメと言うより、学園ラブギャグぽいけど」
「ありがとう。読んでみるね」
◇◇◇
そして、これが決定的なんだが、僕はあんまりスポーツが得意ではない。中高時代にモテるのはやはりスポーツマンだろう。野球部、サッカー部、バスケ部、テニス部、最近は卓球も馬鹿にしたもんじゃないみたいだけど。何をやってもダメなんだわ。
「わーん。スマホアプリのダウンロードがうまくいかないよー。戸浦くーん、ちょっと見てくれる-?」
「ん? ちょっと見せて。ああ、これはねここの設定がこうなっているからだよ。見たところここの設定変えても支障ないから変えちゃうね。ほらダウンロードできた」
「わあ、ありがとう」
◇◇◇
それでも一抹の希望をもって、帰りに靴箱を開けたが、やはりチョコレートは入っていなかった。
あー、これで家に帰れば、おかんが「やっぱり今年も、もらえなかったかー。ほら、あたしがやるよ」と安いチョコレートを恩着せがましく渡してくるんだよな。あーあ。
失意のまま、学校を出た僕は突如右手首を掴まれた。
「戸浦くん、ちょっとこっち来て」
何だ何だ? カツアゲか? 校舎裏での決闘か? ただでさえバレンタインで心に深い傷を負っているこの僕に追い打ちをかけないでくれー。
◇◇◇
「戸浦くん。いつもいろいろ教えてくれてありがとう。私のチョコレート受け取ってください」
「……」
「あ、あの、戸浦くん?」
「……」
「もしもーし戸浦くん」
「……ごめん。にわかには信じがたい出来事があったようなので、一瞬記憶が飛んだみたいだ。えーと。何だっけ?」
「もう、こっちも勇気を振り絞って言っているんだからね。もう一回しか言えないよ。いつもいろいろ教えてくれてありがとう。私のチョコレート受け取ってください」
「……えーと三戸さんが……僕に……チョコレートを……くれる?」
「そうそう」
「どうして? こんなちんちくりんでイケメンでもなくて運動部で活躍もしていない僕に?」
「うーんもうっ!」
やばい。三戸さんキレたか。クラスメートの三戸さんは物静かで穏やかで優しい女の子だけど、こういう人の方が本気で怒ると怖いみたいだし。
「戸浦くんが自分のことをどう思っているか知りませんでしたが、戸浦くん、結構、陰で人気なんですよっ! いろんなこと知っていて、困りごとがあった時に相談すれば、親切に教えてくれるって」
「……それは人が困っている時に僕なんかが役に立てばそれはそれでいいし」
そんな僕の答えに三戸さん脱力した様子。しかし、顔を上げた。
「まあそういうところもいいんですけど。とにかく私もいろいろ考えましたが、他の女の子に戸浦くんを取られるのは嫌だという結論が出ました。私と付き合ってください」
「……こんな僕でいいと言ってくれるなら、喜んで。正直言ってバレンタインチョコレートをもらっている他の男どもがうらやましくしょうがなかったし」
「よかったー」
三戸さん、チョコレートを右手で持ったまま僕に抱きついてきた。うわあ。本当にこんな僕でいいのって気も相変わらずしているけど、女の子がここまでしてくれたんだ。少し頑張ってみよう。
え? その後のこと? それはまた別の物語ということで。でも、ハピエンだよ。