五話 真実は常に残酷なもの
「陛下っ!?」
国王の突然な行動に一同は驚愕する。
だが、さらに驚くべきことは。
「慌てるな。心配はない」
淡々とした口調でそう言ったこと。
いや、もっと正確に言うのなら、首に短剣を突き刺したというのに、微動だにせず、まるで何事もなかったかのように振る舞っていたことだ。
国王が短剣を抜くと、そこから大量の血が流れ出す……ことはなく、見る見る内に首の傷が治っていったのだった。
「これは……」
「昔の話をしよう。それは何世代も前の話。初代国王の戴冠式でのこと。当時の国王は敵対していた人間から刺客を送られ、戴冠式の最中に腹を刺された。運よく何とか生き残った国王は、今度、二度とこのようなことが起こらぬよう、この場所にある仕掛けを施した。それは、ここでは王族はどんなことをされても絶対死なない魔術を施すと言うもの」
魔術。
それは、魔力を使い、超常現象を起こす御業。
それが使えるのはほんのごく一部の人間であり、直接見た者もかなり少ない。故に、世間一般には普及しておらず、魔術など存在しない、という人間もいる程。
だが、フェリシティ達は現実としてそれを目の前で目撃したのであった。
と、ふとフェリシティは国王の言葉に疑問を浮かべる。
「どんなことをされても……?」
「ああ。たとえナイフでさされても、毒を盛られても死なず、すぐに治癒される。ましてや―――拳で殴られてた程度で骨折して治らないなどということは決してない」
その言葉で、この場にいる一同の視線は、未だに怪我が治っていないフレンに集中する。先日の一件からそこまで経過していないため、通常なら怪我が完治していないのは当たり前のこと。
だが、国王の話を真実とするのなら、それが意味するところは……。
「フレン。お前は、王族の血を引いていないというわけだ」
国王から告げられた衝撃的な事実に、一同は唖然とする。
現在、唯一の王位継承者であるフレンが王家の血を引いていないなどと、これ以上ないどんでん返しだ。
何より、その事実に一番驚いているのは、フレン本人だろう。
「そんな……何を、言うのですか、陛下……」
「その反応からして、お前自身も知らなかったらしいな。いや、それも全て王妃の仕業か。自分が王族であると認識させた上で育てることで、ボロを出さないようにする。全く、我が妻ながら、何とも恐ろしい女だよ」
「…………」
別の男との子供を、王子として仕立て上げる。それが、どれだけ難しいことか。いや、そもそもそんなことを考えるだけでも無謀だというのに、王妃はそれを実行し、ここまで皆を騙し続けた。何とも恐ろしい話である。
「う、嘘ですよね、母上。だって、僕は……」
「フレン。安心して。たとえ、王族でなかろうとも、貴方は確かに私が産んだ子供。そして、あの方の息子なのですから」
優し気な表情と口調で最愛の息子に対し、そんな言葉をかける。
だが、それが余計にフレンの心をより深くえぐることになった。
何せ、その一言で、自分が王子ではないという事実を確実なものされてしまったのだから。
「……やはり、シュナイダーとの子か」
「そうです。私の最愛の人との子です。そして、あの人の子を、この国の王にすること。それが私の悲願でしたわ」
追い詰められ、もう逃げ場はないと理解したせいか、王妃はあっさりと認めた。
「(成程。そういうことっすか)」
「(クロウ? どういうこと?)」
「(お嬢も知ってはいるでしょうが、シュナイダーは十七年前に起こった謀反の首謀者です。ですが、その謀反を企てた理由は様々だったんですが……その一つに相思相愛の王妃様と手に入れるため、なんて噂があったんですよ。まさか、それが本当だったとは……)」
そもそも、シュナイダーが謀反を起こせたことも、数々の疑問があった。だが、それらも全て王妃が手を回していたからと考えれば、話は簡単だ。
まぁ、それでも尚、クーデターは失敗に終わったわけなのだが……。
「(ちょっと待って。今の話が本当なら、王妃様は自分の子供を……)」
「(そういうことですよ。自分とシュナイダーの子供を次の王にするために、第一王子を殺させた……そういうことなんでしょうよ)」
クーデターが失敗し、シュナイダーが処刑されても、自分たちの子供を次の王にする。そのため、彼女は自らの子供を死に追いやったのだ。
その冷酷さは、今回の事件にも発揮されている。
「フレン。話は少し戻るが、お前があそこまでリリアン嬢を犯人にしたてあげようとした理由。それは、周りの者たちから聞いたから、そうであろう? そして、その連中にそんなことを言ったのは……お前だな、王妃。お前がフレンの周囲にいる連中にそういうように仕向けていたのは既に確認済みだ。言質もとっている。皆、お前に指示されたとな」
フレンは思い込みが激しい人間だ。だが、たとえ思い込みが激しくとも、まずはそうなる疑問を持たさなくてはならない。彼がリリアンを怪しいと思わせるきっかけ。それを王妃は周りの者たちを使って与えたのだ。
「で、でも、母上が何故、そのようなことを……」
「理由は簡単。お前の婚約者があまりにも優秀すぎたからだ。ただ優秀ならまだいい。だが、リリアン嬢は未来の王妃として、この国をより良いものにしようとしている。それではダメだ。何故なら、それでは自分の都合の良い手駒にはできないのだから。だから、婚約者を変えようとした。気の弱い、自分の言いなりになりそうなロゼッタ嬢に。そして、そのためにリリアン嬢を排除しようと考えた」
王妃たる者、常に国のために行動し、考えなければならない。そのためならば、夫である国王にも意見するし、違うと反対することもある。故に、優秀な王妃であればある程、自分の確固たる意志を持ち、それゆえに他人に都合の良い手駒とはなり得ない。
「お前が密かにリリアン嬢に毒薬を飲ませようとしたこと、そしてその経路も既に明らかにしている。証拠も揃い済みだ。言い逃れはできないと思え」
懐から取り出した小瓶。恐らく、それが証拠なのだろう。それを彼が持っているともなれば、最早証拠は既に手元にあるのだろう。
王妃は観念したかのように天井を見上げた。
「全く……まさか、ここに魔術のしかけがされているとは、思ってもみませんでしたわ」
そして、小さな笑みを浮かべながら、国王に問いかける。
「いつからわたくしが怪しいと?」
「ずっと……というのは言いすぎか。だが、お前が何か隠し事をしているのは分かっていた。それがこんなこととは全く予想していなかったがな。いや……予想したくなかった、というべきか。お前が余を裏切っていることを。それが国の大事になるかもしれないことを」
ずっと抱え続けた疑念。だが、国王はそれをはっきりさせることが怖かった。それをしてしまえば、もう後には戻れないと分かっていたから。
「だが、そこのフェリシティ嬢が余の甘さを消し去ってくれた。彼女の拳は、私の目を覚まさせてくれた」
フレンが王族の血を引いていないというれっきとした事実を前に、国王の意思は固まった。これはもう自分だけの問題ではなく、この国の未来の問題なのだから。
「王妃。反逆の罪でお前を拘束する。おって処罰を言い渡す。そして、フレン。王族の血が流れていないお前に、余の後継者になる資格はない。よって、お前の王位継承権をはく奪する」
国王の宣言により、こうして王妃の企みはあっけない幕引きとなったのであった。