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青年Aは夢を見たい

作者: タギリス

「生きてますか?死んでますか?」


 またこの夢か。


「楽しいですか?苦しいですか?」

「笑ってますか?泣いてますか?」


 ああ……もう……やめてくれ……もう……


「幸せですか?辛いですか?」 


 俺は、飛び起きた。


「はあっ……はあっ……」


 また、あの夢だ。最近、よく見る夢。


「はあ……はあ……」


 俺は、呼吸を整え、キッチンまで行き、冷蔵庫からペットボトルの水を一口飲んだ。


 今日もまた憂鬱だ。なーにもやる気が起きんし、やりたいこともない。天井の星を数えるのも飽きた。

 ベッドの上でスマホを眺めながら、ゴロゴロ。些細なことで仕事を辞めてからずっとこの調子だ。

 もうじき秋だというのにまだ暑さは厳しく、よりやる気が削がれる。


 ふと、棚の上にある珊瑚に目が行った。会社の慰安旅行でなんとなく買ったお土産だ。それを見ていると、体の何処からかやる気が込み上がって来た。


 そうだ、海に行こう


 何故だか急に海に行きたくなってきた。

 俺はベッドからはね起きて、洗面所に向かった。洗面所の鏡には、髭がボウボウの自分がいた。外に出ないからといえど伸ばしすぎた。

 シェーバーで髭を処理して、シャワーを浴びた。

 どんよりした黒いモヤも一緒に洗われた気がしてさっぱりした


 衣類棚から、これだっとクジを引く感覚でTシャツを引っ張り出した。

 真っ白のTシャツに魚のイラストが真ん中にプリントされて、下にSANMAとデカデカと文字がプリントされていた。

 海に行くには丁度いいTシャツだな。

 下も適当にショートパンツを選んで履いた。おしゃれなんて学校で習ってないから知ったこっちゃない。


 紺色のショルダーバッグにスマホとかを適当に詰め込んで玄関のドアを開けた。久々の外は想像以上に眩しくて目が眩むかと思った。もう部屋に戻ってエアコンの効いた部屋でグダグダ一日を無駄使いしたい。


 でも、ここから一歩踏み出さないといけない。なんとなくだけどそう思った。


「今度髪を切りに行こっかな」


 ボサボサの髪を掻きながらボソッと呟き伸びをして玄関から出た。


 アパートの駐輪場からチャリを引っ張り出す。久しぶりだな相棒。仕事をしていた時はこいつと一緒に通勤したかな。そして、休みの日は適当に気が向くまま一緒に走ったっけな。もう何か月も何年も乗ってない。部屋に籠りっきりで、時間の感覚がマヒしてやがるな。仕事を辞めたのいつだっけな。


「よし行くか」


 地面を蹴り、自転車に跨りペダルを漕いだ。小さな冒険の始まりだ。


 ***


 近所の海はオフシーズンのせいか泳ぐぐ人はまばらで、どちらかというと釣り人が多く見られた。

 風力発電の風車が回りそのそばで、海鳥が悠々と飛んでいた。いいなぁ…俺もあんな風に自由に飛んでみたいなぁ……と思いながら自転車を適当な分かり易い場所に停め、履いてきた靴を脱いで自転車の籠に入れた。誰も盗まないだろう。


「はぁ…」


 溜息を尽きながら波打ち際まで歩いた。寄せては返す波を見てると心が落ち着く……。足を水につけてぶらりと、何の意味もなく水際を歩いた。ひんやりとした水が気持ちいい。自転車を走らせて火照った自分の体を冷ましてくれる。


 ぴちゃぴちゃと足で水を跳ねさせて遊んでみた。童心に還ったような気がして、ちょっと楽しい気分になる。そうやって暫く海の風に当たっていた。すると突然目の前に大きな影が現れた。すごくでかく体長は俺の2倍はある真っ黒の鯨が海から顔を出していた。


『ジュリリリリリッ』


 鯨が大きな鳴き声をあげ、その鳴き声で海が大きく波打ち、俺の身体は大きく揺れた。


「うわっ」


 俺は思わず声を出してしまった。しかしそんなことお構いなしに鯨はどんどん近付いてくる。そして俺のすぐ側まで近づいてきた。

 鯨は態勢を低くして俺に頭を差し出した、まるで俺に撫でてくれって言わんばかりに…。


 俺は、そっと鯨の頭を撫でた。すると……


 パァァァンッッ!!


