9.女王とジュード
女王白薔が性格がとても過激です。
強く豪胆なジュードをご覧下さい。
王宮の中央はガラス張りの広大な庭園になっている。
女王の執務室と呼ばれ、蝶が舞い踊るその薔薇園中央に、ジュードはヴァルトロメオ侯爵と足を運ぶ。
広大な庭園の中央に彼等はいた。
「ずるーい!アレクサンダーに髪を結って貰ったんだ」
媚びた黄色い声が女王の執務室と呼ばれるパビリオンに響いた。
「モナークには、最新式の衣装を揃えているでしょう」
子供をあやすよう女王白薔薇が答える。
国防の半分を司ると謳われた
『千本腕のアリス』を操る最強のオメガ。モナークが笑いかけた。
モナーク・ルミナ・ソル
名前の通り光り輝く太陽。
太陽が内側から発光すような鮮やかな金髪。
金細工の如き麗人が幅は五十センチはあるであろう、巨大なリボンを首に蝶々結びに巻き付けて白い戦闘服で着飾っていた。
スンと鼻につくのは清涼感の強いミントの香り。オメガであるジュードでさえ分かる、ヒート時期の強烈なフェロモンの香り。
オメガによってその香りの個体差がある。
モナークの香りが強くなり服の上から肌をさすような刺激臭にかわりつつある。
明らかにモナークは無理をしている。
女王白薔薇はモナークを10年前に番として噛んでから、ヒートの相手をしていない。
故にモナークの頸の噛み後は無効化されているとアレクサンダーが言ったが本当らしい。番がいるなら、フェロモンは番にしか分からない。
しかし、モナークのフェロモンはΩのジュードまで、だだもれだ。
いつ他のαに噛まれてもおかしく無い。
愛情深いアレクサンダーがモナークを守る為にアルファの少ない南大陸に亡命する思いが痛いほど分かった。
女王に放置されている、モナークを守りたかったのだ。
「女王白薔薇様、本日はお招きいただき有難うございます。ご用命に従い、我が愚息アレクサンダーの番であるジュードを連れてまいりました。」
ヴァルロメオ侯爵カルロスは難病を抱えているため、歩行に難があり最先端の車椅子を操作していた。
それでも優雅に貴族の礼をとる。同時にジュードも頭をたれて膝をつく。
「モナーク、ヒートが辛かったら下がってよい。君専用のα達は来ているのだから」
女王白薔薇の宰相を務める、タントラ枢機卿が豪奢な刺繍がされた司祭服で現れる。
後ろにはソル侯爵家の紋章の制服の若者が四人程ひかえている。
特級のアルファだ。
オメガのジュードは警戒心を強める。
「アメリアもルーカスもいい子だけど。彼達はアレクサンダーの代わりにならないよ」
拗ねたようにモナークが口を尖らせる。
同時に彼の影から老若男女とわからない大量の手が噴出。
赤子、大人、少女、老人、少年、年齢も肌の色も様々だ。指の先から肩までの腕が何本も這い上がってくる。『千本腕のアリス』の出現により空気が震えるくらいの霊圧がかかる。
息をするのさえ辛い瘴気もたちあがってくる。庭園内にいる使用人の何にかが後退りしたのが見えた。
「モナーク、落ち着きなさい。君のその能力の制御は私かアジル教わるのだろう」
タントラ枢機卿は、女王白薔薇が新しく迎える婚約者の名前をだした。
ソフィアに説明を受けたが、女王のモナークへの異常な執着心の対策として婚約者が何人も招かれているらしい。
女王の婚約者は何人目かわからない。
婚約者を迎えるたびに守護神、緑の炎が殺していると噂だ。
「アリスの制御はできてるよ。僕はは不機嫌なだけ。アレクサンダーが番契約した跡なんて見たくなかった」
泣き出しそうなモナークの横を通り抜けて女王白薔薇がジュードの前に立つ。瞬間、頬骨に衝撃がはしる。女王の靴のつま先が翻る。
「オメガ風情が頭が高い。目線を上げることは許さないわ」
女王白薔薇はα至上主義と有名だ。女王のΩであるモナーク以外のΩを認めない。
王宮に入れるのは嫌がる。
「申し訳ありません」
白薔薇に側頭部を横蹴りされたが、ジュードはなんとかその場を踏みとどまり、口の中が切れるが澱むことなく返答する。
「あなた…私が蹴っても倒れないし、戦闘訓練を受けていると判断するわ。
生体強化型で魔術回路も見事なこと」
戦闘状態に入ったジュードの体には魔術回路が薄く光る。
再び破裂音がなる。綺麗に編み込まれていた亜麻色の髪と、服の襟をヒールのつま先で弾かれる。
敗れた襟口から、噛み跡を白薔薇が確認する。
「穢らわしいこと。ヴァルロメオ侯爵。噛み跡を確認できたわ。爵位と領地はそのまま継続を。下がってよくてよ」
白薔薇の爪先がジュードの肩に先を蹴り上げる。
衝撃によりジュードが後方に跳ぶ。
体幹をつかい空中で回転。
懐にある護符を胸元でおさえる。
ジュードは、防御術式を起動。
攻撃に反撃したい気持ちをグッと噛み締める。アレクサンダーの謀反の疑いを晴らす為にきたのだ。
薔薇園に風がかけぬける。
「白薔薇、彼は僕と同じオメガだ。攻撃するのは辞めて!」
モナークが間にはいる。
「オメガでも私は貴方と同じでは無い。
あなたは愛情深いアレクサンダーと逃げるべきだった。貴方は諦め女王白薔薇を選んだ。
アレクサンダーの番はこの私です!
