会社の話
外はせみの鳴き声がうるさかった。
「いきなり息子の話を聞かせろと言われても…」
それがお父様の第一声だった。歳は還暦をとうに超えているだろうか、あまり年齢を聞こうとはしない私だがしわの年輪がそう予想させた。
還暦を超えたこの世代の男親の共通点は妙に我慢強い所だ。辛くても人に言わない。悩みがあっても人に話さない。それでいて自分が心許すものには無邪気に何でも打ち明ける。
私の死んだ父親もそうだった。この家族の取材をするよう上司の沖田に言われた時、私は乗り気ではなかった。
文章を書く仕事に憧れて出版社に人社したはいいが(作家になる才能はない)雑用ばかりで思ったような仕事、例えば有名作家の編集などはやらせてもらえなかった。
「この家族の取材をしてきてくれ!」
沖田の表情は鬼気迫っていた。一般人のドキュメンタリー本なんて誰が読むんだよ。そんな思いだったが縦社会上、了承せざるをえなかった。
上司の沖田は詳しい話はしないまま「ただ言われたことをやれ!それがサラリーマンだ!変わりはいくらでもいるぞ」と、いつもこの口調だ。
入社したばかりの頃、電話対応で上司の沖田に代わってほしいと言われたので「沖田さんですね」と交代した。一年先輩の女性社員、山口先輩に「矢代君、会社での電話対応は上司でも呼び捨てにするの」と注意された。「それって失礼じゃないですか?」私が反論すると山口先輩は、「はあー?」と、ため息をして何事もなかったように仕事にもどった。「えっ、俺、何かまずいこと言いました?」周りの先輩に問いかけたが誰も何も言ってはくれない。
わかる奴はわかる。わからない奴は一生わからない、といったこの日本人特有の空気感は前世から人間経験二回目くらいであろう私にはレベルが高すぎた。
こそこそ話や鼻で笑う先輩たち。真っ赤な顔になっているのが自分でもわかるくらい恥ずかしくなってあわよくば死にたくなった。
悔しくて再び電話がかかってきた時には一目散に電話をとった。
「あ!っ、沖田ですね。沖田は今、対応中でして。あっ!ちょっと、お待ちください。今、手が空いたみたいです」
沖田さんが受話器を置いたのを確認して私は得意げな顔をした。
「沖田! 電話!」
山口先輩は目を丸くして驚いている表情だ。すぐに教えをマスターしたイケメン新人として出世は早いであろうと確信した。沖田さんの目の奥は相変わらず殺気立っていた。山口先輩は私と目を合わせないまま、やがて電話対応が終わった沖田さんに呼び出された。こそこそ話や鼻で笑う声が聞こえる。
ねたみやひがみは人間の性だと理解はしていたが
「矢代君のせいだからね!」
と山口先輩の震える声に違和感を覚えた。
それからしばらくの間、私は電話対応をさせてもらえなくなった。山口先輩は体調不良で休みがちになり数ヶ月後退社した。
後々聞いた話では社外の人間からの電話は上司であろうと呼び捨てにするのはいいが、社内では呼び捨ては絶対にダメだと教えられた。今思えば良い勉強をさせてもらったと理解している。