 鯨は白いキラキラした小さな物体を散らしながら風船のように弾け飛んだ。


「なんだったんだ、今のは」


 俺は周りを見渡す。他の人は今の現象を認知していないらしい。何も起きてなかったかのようにふるまっている。

 つまり、鯨を見たのは俺だけか。


「なぁ兄ちゃん。何してんだ?」


 後から声を掛けられてびくっとした。俺に声をかけたのは、釣り帰りのおっさんだった。


「えっと…ぼおぉっと海を見ていました」


 鯨を見ていたと言いたかったが、どうせ信じてもらえないだろうから敢えてそう言った。


「そうかい。なぁ兄ちゃんは、釣りをしねえのか?」


 おっさんの肩に掛けているクーラーボックスから灰色の魚が溢れてピチピチと跳ねていた。


「......いや、ただ見てるだけです。」


「なんだい、気が向いたらやるといいぞ。今日はしけているがな」


 おっさんはハハハッと笑った。そんな訳は― 溢れていたクーラーボックスは冷たい発砲スチロールの蓋がされていた。


「......」

「なんだい、どうしたんだ?」


 おっさんは怪訝な顔をして言った。


「いや、なんでもないです」

「そうか。ならいいが……」


 おっさんはクーラーボックスに蓋をし直し、肩に担いだ。


「じゃあな兄ちゃん。」


 そう言っておっさんは去っていった。俺はその後ろ姿をただ見ていた。


「何だったんだ今のは?」


 まぁ......いっか......。

 それより、お腹空いたな。朝起きるのが遅くて、ぼおっとしすぎて、今や昼下がりだ。

 確か、この辺りに海の家があったっけな。そこに行ってみるか。


 ***


 海の家の中は食べ物の匂いがして、俺の食欲を刺激した。何を頼もうか......この店には座席に個別のメニューが無く壁に書かれているメニューを見て決めるシステムだ。


「これにするか」


 メニュー表とは別に、でかでかとポスターに

『激ヤバ!超美味い!!大人気シーフードカレー!!!』という文句に美味しそうなイラストのカレーに釣られ俺はそれとウーロン茶を注文した。海の家にピッタリのメニューだ。

 他のメニューも頼みたかったが、手持ちのお金がそこまでないのでそれだけにした。


「お待たせしましたー」

 元気の良い女の子の声と共にお盆に乗ったカレーが運ばれてきた。

 その美味しそうな匂いに俺の胃が反応した。


「うまっ」


 一口食べて感動した。とにかくうまい!ルーの中に入っているエビやイカ、ホタテはプリプリでシーフードの味がとても染み込んでいて最高だった。

 それにこのカレーは中辛なので辛いのが苦手な人でも安心して食べられるだろう。

 食べ終わってから少し休憩をしてから俺はもう一度海に出た。先程とは違い、波も穏やかで水面がキラキラ光って綺麗だった。


「これからどうするか......」


 海に来て、少し清々しい気分になった。でも、俺は何をすればいいのか。何もすることがない……。


「はぁ……」


 溜息をつき、海を眺めた。


「何してますか?ぼおっとしてますか?」


 突然、背後から声を掛けられた。透き通るような美しい声だった。俺は声がする方へ振り向いた。声の主は白色のショートヘアの少女だった。その女性は白いTシャツとデニムのショートパンツを着用しており、眠たげな眼をしていた。

 少女は首を傾げ、こちらをブルーの瞳で見ていた。


「あの夢の.....」


 その声はいつもの夢に出てくる声と同じだった。


「......?」


 少女は首を傾げた。


「あ、いや何でもないです」


 俺は頭を掻きむしった。さっきの鯨といい、俺はどうかしちまったのか......


