六話 油断と衝撃とさらなる真実
十数年、隠されてきた秘密の暴露。それをもって、王妃は捕らえられ、フレンは王位継承権をはく奪された。
そんな中。
「あ、あの……」
アルフォンは恐る恐る手を上げながら、国王に対し、問いを投げかけた。
「結局のところ、ウチの娘達の処遇はどのようなものに……?」
「処遇も何もない。リリアン殿は元から無罪。フェリシティ殿も、殴った相手は王族ではなかった。まぁ、暴力沙汰にしたことはまことにけしからんことではあるが……その結果、王妃のたくらみが明るみになったのもまた事実。よって、今回はおとがめなしだ」
その言葉に、アルフォンはほっと胸をなでおろす。だが、それも一瞬のことであり、次の瞬間にはフェリシティのことを怒りの眼で睨みつけていた。
「(う、うわぁ~。お父様、あれ完全にキレてない?)」
「(間違いなくキレてますね。しかも相当に。額に青筋たててますし。帰ったら、確実に本気のお説教コースですね)」
「(いやぁぁぁぁっ!! 本気で怒ったお父様の相手、マジで大変なんだって!! いつもなら怒鳴るだけで何とかできるけど、本気の時は泣きながら怒ってくるから、もうどうしていいかわかんないんだよぉ~)」
怒鳴るだけならまだいい。だが、本気の時は、アルフォンは泣きながら怒ってくる。その姿に申し訳なさと罪悪感にさいなまれ、そんな時間が延々と続くのだ。
フェリシティにとって、暴言やら暴力よりも、より心にくる仕打ちである。まぁ、だからこそ、効果的ともいえるのだが。
しかし、クロウは敢えて冷たく一蹴する。
「(当然の結果ですよ。今回、たまたまいい方向に転がりはしましたが、本来ならお嬢は処分を言い渡される側。何もおとがめなしはマジで奇跡なんすから。父親からしてみれば、この上なく心配したはずです。観念して、怒られてください)」
「(うぐっ……正論すぎて何も言い返せない……!!)」
フェリシティも今回の件で自分が処罰されないことがあり得ないことくらい理解している。通常、王族を殴っただけでもただでは済まない。たまたま、彼女の行動が王妃の計画を台無しにしただけの話。それが分からない程、彼女は馬鹿ではないのだから。
これはもう覚悟するしかない……そう思っていたその時。
「……そだ」
ふと、その場に膝をついていたフレンが口を開く。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!! こんなこと、嘘に決まっている!! 僕が王族じゃない? 母上が反逆者? そんなのあり得ない!! こんなこと、絶対に、あり得ない!!」
未だ現実を直視できない口ぶり。無理もない。今まで信じてきたものの全てが嘘偽りであると告げられたのだ。自分の出自も、地位も、そして何より父親も。国の未来を担う王族から一転、反逆者の息子になり果ててしまった彼の心はそれだけズタボロにされてしまったのだ。
だが。
「……お前のせいだ」
今までの行動から分かるように、フレンという男は、どこまでも身勝手な性格をしている。
もしもここで、全ての現実を受け入れ、一からやり直すことになれば、彼の人生はまた違ったもになったかもしれない。たとえ、反逆者の子供だったとしても、全うな人生を送れたかもしれない。
だが、彼には、フレンには無理だ。
今まで王族だからとふんぞり返ってきた彼には、こんな現実を受け止める度量などなかった。
故に、彼がとった行動は単純明快。
他人に責任を擦り付ける、というものだった。
「お前が、お前がお前がお前が……!! お前が僕の婚約者なんかだったからぁぁぁぁあああああああああっ!!」
懐から短剣を取り出し、彼は駆け出す。
その先にいるのは、自分を見捨てた国王でも、自分を殴った公爵令嬢でもない。
先日まで婚約者であった、リリアンだった。
何故、ここでリリアンなのか。
それは簡単な話。彼女がこの場で一番弱そうだったから。
フレンはとりあえず、自分の怒りをぶつけられる相手を欲したのだ。
この場では国王はどれだけ傷つけても死ぬことはない。フェリシティに至っては自分を痛めつけた人間であり勝てないと分かっている。ならば、自分が憎しみをぶつけられる相手は一人しかいない。
ここに来て、フレンという男は、まだ自分勝手な行動をとり、弱者を傷つけようとする。
何とも愚か。何とも浅ましい。そして、何とも運がない。
何故なら、ここにはたとえ相手が王族であろうとも、自分の妹を傷つけるのであれば容赦なくぶちのめす、公爵令嬢がいるのだから。
「――――――ふんっ!!」
フェリシティの強烈な拳が、フレンの頬を破壊する。
「がっ……っ!?」
フェリシティの拳は、完全にフレンをとらえ、一撃でその場に倒した。
元々、未だに骨折が治っていなかった場所に容赦のない一発。傷口が開くどころか、完全に悪化させただろう。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
「大丈夫?」
「は、はい……」
妹の無事を確認するフェリシティ。
その瞳は珍しく、リリアンをちゃんと見ており、真剣な眼差しであって。
……まぁ、実際のところは。
(くっ……怯えながらもちゃんと私に返事をするその姿、可愛すぎでしょ……あ、やば。尊すぎて鼻血が出そう……)
などと、内心はいつも通りの馬鹿なことを考えていた。
とはいえ、だ。何はともあれ、これで全て片付い―――
「っ、ふ、ざ、けるなぁぁぁぁあああああああっ!!」
一瞬。
本当に一瞬だった。全てが終わり、めでたしめでたしと言わんばかりな空気が流れたその瞬間、フレンは一瞬にして起き上がり、再び短剣を突き出しながら突進をしてきた。
(嘘っ、何て速さ……っ!? っていうか、さっきので確実に意識は飛んだはず―――っ!!)
