死因の話
兄の話ですよね?
私が物心つく頃の兄は、お誕生日会やサッカークラブなど人が集まる場所でいつも友達に囲まれていました。
友達の少ない私はそんな兄が少しうらやましくもあった・・・。
行方不明になった時も私には「元気でやってる」と連絡がありました。
私はあんまり干渉しなかったし、兄もそうだったから「何か困ったら連絡して」くらいしか言わなかった。
そんな日々が何年も続いて時、兄の友人から兄が亡くなったと連絡をうけました。本当にびっくりして・・・遺体は見るかげもないほどで・・・。
特に兄と仲の良かったその友人が兄の死を教えてくれたんですけど確か・・・名前はなんだったかな・・・兄はみんなに独特のあだ名をつけるから思い出せなくて。ごめんなさい。なんか急に寂しくなってきました・・・。
その時の光景が頭に浮かんでくるともう思い出したくありません・・・。あの、父と母からも兄の死因について話を伺いたいでしょうけどきっと何も話さないと思います・・・。ごめんなさい。
申し訳ないですが、このレポートを最後に鹿原家のことを取材するのはやめてください。そっとしていてほしいんです。また遅いうちご連絡をさし上げます。
鹿原サクラ
出版社。
「矢代さんどうなってるんですか?」
里村は相変わらずうるさい。どうもこうもない。このメールを見ればわかることだ。取材計可をもらっているとはいえ、他人の家の事をとやかくかぎまわるのは迷惑だろう。そんなことは百も承知だが、そういうところに首を知っ込むのが私たちの仕事だ。
「一度家に行ってみるよ」
もうすぐ定年を迎える沖田さんのためにも仕方なく行動するしかない。
「お願いしますよ」
「わかってる」
太陽の光が私の顔を照らしていた。
頑なに長男の死因を話さない家族。そんな状態で死者は報われるのだろうか?成仏できるのだろうか?私には理解できない。人の死を軽く見ているとしか言いようがない。家族とはそんなものなのか?
ユーモアの源泉は悲しみだという。
怒りの源泉は行動だという。
辛ければ笑うことで癒され、怒れば奮い立とうと一歩踏み出す勇気が出る。人間とはそういうものだ。
照り付ける太陽の下、「矢代ー」と、声をかけらた私は振り返ると、黒ずくめの何者かに頭を強く殴られ激痛と共に気を失った。