「楽しいですか?つまらないですか?」


 少女は再び語り掛けて来た。


「おもんないよ。なにも」


 大学を卒業してこの町に単身で引っ越してきたけど、なにもいいことなんかなかった。仕事もミスばっかで毎日怒られてそのせいで、精神が逝ってしまった。


「どっかいってくれ」


 頼むから一人にさせてくれ。

 俺は少女から逃げるように離れ、自転車を取りに向かった。


「待ってください。置いていってください」


 少女は俺の後をついて来た。


「ついてくんなよ」


 俺は後ろを振り替えず砂場をスタスタ歩いた。後ろから砂をザクザク踏んでいる音が聞こえる。着いてきてやがるな。


「なんだよ一体」


 俺は溜息をついて後ろを振り返り言った。


「見てください。見ないでください」


 少女がそう言うと、辺り一面暗くなった。まるで、日が落ちて、夜になったかのように。


「っ……」


 その光景に思わず息を呑んでしまった。

 少女の体が発光してるがそれ以外はなにも見えない。闇が今までの景色を飲み込んでしまった。


 シャァァァン


 空から白色に光り輝く星が落ちて来た。一つまた一つ雨のように降ってきた。それぞれ色が違い、地面に落ちた星たちは。ばらばらになり砕け散った。


「俺は何を見ているんだ。何が起こっているんだ」


 少女は手を器替わりにして、落ちてくる星を集めていた。


「オマエは一体......」


 少女は答えることはなく、溜まった星を上に向かって放り投げた。星たちは、俺達の周りを囲うように落ち、人型になった。人型になった星たちは消えることなく踊り始めた。


「綺麗だ」


 こんな幻想的な光景は生まれて初めて見た。目の前の少女は、星たちと一緒に踊っていた。その光景もすごい美しかった。

 俺はただ、その美しい光景を目に焼き付けていた。


 踊っていた星の一人がガラスのように砕け散り、また一人、また一人と砕け散っていった。

 終わってしまうのか......それにしても、この光景をずっと見ていたい……。


 最後の星の踊りが砕け散り、周りの景色がもとの海へと戻る。目の前にいた少女もいなくなっていた。


「いなくなってしまったのか?」


 辺りを見回すが少女はどこにもいなかった。

 俺は、夢でも見ていたのだろうか?


「帰るか」


 ***


「こんなとこに店なんてあったっけ?」


 帰り道、海沿いにお店が立っているのが見えた。看板には、『アクアマリン』と書いてあった。どんな店なのか。俺は何となく入ってみたくなって、自転車を漕いでお店に向かった。


「いらっしゃい」


 中に入ると、カウンター席が数席あって後はテーブル席になっていた。中には白髪のおじいさんがいて、俺を迎えてくれた。どうやらこの人が店主らしい。


「あの……ここってなんのお店なんですか?」


 俺は疑問に思ったことを聞いた。


「ここはね……海が見える喫茶店だよ」


 お爺さんは微笑みながら答えたくれた。


「海が見える喫茶店?」


 俺は辺りをキョロキョロ見回した。特に何も見当たらないが……。


「ああ、この窓からはね。海の地平線と夕日がよく見えるんだ」


 お爺さんは窓の外を指さした。指さした方角を見ると確かに水平線が見えた。そして遠くには大きな太陽があり、今まさに海に沈もうとしていた。まるで一枚の写真のように綺麗だ。


「綺麗ですね」


 俺は思わず口に出してしまった。


「そうだろ?ここは私のお気に入りの場所でな」


 お爺さんは嬉しそうに微笑んだ。


「せっかくだから何か飲んでいくか?」


 お爺さんに言われ、メニューを見た。紅茶とコーヒーがある。

 俺は紅茶を頼んだ。するとお爺さんは、カウンターの奥にあるキッチンからポットを取り出しカップにお湯を注いだ。そして再びお湯を入れ直した後に、小さな砂時計の砂が全部落ちたのを確認してからティーパックを取り除いた。


「いい香りだ」

「そうだろう?この紅茶は私のお気に入りでね」


 そう言ってお爺さんは俺にティーカップを差し出してくれた。


「ありがとうございます」


 俺は一口飲んだ。紅茶の豊かな風味が口の中に広がり、心が安らいだ気がした。


「美味しいです」


 お爺さんは嬉しそうに微笑んだ後、再びキッチンへ戻って行った。


 紅茶を飲みながら、さっきの不思議の少女のことを考えた。


「生きてますか?死んでますか?...ねぇ...」


  そう問いかけてくる少女、摩訶不思議な星の舞踏、あれは一体何だったのか……。あの少女どこかで見たことがあるような......


