2.アレクサンダーの過去
ヴァルトロメオ侯爵カルロスに不幸が訪れた。
息子アレクサンダーが八歳の時、誘拐されて行方不明。妻のイザベラも重傷。遺言を残しカルロスの腕の中で死んだ。
四年後、ヴァルロメロ侯爵、家長カルロスは、息子を西の小国との戦場で一二歳の息子であるアレクサンダーを見つけた。
肉体改造された上に洗脳されたアレクサンダーは少年兵で立派な殺戮兵器に成長していた。
カルロスが東の国に戻るよう必死の説得したが、アレクサンダーは拒絶。
殺戮兵器として暴れまわるアレクサンダーをカルロスは、ヴァルロメオ侯爵家が抱える特殊機甲部隊ビトリオで複数機で確保。
東の国に連れて帰り、洗脳された脳核と残存している肉体を敵国の既製の兵士用人造肉体から切り離し、東の国の最新鋭の人造義体にフルメンテナンスした。
ヴァルロメ侯爵家のは特級αの名家である。アレクサンダーの残存していた肉体は予想より多かったせいか、オメガバースの二次性である特級αとしての性別を維持できたのは不幸中の幸いだった。しかし、不幸もあった。
腕のいいカウンセラーを雇ったが、アレクサンダーにかけられた洗脳を解けきれなかってた。
女王白薔薇を敵視すると考えを取り除く事ができなかったのである。
「さて、アレクサンダー。何をしようか?」カルロスが息子に尋ねた。
脳核を擬体に変えたばかりで、脳神経から肉体への伝達が鈍く動きがぎこちない。
戦闘中になると水のように滑らかに動くから不思議である。
アレクサンダーは無言で父親の書斎机に腰掛けた。父親は息子の希望をきこうと隣に腰をおろした。
「親父、アルゼントュムの王宮では俺の一族や家族の命は軽いんだろ」
「そうだね」とカルロスは頷く。
「なら、俺が女王白薔薇を殺すのも許されるだろ」
何を言い出すかと思えば女王への殺意だ。最近まで誘拐されて敵国の少年兵として粗末な義体で育っていた息子の発想にカルロスはわざと笑った。
「確かにそうだ!でもな、アレクサンダー。それは無理だよ。君はまだ子供だ。女王白薔薇を殺すと、周りの人間が君を殺そうとする。
「……」
「まずね、君を殺せるのは剣聖カルエラか呪い払いができる聖僧向日葵くらいだ。君は粗末な擬体でもとても強くて、今じゃ最新式の擬体で戦える最強のサイボーグだ。アルゼントュム国から危険視されている」
「…親父は俺を殺すのか?」アレクサンダーの言葉にカルロスが戸惑いの色を見せる。
「私は君の父親だよ。息子を殺すなんてできないさ」
「……でも!親父なら!特殊機甲部隊ヴァルトシュタインを指揮できる」
アレクサンダーは言いつのり、父に詰め寄る。
カルロスは息子の首もとに手をかけ引き寄せ、その耳元で囁く。
「私はね、君の母に頼まれたんだ。君を守れと」
「母上が?」
「ああ、だから君を殺すなら私ではないよ。アルゼントュム国で一番強いとされる剣聖カルエラか聖僧向日葵だ。そして、もし私が君を殺すとしたら、それは君が女王白薔薇を殺した時だけだ」そう言ってカルロスはアレクサンダーの首にかけていた手を離した。
「親父!それでも、俺は女王白薔薇の首を取りたい!」
「それは、無理だ。彼女は強い。守護神、緑の炎もいる」カルロスは息子をなだめる。
「親父、俺は女王白薔薇が憎い。母上が死んだのも。俺がこんな体になったもの全部、女王白薔薇のせいだ。西の国と敵対したせいで、俺は攫われ、母上は殺された。俺は女王白薔薇が憎い」
「そうか……では、お前に良いことを教えてやろう。白薔薇の幼馴染のソル侯爵家のΩのモナークを物にする気はないか?」カルロスの瞳が細まり、試す様にアレクサンダーにといかける。
「モナークは、剣聖カルエラの弟子だってきいた。すげぇ呪い付きで前線で戦ってるって…」カルロスの表情にアレクサンダーがおじけづく。
「なぁアレクサンダー。戦い方は、武器を握り敵を倒すだけじゃない。相手の懐に入って弱みに漬け込むの手だ。女王白薔薇の弱みは幼馴染のモナークだ。あのΩを籠絡してこい」
カルロスの言葉にアレクサンダーの心がささる。母親の敵。自分の身の上に起こった悲劇。この悲しみを誰にぶつけようか。
「わかった!親父、モナークを必ず俺の物にするよ」
アレクサンダーはそう言い残すと部屋を飛び出した。
残されたカルロスが言い忘れたと、アレクサンダーの背中に声をかける。
「モナークには呪いがかかっていてな。両思いになると死ぬんだ。決して相手に惚れれるなよ」
ヴァルロメオ侯爵カルロスの、その忠告は仄暗く胸に響いた。
のちにアレクサンダー、剣聖カルエラの一番弟子モナークと親友になり、更に5年後に恋人になっていた。
アレクサンダーはそこで、がばりとおきた!
「いやな、夢だな…籠絡どころか、振られたさ」
思わず、涙が溢れそうになった。
十ニ歳の頃は洗脳がとけず友人を作れないアレクサンダーにカルロスは、モナークを籠絡しろなど、嘘か本当か分からない冗談を言って友人を作るよう進めた。
その時の夢だ。
ため息を一つ。
心の中の悲しみを追い払う。
アレクサンダーは、隣の美しい番を見つめた。パッと心が温かくなる。
「大事な俺の番」
ジュードの形の良い額にキスをする。
寝息を立てるジュードが可愛いて、愛おしくて、たまらない。
アレクサンダーは『あること』を、して部屋を後にした。