あり得ない。
確かに、死なないようには手加減はした。だが、それでもこれはあり得ないだろう。先ほどの一撃を喰らって意識が飛んでいないのもそうだが、普通に動けていることが不可能なはず。
火事場の馬鹿力とでもいうつもりだろうか。
しかし、何が原因だろうが、これはまずい。
フェリシティは先ほどの一撃で全てが終わったと思い、完全に気が緩んでいた。その隙をついての攻撃。油断したところからの凶行だ。
しかも、距離が距離だ。防御をすることも、回避することももう無理な状態。このままでは確実に短剣がフェリシティを貫く。
……はずだったのだが。
「―――お嬢っ!!」
声と共にクロウがフェリシティの前に出る。
すると、どさっ、という生々しい音と共に、クロウとフレンは激突した。
「邪魔を―――」
「いい加減にしろよテメェ……俺の大事な人に手ぇだしてんじゃねぇぞ!!」
雄たけびと共に、クロウはフレンの身体を掴む。
そして、そのまま背負い投げを喰らわせた。
「がっ―――こ、の……」
「ふんっ!!」
倒れたフレンに対し、クロウはその顔面を蹴り潰す。
最早、そこには美男子と言われた王子の顔はない。殴られ、蹴られ、ボロボロになった哀れな男が血を流しているに過ぎなかった。
クロウの蹴りが効いたのか、フレンは今度こそ気を失い、衛兵たちに捕らえられた。
「大丈夫ですかい、お嬢」
「ええ、何と……え? く、ろう……」
思わず、言葉が詰まる。
こちらを振り向き、笑みを浮かべていたクロウ。
だが、その胸……もっと言うのなら、心臓部分に短剣が突き刺さっていた。
「ああ……流石に、これは、やばいな……」
言いながら、まるで力尽きたかのように、その場に倒れこむクロウ。その拍子に、短剣は彼の胸元から抜けた。
そんな彼の傍に、フェリシティは即座にかけよっていく。
「貴方、何で……!!」
「はは。しくじっちまいましたね。でも、言った、でしょう? この命に代えても、ちゃんとお守りします、よって……」
「馬鹿、馬鹿!! そんなこと聞いてるんじゃないわよ!! しっかりしなさい!! 何死にそうになってるの!! 私にボコボコにされてもしなかったじゃない貴方!!」
「あははは……まぁ、そんなこともありましたけど……そういうこと、今いいます?」
「うるさい黙りなさい!! 勝手に死にそうになってんじゃないわよ!! 貴方は一生私の傍にいてもらうんだから!! こんなところで死ぬなんて許さないわよ……!!」
「はは。そりゃ……怖いな……」
苦笑しながら、クロウは刺された自分の胸に手を当てる。
と、そこで彼は怪訝な顔つきになった。
「……お嬢。ちょっと言いたいことが、あるんすけどね……」
「黙りなさい!! 聞く耳持たないわよ!! 絶対に死なせないから!!」
「いや、そうじゃなくて……」
「ああもう!! 医者はまだこないの!! 王宮なんだからこういう時に常駐させてるはずでしょう!!」
「いや、多分医者は必要ないっていうか……」
「もう助からないからいらないって? ふざけんじゃないわよ。もう一回そんなことを言ってみなさい。その顔面に拳を叩きつけるわよっ」
「いや、それ完全に俺死にますよね? 息の根とめるつもりですよね? そうじゃなくて、その……大変言いづらいんですが……もう血、止まったみたいなんすよ」
「はぁ? 貴方何言って……………………あれ?」
言われて、視線を傷口にやる。やるのだが……クロウの言う通り、血は既に止まっていた。
いいや、それどころか、先ほどまで確かにあった傷口がどこにもない。
刺されたのが見間違いだった? いや、確かにさっきまでは刺さっていたし、床に落ちている刃には血がどっぺりとついている。
一体、何がどうなっているのやら。
「え? え? え? どゆこと……?」
「当然だ。彼はこの場では死なない。私の血を引いている彼は」
フェリシティの疑問に答えるかのように、国王が口を開く。
しかし、その一言の意味合いを、フェリシティはすぐには汲み取ることができなかった。それだけ彼女は今、混乱しているのだ。
そんな彼女のことを察してか、国王はダメ押しと言わんばかりに、止めの一撃を与える。
「彼の正体は十七年前に死んだとされた、この国の第一王子。我が息子―――オルスだ」
「………………………………………………………………はい?」
衝撃の真実を前にして、フェリシティはさらなる混乱と共に、そんな言葉を口にしたのだった。