 紅茶をゆっくり飲みながら、窓を見た。本当に綺麗だ、一枚の絵のようだ。とその時、風景が油絵のようになった。教科書でみたような、有名な画家が描いたデッサンのようだ。


「お代わりはいかがでしょうか」


 俺は窓から、店内へと視線を戻した。お爺さんがにこやかに机の横に立っていた。


「どうかしましたか?」


 お爺さんが心配そうに声をかけてきた。


「……いえ」


 お爺さんにさっきの不思議な出来事を話そうかと思ったが止めた。きっと信じてもらえないだろうしな。


「そうですか」

「あっ、お代わりは大丈夫です」


 もう一杯飲みたかったけど今の俺の懐事情では無理だ。それに収入もない今、節約しないといけない。


 お爺さんはそれ以上何も言わなかった。お爺さんはカウンターに戻り、本を読み始めた。俺は紅茶を飲みながら窓から海を眺めた。

 外は、油絵にはなっておらず、普通の景色だった。

 日が落ちて来たし、そろそろ帰らないとな。紅茶を飲み終わると俺は喫茶店を出た。


 ***


 ガチャリ


「只今ぁ......誰もいないけどな」

「お帰りなさい。いってらっしゃいませ」


 誰もいないはずの部屋から声が聞こえた。俺は、驚いて思わず後ろに派手に尻餅を着いた。

 部屋には海辺で会った、少女がいた。


「オマエは......」


 確かに鍵をかけて出て行った。リビングの窓も割れた形跡もないし、どこから入ってきたんだ。


「.......とにかく帰ってくれ」


 今日は変なことがたて続けにおこって、正直いって疲れた。

 少女は何も言わず突っ立ってる。俺は、少女を無視して、リビングに入ろうとした。


「逃げますか?立ち向かいますか?」


 少女を追い抜きざまに喋りかけられた。


「は?何を言って...?」


 逃げる?何から?


「見て見ぬふりしても前にすすめないですよ」

「っ......!!」


 初めて少女からまともな言葉を発したのに驚くとともに、自分の中で何かが弾けた。


「うるさいなっ!お前になにがわかるんだ!!」


 初対面のくせにこいつは何を言ってるんだ。


「わかります。わからないです」


 ああその言い方、凄いむかつく。


「どっちなんだよ!!」


 こいつは、なんなんだ。人のことを馬鹿にしやがって。俺は怒りで頭がいっぱいになった。

 少女は一枚の紙を渡してきた。


「なんだよ......」


 紙は光り輝いており、真っ白だ。


「受け取ってください。受け取らないでください」


 俺は、乱暴に紙を手にとった。


「うっ......」


  目の前が真っ白になり、そして、早送りで、映像が流れて来た。

 小学校入学、小学校の生活、部活に打ち込んだ中学生活、高校受験、うまくいかなかった高校生活。

 友人と遊びまくった大学生活、家を飛び出し、入社した会社での苦しい社会人生活


 俺が今までの経験が一気に流れ込んできた。


「あああああああっ!!」


 そうだ俺は逃げて来たんだ。「俺は今まで自分なりにがんばってきた。」そうやって都合がいい言い訳を続けて、何もうまくいかず今の有様だ。

 失敗、失敗、失敗、努力をすることを怠って、失敗しても何もしてこなかった。


「っ……!!」


 俺は、頭を押さえながらその場にうずくまった。


「ああ……俺が今までやってきたことは無駄だったんだよな……それどころかマイナスになって……」


 自分の人生を振り返っただけで、死にたくなった。こんなことになるならはじめからもっと頑張っていればよかった。そうすれば、後悔も少なかっただろうに…

 そうだいっそう......死にたい……死んで楽になりたい。そうだ死んだらいいんだ。そうすればもう、なにも悩まなくてすむのだから。


「逃げますか?進みますか?」

「へ?」

「未来に進みますか?過去に囚われますか?」

「俺は......」


 顔をあげると、少女はいなくなり、部屋にぽつりと一人自分だけになっていた。


「まったく、なんだってんだよ」


 俺は散らかって足場がないリビングに座り込んだ。


「未来へ進む……か……」


 俺は立ち上がり、本棚へ向かった。本は沢山あるが俺は、一番古くて分厚い本を手にとった。その表紙には『星巡りの少女』と書いてあった。


「これは確か」


 昔、俺がまだ小さい時に親に買ってもらったものだな。懐かしいなぁ。お守り替わりにこっちに持ってきた代物だ。

 俺は本をパラっとめくって見た。するとそこには、一人の少女が写っていた。少女は白いシャツを着ており黒いズボンを履いていた。


 そう、俺があった少女とそっくりだった。


「久しぶりに読んでみるか」


 本の内容は、一人の少女が道中、不思議な動物と出会ったりしながら星になった母親を探し求める冒険物語だ。


 結局最後は......


