兄は人狼⑦
頭の痛みを感じて目を覚ます矢代。
「おはようございます。矢代さん。それではカードを確認してください」
うっすらとした意識の中で聴覚だけはその言葉を認識していた。
目の前にはレスラーマスクを被る男。矢代は恐る恐るその男を注視する。その言葉を発した張本人だと気づくのにそう時間はかからなかった。
「な、なんだ、あんた・・・」
「矢代さんカードめくって。他の人に見せないでね」
聞き覚えのある声に矢代はそちらを見る。
「サ、サクラさん!どういうことですか!」
鹿原サクラは怪訝な顔で矢代を見る。隣にはサクラの父親、鹿原清と母親の鹿原良子がもの悲しくイスに座っている。
「そういうことはもういいの!今から人狼ゲームをやらされるの」
「人狼ゲームって・・・」
「皆様には殺し合いをしていただきます」
レスラーマスクの男の声は機械的だった。
「あんた誰なんだよ!」
「私ですか。私の名は」
「そんなことどうでもいいの!矢代さん」
「サクラさん僕には何がなんだか・・・」
「私も最初はそうだった。でも、今は落ち着いてる」
「はじめまして、矢代さん。アラックスと申します」
「アラックス?」
「矢代さん。ご存じではないのですか?」
鹿原良子は不思議そうな顔で矢代を見る。
「アラックス君がここに連れて来た理由は矢代さんの指示だと・・・」
「わしらになの用なんだ。未だに息子の死因を嗅ぎ回っているのか」
鹿原良子と清は怪訝そうな顔を矢代にむける。
「お、お父様。いや、僕にも何がなんだか・・・私は頭を殴られてここに・・・」
「コロコロ人格が変わる人ですね。一番信用ができない」
アラックスの機械的な声が困惑を増強させた。
「何を言ってるんだ!ジャーナリストは信用が一番なんだ!俺はあんたと面識なんてない!」
「ジャーナリストかぶれのゴシップ記者ではなくてですか」
「なにを!」
「まあ、いいでしょう。確かに矢代さんとは初対面です。ただ」
「ただ、なんだよ!」
「沖田という人物をご存知じゃないですか」
「沖田?・・・沖田って、うちの編集長か!」
「鹿原家について取材を依頼されたようですね」
「あ、ああ・・・一応仕事だからな」
「やめてもらえませんか」
「やめろって言われても・・・」
「非常に迷惑です」
「取材をやめろと言われるなら俺は別に構わないけど・・・」
これ以上やっかいごとはしたくない矢代は内心ほっとしていた。
「でも、里村がなんていうか・・・あっ、里村っていうのは俺の後輩で、やり手のー」
「皆様には殺し合いをしていただきます。この五人の中で生き残った方には賞金一億円差し上げます」
「人の話聞けよ!」
「サクラさんとご両親。それに矢代さん」
「四人しかいないじゃないか!」
「私も参加します」
「・・・あ、あんたもやるんだな!」
鹿原サクラは眉間にシワを寄せた。
「矢代さん、今から何をやるか分かってるの?」
「人狼ゲームってやつじゃないんですか?」
鹿原サクラはゆっくり頷く。
「それでは皆様には殺し合いをしていただきます」
「だからなんだよ!さっきからそれは!ただのゲームだろ?大袈裟なんだよ!変なゲームで殺すとか今の世の中、大騒ぎになるぞ!」
「誰にもばれません」
「ばれるだろ!ホラー映画の主役にでもなったつもりか!」
「私は魔法使いですから」
「は?こいつ頭イカれてる。俺も大概人のこと言えないが、こいつよりはマシだ・・・」
「矢代さん。今の世の中、死者、行方不明者がどれだけいるかご存知ですか」
沈黙。
「地震や災害で亡くなられた方がどれほどいるのか。何年経っても何十年経っても見つからない人は大勢いるんです」
「何が言いたい・・・」
「不必要な人間から排除されていく。それが自然の流れ」
「そんな勝手な言い分が」
「矢代さん。もうそういうのはいいの」
「サクラさん・・・」
「正義感とか、善意とか、もうそういうのはいいの」
「サクラさんどうしちゃったんですか?あんなに優しかった人なのに・・・」
「あなたの責任よ!だから関わらないでって言ったのに・・・」
鹿原サクラの怒りの感情はやがて悲しみに変わった。
「わ、わかりました。もういいです。わかりましたから・・・」
そっとハンカチを差し出す矢代。
「臭いんだけど!このハンカチ。ちゃんと洗ってる?」
「いや、一週間くらいポケットに入れっぱないだったかも・・・」
「最低!」
「ポケットの中に入っているカードを見てください」
「カード?」
「カードには市民二人、人狼一人、占い師一人、騎士一人がランダムに一枚ずつ入っています。決して誰にも見せないように」
「その前に少しよろしいかしら・・・」
鹿原良子がレスラーマスクの男の話をさえぎる。
「なんですか」
「せっかくだからあなたの顔が見たいわ」
「それはできません」
「なぜですか?」
「逆になぜ見たいのですか、お母様」
「あなた一体誰なの?」
「アラックスですよ。息子さんの親友でした」
「声がわからないもので」
「機械音ですから」
「どうしてそのマスクを被ってるのかしら」
「雰囲気作りです」
「そのマスクに見覚えがあるの」
レスラーマスクの男は言葉を飲み込んだ。
鹿原サクラは心にしまっておいたものが抑えきれずつぶやいた。
「お母さん・・・」
「このマスクに見覚えがありますか」
「ええ」
鹿原良子は思わず立ち上がった。
「本当は名生じゃないの?」
鹿原良子の問いかけにサクラが続ける。
「お兄ちゃん?」
「私にはわかるんです。母親ですから」
レスラーマスクの男は一瞬息を飲む。
「何をおっしゃってるのかよくわかりませんが、私の名はアラックス」
「ならマスクをとってください」
鹿原良子の隣で鹿原清もかたずをのむ。
「それはできません。皆様には殺し合いをしていただきます」
「いいから黙ってマスクをとって!」
レスラーマスクの男は言葉をとめる。
「よくわかんないけど。さっさと取ったらどうだ!マスクマン!」
勢いよく矢代が立ち上がりレスラーマスクの男につかみかかる。
「・・・矢代さん、ちょっと冷静になってよ」
暴力行為に困惑しながらサクラが止めに入る。
「サクラさん離してください!俺が無理やりはがしますから!」
「皆様には殺し合いを」
「うるせ!」
機械音が外れる。
生の吐息が響く。
やがてマスクは剥がされた。
「していただきます」
沈黙。
「名生・・・」
言葉を失う鹿原良子。
「ちょっと待ってくれ!ちゃんと説明してくれないと・・・あんた名生さんだろ!」
里村からもらった写真は幼少期ではあったが、その面影は初対面の矢代であっても亡くなったはずの鹿原名生だと認識できた。
「皆様、席についてください」
「ちゃんと説明しろ!」
「お兄ちゃん生きてたんだ・・・」
「名生・・・」
鹿原家の人間は言葉を失う。
「それでは話し合いを始めてください。人狼は誰でしょう」
沈黙。
「もし、私がこのゲームに負けたらすべてをお話いたします」
「本当でしょうね!これはスクープですよ。死んだはずの人間が生き返って殺人ゲームをする。こりゃ傑作だ!」
「私が負ければの話です」




