四話 話が通じない相手を黙らせる方法
話が通じない相手って、本当に苦労しますよね……。
数日後。
フェリシティは王宮にやってきていた。
いや、正確には呼び出された、というべきか。
場所は先日フェリシティがやらかした場所。そこに関係者一同が集められていたのだった。
「(ねぇ、クロウ。これ、一体どういう状況……?)」
「(いや、俺が知りたいっすよ)」
答えが返ってこないと分かりつつも、フェリシティは疑問を抱かずにはいられなかった。
曰く、全員ここには国王によって集められたという。
関係者一同、というが、その人数はさほど多くない。加害者であるフェリシティとその家族、被害者であるフレン王子とロゼッタ、そして王妃。他にも周りには衛兵が何人かいるか、それだけ。他の貴族も重臣も誰もいない。
「(っつか、何で俺まで呼ばれてんすかね。俺がお嬢のお付だとしても、この面子だと場違い感が半端ないんですけど)」
その通りである。
フレンもロゼッタも、そして王妃も誰もお付の使用人を連れていない。にもかかわらず、クロウだけが何故かここにいることを許可されている……というより、国王直々の命で、ここにいるよう指示されているのだ。
無論、その中にはリリアンもいる。
「(やばい、やばい、やばいって。今日もリリたんマジ天使だわー。っていうか、一週間くらい顔見てなかったからか、いつもより余計にかわいく見えるんだけど……あっ、よだれ垂れてきた)」
「(だめだこの公爵令嬢、早く何とかしないと)」
相変わらずの主人に対し、クロウは思わずそんなことを零してしまう。とはいえ、状況が状況だ。流石に二人とも、他人には気取られないよう、小声で会話をしていた。
そんな時である。
「―――全員そろったようだな」
落ち着いた声音とともに、奥から国王がやってきた。
「皆ご苦労。今日、わざわざ集まってもらったのは他でもない。先日の一件についての話だが……」
「その前に父上。一つよろしいでしょうか。何故、フェリシティ嬢とその女が、ここにいるのでしょうか」
ギロリ、と睨むその目つきは、嫌悪がこもっていた。
「そもそも何故、王族に手を挙げた者が何の枷もなく外を出歩けているのか。いや、それ以上に私の大切なロゼッタを暗殺しようとした愚か者がのうのうとしていることが、私には理解できません」
フレンは顔つきをさらに険しいものにしながら、リリアンの方に視線を向ける。
「(こいつ……)」
リリアンの名前を敢えて出さなかったり、云われもない罪で勝手に怒っていたり、挙句まるで彼女に聞かせるかのようにロゼッタを自分の大切な者だと言ったり……今の言葉で、色々とフェリシティの我慢は限界を迎えていた。
「(ふふふ……どうやら殴られたりなかったみたいね、あの馬鹿王子。未だに怪我が治っていないと言うのに、まだ怪我を増やしたいのかしら)」
「(お嬢、ステイ。ステイです)」
「(大丈夫、大丈夫よ、クロウ。ちょっと顔面を原型がとどめないくらい殴りつくして、その後床に埋めるだけだから)」
「(全く大丈夫じゃないですねそれ)」
己の主を必死になって止めるクロウ。
幸いにもこの小言は他の誰にも気づかれていない……まぁ、約一名、アルフォンだけは自分の娘がまた暴走しないかどうか心配そうな目でこちらを向いているが。
「陛下。わたくしも、フレンと同じ意見ですわ」
と、ここで口を開いたのは新たな第三者、王妃であるメリーナ。
「王族とその友人……いえ、愛する者を傷つけた。それはどんな立場の人間であっても許されることではありません。たとえ、公爵令嬢であったとしても」
この言葉でフェリシティはメリーナが完全にこちらを敵視しているのを改めて理解する。自分の息子に暴力を振るわれれば確かに相手を糾弾したくもなるだろう。それは分かる。
だがしかし、ならばそうなった原因である自分の息子の非を認めるのが先ではないだろうか。
などと思っていると。
「そうされても仕方ない理由であったとしても。か?」
思わぬところから救いの手が差し伸べられた。
「自分の妹がいわれなき罪を問われ、罵倒されていれば、誰もが怒るだろう。確かに手を出したことに関しては褒められたことではない。だが、それ以上にフレン、お前の行動が常軌を逸していたと私は思うのだが」
予想外のことに、国王はフェリシティの肩を持ってくれた。フレンとメリーナと違い、彼が常識人であることは知っていた。いや、本当に何であの人の息子があんななわけ? と思うくらいに。
しかし、今回、どんな理由があれフェリシティが王族を殴ったことは変えようがない事実。そんな不利な自分を庇ってくれるとは思ってもみなかった。
「常軌を逸していた? 何を仰る。私のどこが常軌を逸しているとおっしゃるのですか。そもそも、いわれなき罪とは? その女が私の大切なロゼッタを殺そうとしたことは紛れもない事実です!!」