今回は件は、女王のモナークへの愛情不足です。番のケアを他人にまかすとは何事です。
これ以上の侮辱は、受け付けません!」
ジュードの瞳が鋭く女王白薔薇とモナークを睨みつける。
「緑の炎との契約を知らず!お前が口を聞くな!」
ジュードは女王白薔薇が嫌いだ。
女王は、そのα性による独裁制で国を納めている。
多民族国家を謳いながら女王は大のオメガ嫌いだ。
モナーク以外のオメガを認めない。
「ねぇ白薔薇。その激情は僕に向けて」歌うような声が上空から投げられる。
緑の鬼火がユラユラと庭園に燃え上がる。八個の瞳と四本の腕、この国の守護神、緑の炎である。
地上に降りた緑の炎はジュードを立ち上がらせると、殴られた顔と衣服を瞬時に再生ささてしまう。
その八つの瞳が一瞬だけ収縮する。
「この子の未来がみえた…白薔薇、他の神の神巫だ。手を出しちゃダメだめ。それに気の強さが気に入った」
悪神と名高い緑の炎の対応にあっけに取られていると、女王白薔薇がジュードを睨みつける。
「ジュード。命拾いをしたわね。緑の炎があなたを気に入った。私は貴方が嫌いよ。ご機嫌よう」
先程の激情が何処へやら、感情を置いてきた人形のように女王白薔薇は踵を返して庭園の中央に帰っていく。
その後をモナークが続く。
目頭が赤くなっていた。彼はそれを隠すように優雅に踊るように歩き去るら。
ジュードは貴族の礼節をとり丁寧にお辞儀をする。
中央のパビリオンで、一連の流れを紅茶を飲みながらみていた、タントラ枢機卿はクスクスと笑っている。
「緑の炎は嫉妬深くてね、白薔薇が他の人間に興味を持つと、大抵は殺しちゃうんだ。けれど、君は他の神巫とよんで助けたね」
呆気に取られるジュードの横でカルロスが説明する。
「緑の炎は未来視ができる。必要な人間は殺さない。それが分かって白薔薇は君を認めたようだね。タントラ枢機卿、私の息子の番は中々のものでしょう」
カルロスの物騒なセリフにタントラ枢機卿が朗らかな笑い声を立てる。
ジュードの背筋に冷たい物がはしる。この二人の間で…いや、東の大国の王宮では人の命が軽すぎる。
「ヴァルロメオ侯爵、もし私が殺されたらどうしたのですか?」
「そんなの決まってる。それまでの命だとアレクサンダーに説明して終わりさ。私はジュードが簡単には殺されないと分かって王宮につれてきた」
薄々きづいてはいたが、東の大国の貴族には、人情や倫理観を持ち合わせていないようだ。
「ジュード君、私からのアドバイス。ここでは強者が正義だ。
君みたいな強いΩは歓迎だ。
力を磨きなさい。君がまた、王宮に来る日を楽しみにしているよ」
タントラ枢機卿の微笑みの下の狂気にジュードは戦慄する。
王宮から出ると。
王宮の入り口で機甲多脚戦車ヴァルトラウテの一個師団を待機させながら、アレクサンダーは煙草の紫炎を燻るらせていた。
やっとの事で帰ってきたジュードを見てアレクサンダーがカルロスに怒鳴る。
「親父!ジュードに何あっただろ!編み込んだ髪が乱れてる」
食ってかかるアレクサンダーにジュードは、何もと素知らぬ顔をする。
髪を編み込まれたのは、女王の仕打ちを予想していたのだろう。
そしてジュードは心に決めた。
カルロス様、私は女王白薔薇の独裁的な考えが嫌いです。
「私を文官としてこの王宮で働かせてください」
ジュードの強い意志にカルロスは大声で笑った。
「ジュード、緑の炎に対抗できる神と契約なさい。次の人柱会議に君を連れていこう」
こうして、ジュードの人生が動き始めた。