 ***

「ん......」


 どうやら、寝てしまってたようだ。カーテンの隙間から、朝日が顔を覗かせている。


「痛たた」


 ゴミ溜めの上で寝たせいで、体の節々が痛い。加えて、久しぶりに外に出たせいで、足が凄い筋肉痛だ。

 上体を起こして、冷蔵庫に向かった。昨日の夜、結局飯を食べてないせいか腹が猛烈に減った。


「あったあった」


 冷凍庫に眠ってた食パンを掘り起こし、トースターに放りこんだ。上に塗るもの含めて冷蔵されていたものは全部とうに賞味期限が切れていて、とても食べたものじゃない。


 チンッ


 トースターからトーストになった食パンを取り出し、口にくわえながら、キッチン上の戸棚から、ゴミ袋を取り出した。

 そして、冷蔵庫を再び開けて、駄目になった食材を全部放り込んだ。


「っしょっと」


 ゴミ袋を雑に置き、ベットに座って、トースターを食べつくした。


「よしっ」


 俺は覚悟を決めた。


「俺って馬鹿だな」


 今まで何をやっていたんだか……もう逃げないと決めたんだ。過去から目を背けず、今と向き合わなければ……。


「まずは......掃除でもするか......」


 俺は、ゴミ袋を掴み、床のゴミ溜めと戦うことにした。


 ***

「はぁ...はぁ...」


 起きた時間はわからないが、掃除に夢中になっていたら、朝日が夕焼けに変わっていた。


「疲れた」


 リビングからトイレまで隅々まで掃除して、溜まっていた洗濯物を全部干したりで、もうヘトヘトだ。


「でも、綺麗になったな」


 ゴミがなくなり床が見えるようになった。そして、部屋中ピカピカに輝いている。


「飯にするか」


 冷蔵庫はもう空っぽだから、コンビニに弁当でも買いに行くか......いや、自炊してみるか。


 すると、


 ピンポーン


「宅配便でーす」


 何も頼んだ覚えがないが、配達員がドアベルを鳴らした。


「はーい」


 ドアを開けると配達員がでかい荷物を玄関に置いて、サインを待っていた。


「ご苦労さまです」


 荷物を受け取り、配達員が帰るのを確認した後、部屋に運んだ。

 送り主は、俺の親からだった。


 俺は中身を確認するためガムテープをはがした。


 中には、野菜やら、肉やら、日用品とか色々とそして、紙が一枚入ってた。


『ちゃんと、飯食ってるか。お前に何があったか知らねえが、お前は俺の息子だ。きっとうまくいく!!』



 なんだコレ。手紙を読んでたら思わず笑ってしまった。まったくうちの親らしいな。

 何故か、涙が溢れてきて、手紙に水玉の汚れがついてしまった。


「後で電話するか」


 自分の腕で乱暴に目を擦り、出かけようと後を振り向いた。


「生きてますか?死んでますか?」


 またお前か......例の少女が玄関に立っていた。


「あぁちゃんと生きてるよ」

「楽しいですか?苦しいですか?」

「今は苦しいけどそれでも楽しいよ」

「幸せですか?辛いですか?」

「今まで気づかなかったけど、凄い幸せ」


 少女は問答を終えると、ふっと微笑み消えて行った。


「本当なんなんだよ、お前は」


 少女が消えて行った玄関に向かって、思わず呟いてしまった。

 だが、お陰で助けられた。俺はこうして前を向いて生きていられる。


「ありがとうな」


 ***


 それから俺の毎日は充実しててとても楽しい。掃除したり、料理をしたり、図書館で資格の勉強したりした。アクアマリンでバイトをさせて貰い、収入もなんとか安定している。

 もうあの少女と会うことはなく、悪夢もみることもなくなった。もう一度会ってみたい。しっかりと生きてる姿を見てもらいたい。でも、それは叶うことがなかった。


「そろそろ行くか」


 今、自宅から数km離れた展望台に来ている。今日はなにやら流星群が見れる日だと、アクアマリンの爺さんが教えてくれて、自転車を漕いで来た。

 展望台には流星群を見ようと、観光客であふれかえっていた。



「あっ、流れ星だ」

「えっどこ?」

「ほらあそこ」

「本当ね」

「お願い事しなくっちゃ」

「何をお願いしようかな」

「私は……家族ともっと仲良くなれますようにって」

「私は、ずっと健康でいられますようにって」

「俺は、彼女欲しい!!」


 夜空を駆ける幾筋の光、その光が線になり消えていく。

 観光客達が次々と自分の願い事を口にした。

 綺麗だけど、あの海で見た星の舞踏に比べたら劣るな。


「俺の願い事は...」


 自転車を漕ぎながら考えてけど、これしか思いつかなかった。


「あの少女の名前を知りたいっ!!」


 俺は、夜空に大声で叫んだ。あの少女がいなくなってもあの夏の思い出はずっと心に残り続けた。もう一度会いたい。そして、名前を知りたい。もっと仲良くなりたい。お礼を言いたい。

 流星群は暫く続いた。観光客は星が降るたびに歓声や願い事をあげたが、俺は一度しか願い事を言わなかった。


「さあ帰るか」


 流星群が終わり、観光客がまばらになってきた。そろそろお暇しないと、明日のバイトに差し支えてしまう。

 

 展望台から降りるとそこには、少女がいた。


「生きてますか?死んでますか?」


 少女はあの時のように首を傾げ、こちらをブルーの瞳で見ていた。

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