「婚約者がいる身でありながら別の女性と親身になり、挙句その女性を大切な人だと言う。加えて、自分の婚約者をあろうことか殺人者にしたてあげようとは……全く、情けない限りだ」
全く持ってその通り。
その時、フェリシティは心の中でそんな言葉を呟く。きっと彼女だけではなく、クロウやアルフォン、そしてリリアンも同じことを思っていただろう。
だが、そんな国王の言葉に王妃がくってかかる。
「その言いようは何ですか、陛下。この場はあくまで、フェリシティさんとリリアンさん、二人の処遇を決める場では? まるでフレンを責めるような言い方はやめてください」
まるで、とメリーナは言った。彼女は自分の息子であるフレンが責められる立場にいることを理解していないのだろう。
いや、それはきっとフレンも同じだ。
自分は何も悪い事などしていない。彼は本気でそう考えているからこそ、強気な態度がとれるのだ。
「成程。どうやら勘違いをさせてしまったらしいな。確かに、余は先日の一件について話をしたいと言った。だが、それはそこにいる二人ではない――――――フレン、お前についてだ」
だが、そんな都合の良い勘違いはここまで。
そう宣言するかのように、国王は続ける。
「お前が言うリリアン殿がそこのロゼッタ嬢に嫌がらせをしていた挙句、殺そうとしていた、ということだが、これは事実か?」
「無論です!!」
「それはおかしなことを。確かにロゼッタ嬢は嫌がらせをされていたが、しかしそれがリリアン嬢がしたという証拠はどこにもない。何故、リリアン嬢がしたと? ロゼッタ殿が言ったから? いいや、私の調べでは、彼女は一度もそんなことを言っていない。そうだろう?」
「は、はい……物を隠されたり、落書きをされたりはしましたが、誰がやったかは分からなかったので……」
ここに来て初めて口を開くロゼッタ。その姿は、おどおどとしていて、どうして自分がこんな場所に? と言いたげだった。
「では、フレン。どうしてお前は、リリアン嬢がやったと断言したのだ? 証拠もない、ロゼッタ殿自身も犯人が誰か分からない。その状況で、何故?」
「何故も何もありません。ロゼッタがいなくなって一番得をするのは誰か。それを考えれば一目瞭然。その女は、私がロゼッタにとられたと逆恨みでもしたのでしょう。そして最後にはこの世からロゼッタを消し去ろうとした。全く浅ましい」
言いながら、フレンはリリアンを睨む。まるで、全ての憎悪をこめたような視線を前に、リリアンはうつむきながら、手を震わせていた。
「フレン。答えになっていないぞ。その証拠はどこにあるかと私は聞いているのだ。そこまで言い切るということは、調査はちゃんとしたのだろうな」
「そんなもの、必要ありません。これだけ怪しい女がいながら調査をするなど愚の骨頂です。何故なら、この女以外に、こんなことをしでかす人間などいるはずがないのですから」
会話になっていない。そう思ったのは、恐らくフェリシティだけではないだろう。
証拠を出せと言われ、必要ないという。ただ、自分が怪しいと思っているだけで相手を犯人扱い。そして、本人はそれが間違っているとは微塵も思っていない。
はっきり言おう。これはもう手遅れだ。
「……では聞くが、もしも彼女が犯人ではなかったら、どうする?」
「何度も言わせないでください、父上。そんなことは絶対にありえないことです」
証拠もないというのに、その自信はどこからくるのだろうか。
思い込みというのはかくも恐ろしいということか。
「では、あくまで自分の考えは正しいと?」
「当然です」
迷うことなく言い放った一言に、国王は瞼を閉じた。
そして、覚悟を決めたかのように、自らの息子に視線を向ける。
「―――分かった。最後に一言、お前の口から反省の色が見えれば、良かったのだが……」
「最後……?」
どういう意味なのか……それをフレンが問いただす前に、国王は言い放つ。
「フレン。お前の態度は、人の上に立つ者にあるまじき行為。自分勝手な思い込みで他者を侮辱し、挙句殺人の罪まできせることは言語道断。よって……お前には『真実』という名の罰を与える」
言うと同時に、国王は立ち上がり、ここにいる一同を見渡しながら、続ける。
「皆の者。疑問に思っているだろう。何故、自分たちがここに呼ばれたのか。私の目的は何なのか」
そして、懐から短剣を取り出し。
「それはこの場でなければ証明することができないものを見てもらうためだ」
瞬間。
国王は持っていたナイフを自分の首に突き刺したのだった。
いきなりの超展開にオイオイと思ったそこの貴方。
その感性はきっと正しいものなので、これからも大事にしていってください。