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鹿原家の話


鹿原家の大黒柱、鹿原清さん七十五歳。奥様の良子さん七十歳。長男名生さん三十五歳。長女サクラさん二十五歳。父、母、長男、長女の四人家族。

父親はすでに動めていた職場を定年しに隠居暮らし。母親は専業主婦。長女のサクラさんは某デパートで働いている。長男は行方不明。


「いきなり息子の話を聞かせろと言われても・・・」


行方不明という状況を聞いて具体的な話を聞きたくなるのは当然だろう。相当古い写真を見せられて「この写真をどこで?」と聞かれるほどだった。

私だって現在進行形の写真だと思っていたらこんな昔の写真だったとは予想外だ。


とりあえず長男が行方不明だと聞いて、どこでこの写真を手に入れた、などそんな小さなことは言っていられない。

長男の名生さんが行方不明になった理由を聞きたい。何か事件に巻き込まれたのか、一体何があったのか。


「鹿原という苗字は青森県に多いみたいですね」


世間話のつもりで聞いたその言葉に父親の目はぎらついた。何が気にさわることでも言ったのか。


「お父様は青森県出身だとお聞きしましたが、ねぶた祭りが有名ですね・・・」


父親は無視してくる。

和ませようとしたが何故か機嫌を悪くさせた。その意味を知りたかったが聞けない雰囲気だ。


「えーと・・・」


私が困っていると見かねた母親が優しい口調で声をかけてきた。

 

「わたしが代わりに」


長男は夢を追いかけて愛知県から上京した。久しぶりに連絡をとれば具体的な話はせず「なんとかやってる」の一点張り。次第に電話しても出なくなり、メールがぼちぼち来る程度。次第にメールもなくなり電話もつながらなくなったという。


行方不明の大まかなパターンはそういうものだ。私にだって覚えはある。幸いなことにこの出版社に拾われてなんとか命を制でいるがすぐにでも居なくなりたいという気持ちは理解できた。辞めたい死にたいと思うことも何度もある。夢破れた後の人生は生きているのか死んでいるのかよくわからなくなる時がある。


ただこういう話は久々の再会があって家族の愛によって堕落した人生をやり直すというサクセスストーリーが定番だがネガティブな話は初めてだった。

長年連絡が取れなかった息子さんは一年前に亡くなっていたー。


ちょうど一年前、八月九日、長崎に原爆が落とされた日だ。六日の広島原爆の日と同様にテレビや新聞で大きく取り上げられている。日本人にとって決して忘れられない日。思い出したくない日という声もある。私は後者の意見だ。


2011年3月11日に起きた東日本大災にしたって風化させてはいけないという考えがある一方で、何をしたって死者は生き返らないのだからそんなこと忘れて前を向こうという声もあった。私は後者の意見だ。


ようやく忘れかけた頃にニュースや新聞でまたその日の記憶を蘇らせる。同じ失敗を繰り返さないようにという教訓も込めて、更には死者に対しての追悼の意味もあるのだが、経験者にしか本当の意味でその痛みは理解できない。


里村がいう「両親のいる感覚がない」という言葉は今になって少しだけ理解できた。当たり前に両親がいる子供といない子供では当然感覚が違う。親にしても子供を亡くした親の気持ちは本当の意味では理解できないが、だからこそ今父親の口から息子さんの話を聞きたいと思った。

死者の遺影もないこの家で思い出したくない過去を甦らせる理由がここにある。それがジャーナリストの仕事だからだ。


鹿原家の娘さんが私にお茶をし出した。


「緑茶です。わりと高いお茶なんですよ」


「あ、どうもおかまいなく・・・」


一人娘の鹿原サクラさん。ショートカットで笑顔が印象的な色白美人。歳が離れたお兄さんにたいそう可愛がられていたと予想したがそうでもないらしい。

プロレス技ばかりかけられていて幼い頃には手加減なしで脱臼させられた事もあったようだ。なんという兄貴だ。


「あのー、兄の話を聞きたいんですよね?」


サクラさんはパッチリとした目を向けたまま、ゆっくりはにかんだ。少し照れながら私はうなずいた。


「だったら父に聞くより私の方が詳しいかも。メールもちょくちょくやり取りしてたから」


父親は咳払いをして席を立った。母親は座ったまま俯いている。


「兄の何が聞きたいんですか?」


サクラさんは私の目をしっかり見て顔を近づけた。私と同じ年の偶然に運命的なものを感じながらも冷静さを装っていた。

正座になる。軽く咳払い。お茶を一口。


「私はお兄様の死因をまず知りたいです」


サクラさんの上がっていた口角はゆっくり下がりはじめ目は遠のいた。


「そうですか・・・」


「あっすみません。お話したくないのは当然なのですが、こちらも仕事でして。どうしてもその部分を知らなければならないんです。どうか理解してください」


「勝手に取材させてくれって言って兄の死因を他人のあなたに言う必要があるんですか!」


「えっ・・・」


思わぬ反応に私はたじろいだ。


「し、しかし・・・取材させていただけるとおっしゃったからお話を聞いてるんです。確かに亡くなられていたのは予想外のことでした。しかし、その原因を知らなければ読者は納得してくれないんです」


「それはそちら様の都合でしょ!そもそもなんでうちなんかが取材されるんですか!成功した家でもないんです」


「そ、それは・・・」


そんなこと私に言われても私だって知らない。


「兄の死因はお話しできません!」


「なぜですか?お父様は先ほど行方不明と嘘をつかれました。お母様が言われなかったら知らないままでした。人の死を知っていながらすぐに話さなかった事はとても気になります。ジャーナリストとして言わせていただきます。真実はいつも一つなんです」


性分だろう、出版社の中では落ちこぼれの冴えないサラリーマンだが一般人と比べたらジャーナリズムは雲泥の差がある。

私の真剣さにおされたのかサクラさんは少し怯えた目で私を見た。


「失礼します」


と私のお茶を一口飲んだ。間接キス。どうでもいい。


電話が鳴った。里村だ。


状況報告の内容だったが、私はあまり機嫌がよくない。後輩に状況報告などプライドがズタズタだ。一言だけ里村に言いたいことがあった。


「お前、人の生き死に関わることはあらかじめ伝えておいてくれ!」


里村は困惑していた。どうやら里村も知らなかったようだ。ならば沖田の責任だ。この件が片付いたら文句を言ってやろう。


「ああ、サクラさんすみません。会社からの電話で・・・」


「いいえ」


サクラさんはお兄さんのことを思い出すように顔を上げた。どういう人間だったのか、趣味や特技、人間関係、恋人はいたのか、そしてなぜ亡くなってしまったのか。


「まずは私の話からしてもいいですか?私の言うことを信用してもらいたいから」 


もちろんサクラさんを信用していないわけではない。なぜ、そんな事を言い出したのかわからなかったがとりあえず話を聞くことにした。


「私が生まれたのこの愛知県のー」


色っぽい口調に最初は胸ときめいていた。五分経過。十分経過。

サクラさんの話は長く老人の昔話でも聞いているような気分になった。


「そろそろお兄様の話を・・・」


「あ!そうですよね。私ったら・・・へへ」


息子の死を隠す父親。俯いばかりいる母親。まともだと思っていた娘もどこか話をそらして様子がおかしい。死者の遺影もない家庭など初めてだった。鹿原家は何かおかしい。

サクラさんがようやくお兄さんの話をしたのは一時間が過ぎた頃だった。


プロレスが大好きだったこと、友達が多かったこと、お酒が好きだったこと、そして大好きな彼女がいたこと、その一つ一つが三十四歳の若さで亡くなられたお兄さんの歴史だったー。








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