矢代の話
入社三年目に差し掛かった頃、私は編集長になっていると勝手に想像していたが、未だ平社員で更にはやり手の後輩である里村に追い抜かれていた。
里村は要領がよく、一を聞いて十を知る、を絵にかいた様なデキる男だ。
一年後輩の里村が電話対応をした時も私のような失敗などしなかったし、更には私のミスをかばう人だった。
上司の沖田には「矢代さんより動けなかった自分のミスです」「矢代さんではなく自分がやるべきでした」と妙にディスられている感じはあったが先輩が食事に誘っても必ず自分の分は自分で払うという律儀な男だった。
「自分で食べたものは自分で払いたいですから」
妙に説得力のある言葉に何も言い返せない。上司の沖田が取材の仕事を任せた時、里村は雑用仕事ばかりの私の名前を出して一緒に組ませてくれと直談判したらしい。そして私はある家族の取材をすることになった。
「いいですか?矢代さんはとりあえず、話だけ聞いてきてください」
具体的な話も聞かされないまま、とにかく行動をさせたがった。
「理由がなきゃ動けないだろ」
私はそういう人間だったし、後輩に指示されるのは大嫌いだった。
「生意気なこと言っているのは重々承知しています。でも、これは矢代さんの為もあるんですよ」
ファミレスでそんな言葉をかけられたが何も心に刺さらない。
「矢代さんには言いますけど、僕には両親が居ないんです・・・僕が小さい頃、事故で亡くなったとかで。僕だって本当は生きているのが奇跡だって言われてるくらいの大事故で・・・。それでおじさん夫婦に面倒見てもらって大学にも行かせてもらったんですけど・・・恩返しするには出世しかないんです。出世払いの借金がたくさんあるんです。僕のわがままを聞いてもらえませんか?」
そんな話をコーヒー片手に語っていた。やはり今時にしては珍しく律儀な男だ。学費くらい親戚に立て替えてもらった所で本気で返そうとする奴はあまりいない。
「矢代さんしか頼める人いないんです。僕には両親のいる感覚がないから・・・僕が成功したあかつきには本を出版して、恩人として矢代さんの名前を必ず出しますから。そうしたらパッとしなかった出版社時代にも意味がある思うので」
相変わらずディスる。
「他に頼める奴いないの?」
「サラリーマンは出世競争じゃないですか。自分の座を脅かさそうとする人間ばかりです。そんな考えがない人がよくて」
私はもう出世争いから外れているという前提の話だろうか、能力に見切りをつけた発言に聞こえたが、悪気なく人を傷つけるのもこの男の特徴だと理解していた。
「もちろんお礼はします!じゃあ、お願いしますね。僕も忙しいので。この家族の取材です。まめに連絡ください、じゃ!」
茶封筒を見せられ単独取材を任された。
「とりあえずコーヒー代奢りますね」
「おい!まだうけるとは言って・・・」
人の話も聞かず里村は足早にファミレスを出て行った。
『鹿原家』と書かれた茶封筒の中には一枚の写真が入っていた。私は怪訝そうにその写真を見つめた。
こうなりゃギャンブルでも風俗でもなんでも奢らせてやる。




